Birth of the Cool / Miles Davis (1957/1998/2001)

 

Birth of the Cool

Birth of the Cool

  • アーティスト:Miles Davis
  • 出版社/メーカー: Blue Note Records
  • 発売日: 2000/12/09
  • メディア: CD
 

Remastered by Rudy Van Gelder 2000 

 

マイルス・デイヴィスノネット

1948年9月、ニューヨークのクラブ「ロイヤル・ルースト」への出演機会を得たマイルス・デイヴィスは、かねてから編曲家ギル・エヴァンスや同じく編曲家でバリトン・サックス奏者のジェリー・マリガンらとともに構想をねっていたノネット(九重奏団)を現実のものとした。あるいは、エヴァンスの家に集まる面子で組んでいたリハーサル・バンドをこれ幸いと表舞台に引っ張り出してきた。

 

出演メンバーは

さらに数曲で歌手のケニー・ハーグッドが参加している。

 

ジェリー・マリガンのインタビュー(の断片)とかを読んだ感じ、このノネットの基本コンセプトはクロード・ソーンヒル楽団のサウンド、アレンジの妙を損なわずに編成をコンボ規模まで刈り込むことだったようだ。ソーンヒル楽団の象徴的楽器であるフレンチ・ホルンを含みテナー・サックスを欠く独特の構成は最低限の楽器で広い音域をカバーし、同時に対位法を効果的に用いることを可能にしている。
編曲はエヴァンス、マリガン、ルイスが分担、加えて作曲家ジョン・カリシが「Israel」を自身の編曲で提供。どの曲もソーンヒル楽団の入念なオーケストレーションによるソフトな響きを持ったアンサンブルを継承しつつ、ソロのための余白も用意されている(あくまでSPの限られた収録時間を基準としての話だけど)。

 

そうした音楽面の特徴に加えて、関係者のうちギル・エヴァンスジェリー・マリガンはもちろんリー・コニッツ、ジュニア・コリンズ、ビル・バーバー、さらに後のスタジオ・セッションに参加するジョー・シュルマンやサンディ・シーゲルスタインと、じつに半数近くがソーンヒル楽団のメンバーであり、やっぱり本来リハーサル・バンドの側面が強かったと考えるのが妥当なようにも思える。

その上で個人的な印象ではバンマスかつスタープレイヤーがマイルス・デイヴィス、ディレクターがジェリー・マリガンで、ギル・エヴァンスはある種のメンター的な存在だったんじゃないかと。

 

レコーディング

ノネットのロイヤル・ルーストへの出演は2週間程度だったがCapitolのプロデューサーで自身も編曲家のピート・ルゴロにの目に留まり、ミュージシャン・ユニオンの第二次録音ストライキが終わった1949年1月からメンバーに若干の変動がありつつCapitol Records Studioで3回のレコーディング・セッションが行われた。

 

  • 1949年1月21日

ロイヤル・ルースト出演メンバーからトロンボーンがカイ・ウィンディング、ピアノがアル・ヘイグ、ベースがジョー・シュルマンに交代している。

 

「Jeru」 ジェリー・マリガンによる作曲と編曲。1953年には本家ソーンヒル楽団もとりあげた。
「Move」 デンジル・ベスト作曲、ジョン・ルイス編曲。
「Godchild」 ジョージ・ウォーリントン作曲、マリガン編曲。
「Budo」 バド・パウエル作曲で、パウエル自身は1951年に「Hallucinations」のタイトルで録音している。ルイス編曲。

 

最初のセッションで録音されたこれら4曲はおそらくレーベル側の要求もあってどれもキャッチーでノリがいい。
ジェリー・マリガンの2曲はそのノリのよさの中にこのノネットの特色であるソフトな響きや編曲の面白さを織り込んだ、バランスのいい仕上がり。
ジョン・ルイスの2曲はよりストレートで、「Budo」は限られた演奏時間のなかでトランペット→バリトン→アルト→チューバとソロを回しドラムのブレイクも加わるショーピースとなっている。

 

  • 1949年4月22日

ロイヤル・ルースト出演メンバーからトロンボーンがJ・J・ジョンソン、フレンチ・ホルンがサンディ・シーゲルスタイン、ベースがネルソン・ボイド、ドラムがケニー・クラークに交代。

 

「Venus de Milo」 マリガン作曲・編曲。
「Rouge」 ルイス作曲・編曲。
「Boplicity」 マイルス・デイヴィスギル・エヴァンスの共作で、エヴァンス編曲。
「Israel」 ジョン・カリシ作曲・編曲。

 

どの曲も前回のセッションのものよりあきらかにオーケストレーションが複雑で、前回はほぼリズム隊とピアノだけになってたソロパートにおいてホーン類が伴奏をおこなう割合も増えている。自分はどうもジャズの「演奏」を聴く能力が低い(他の能力も軒並み低い)ので、こういうちょっとした要素があるだけでもうれしい。
なかでもギル・エヴァンスの「Boplicity」は管楽器類の絡み合い、曲展開のいい意味での微妙さ、独奏と合奏の有機的な連続性といった面で群を抜いている。
「Israel」もソフト&ウォームな響きが支配する一連の録音のなかにあって独特の冴えた主題と澄んだ響きを持ち、非常に魅力的。この曲をビル・エヴァンスがとりあげてるの、ビル・エヴァンスというある種の人物像みたいなものに対してあまりにも解釈の一致なんだよなぁ。

 

ちなみにこの後5月にマイルス・デイヴィスタッド・ダメロンクインテットとはじめての海外公演であるパリ国際ジャズフェスティバルへ出演して喝采を浴び、帰国後それまで以上におクスリとズブズブに。

 

  • 1950年3月9日

ロイヤル・ルースト出演メンバーからトロンボーンがJ・J・ジョンソン、フレンチ・ホルンがガンサー・シュラーに交代。よくわかんないけどここにガンサー・シュラーが参加してるのってすごく重要なポイントなのでは。あと読み直してて気づいたけど、結局マイク・ズワーリンは一度もスタジオ・セッションに参加してないのか。

 

「Deception」 デイヴィス作曲、デイヴィスとマリガンによる編曲。ジョージ・シアリングの「Conception」を下敷きとしている。
「Rocker」 マリガン作曲・編曲。タイトルは「Rock Salt」とも。
「Moon Dreams」 チャミー・マグレガーとジョニー・マーサーによる楽曲で、グレン・ミラー・オーケストラのレパートリーとして有名。エヴァンス編曲。
「Darn That Dream」 ブロードウェイ・ミュージカル『Swingin' the Dream』(シェイクスピア『夏の夜の夢』の翻案だそう)挿入歌。マリガン編曲で、この曲だけケニー・ハーグッドが参加。

 

「Deception」「Rocker」はさらにソロパートにおける独奏楽器と伴奏の関係性が強まっており、完成度の高さから言ってこの2曲こそノネットとしての「代表曲」にふさわしいんじゃないかとも思う。
自分は歌入りのジャズは(も)さっぱりなので「Darn That Dream」はなんとも言い難いのだけど、歌というある意味ずっとソロパートとして扱わざるを得ないものが入っているのを逆手に取って、伴奏を他の楽曲のソロパートより複雑なものに仕立てているような印象も。
ギル・エヴァンスの編曲による「Moon Dreams」は他の楽曲と比べて極端に遅いテンポでソロパートもほとんどなく、アンサンブルの繊細な響きの変化や楽曲展開の巧みさで聴かせるものとなっている。これはものすごいです。

 

これが(1942年)

 

こうなって(1944年。V-Disc向けの録音だからか演奏時間がちょっと長い)

 

こうじゃスクリーンセーバーかな?>動画

 

1:17からのアルト・サックスがメロディを吹いたあとバリトン・サックスと一緒に上昇し、頂点のタイミングでトランペットに入れ替わってアルトとバリトンは下がってる流れがすごく好き。

そして1:58以降の別世界に入ていっちゃうような終盤の展開。

そもそもグレン・ミラー版が楽器編成や収録時間といった物量を活用しつつ趣向を凝らした満足度の高い編曲でむちゃくちゃ良いのだけど、ギル・エヴァンス版はもっと曖昧で、散り散りになって終わるような感じ。

 

この他ケニー・ハーグッドの歌が入る「Why Do I Love You」、ジョン・ルイスの「S'il Vous Plait」、ジェリー・マリガンの「Joost at the Roost」といったレパートリーが存在したが、録音には至らなかった。前2曲はライブ音源が残っているが、「Joost at the Roost」に関してはスコアが残るのみらしい。

 

リリース

  • SP (1949~1950)

これらの録音のうち、1949年1月21日の4曲は
「Jeru / Godchild」
「Move / Budo」
の組み合わせですぐにSPとしてリリースされた。

 

1949年4月22日のセッションからは
「Israel / Boplicity」
がリリース。

 

その後1950年3月9日録音のものと組み合わせ、
「Venus de Milo / Darn That Dream」
がSPとEPでリリースされた。
おそらくリアルタイムでリリースされたのはこの4枚がすべてだと思う。

 

  • Classics in Jazz (1954)

1954年、Capitolは『Classics in Jazz』と題して、これらの録音から8曲を収録した10”LPとEPをリリース。8曲中4曲が初出で、EPはPart 1とPart 2の2枚に分かれていた(2枚組だったのか別売だったのか、あるいは売り方次第だったのかわからん)。
実際のところ「Classics in Jazz」はアルバム・タイトルというより、CapitolがSP時代のマテリアルを10”LPやEPでまとめてリイシューする際のシリーズ名だったっぽい。2種類のフォーマットがいかにも過渡期な感じ。

Miles Davis - Classics In Jazz (1954, Vinyl) | Discogs

 

  • Birth of the Cool (1957)

1957年にリリースされた、「Darn That Dream」以外の11曲を収録した12"LP。

リリース以降現在に至るまで一連の録音に関してのスタンダードとなっているアルバムで、実際SPから10”LPやEPを経て12”LPにフォーマットが落ち着くまでに紆余曲折あった当時としては綺麗にまとまってる。まあそもそもマイルス・デイヴィスがCapitolに残した録音がこれだけだったんだけど。
タイトルは当時の流行にあわせてレーベルがノリでつけた感じ。ついでにいうとジャケットのマイルスの目元が暗くなってるのは同時期にColumbiaからリリースされた『'Round About Midnight』を意識してたりしない?とか思わないでもない。


60年代後半にはCapitolお得意のDuophonic盤(ようするに疑似ステレオ)がリリースされ、2001年にはルディ・ヴァン・ゲルダーによるリマスターCDもリリースされた。

この2001年盤では「Darn That Dream」も補完されているのだが、実のところそれ以前から各国のリイシュー、たとえば70年代以降の日本盤LPなどではしれっと収録されたりもしていた。80年代にCD化されると米Capitol盤にも収録されこれでレギュラー化と思いきや普通に11曲でリイシューされてたりもするので、なんか入ってたり入ってなかったりするという以上のことが言えない。

リマスターそのものについては後述。

 

 
  • The Complete Birth of the Cool (1998)

1998年リリースのCD。「Darn That Dream」を含むスタジオ・セッションの12曲に加えて、それまでブートで一部に存在が知られていた1948年9月ロイヤル・ルースト出演時の放送音源を収録。

そもそも1971年から72年頃にCapitolから「Darn That Dream」を補完、曲順もレコーディング・セッション順にした同じ『The Complete Birth of the Cool』というタイトルのコンピレーションがリリースされていたのだが、こちらのCDでは『Birth of the Cool』の曲順に準拠している。

 

スタジオ・セッションはMark Levinson、ライブ・セットはPhil Schaapによるリマスター。Mark Levinsonって高級オーディオのあれと同じ名前だな〜と思ってたらご本人でした。

この1998年Mark Levinsonリマスターと前述した2000年RVGリマスター(リリースは2001年)では、まず前提として元になっているソースに違いがある。

RVGリマスター盤のブックレットによると、それ以前のリイシュー(つまりMark Levinsonリマスターも含む)はすべて1957年『Birth of the Cool』に際して編纂されたマスターをソースとして制作されており、RVGリマスターではじめてそれ以前の、より若い世代のマスターに立ち返って作業をしたそうな。

 

その上でだが、Mark Levinsonリマスターにも録音された年代やマスターの世代からすると意外なほどの鮮明さがあり、それをクリアでフラットな音質にマスタリングしてあるので聴き疲れもせずがっつり音量を上げて鳴らせる。このクリアさはあきらかにノイズ除去処理によるものだろうけど、違和感のない自然な仕上がり。

 

RVGリマスターはおそらく意図的にノイズ除去を控えめにしており、ノイズがある分シンバルや各楽器の高音域も残っていて生々しい印象。

しかしさすがに元になったマスターが古いせいか曲ごとの音質にばらつきがあり(元々セッションごとに多少音質の差が感じられる録音ではある)、特に冒頭の「Move」はけっこうギリギリな雰囲気。

とても気になるのがモノラル録音にも関わらずノイズがステレオの左右チャンネルに乗っていることで、ステレオの機材でデジタル化の作業が行われたとみて間違いないと思う。どういった事情からそうなったのか知り得ないけど、正直それだけでも若い世代のマスターから作業したという謳い文句はいっぺんに台無しになりうるというかほぼなってるのですよね。結果的になんとなくステレオみたいな音の広がりはあります。

さらにRVGリマスターはMark Levinsonリマスターと比較してあきらかに音圧が上げられていて、迫力はあるが多少キツめ。個人的にはベースやバスドラあたりの強調され方が煩わしく感じた。

だけど全然ダメと切って捨ててしまうには惜しいリイシューで、むしろオリジナルのSPや初期LPのサウンドに寄せるという意味ではRVGリマスターの方向性は正しい側面も多少はあるんじゃないかとも思う。少なくともそういった意味ではMark Levinsonリマスターはあまりにも「綺麗」すぎるし。でもぶっちゃけそもそもこのアルバムってルディ・ヴァン・ゲルダーまったく関係ないのになんでリマスタリング担当してるんだ

 

まあとはいえこれから聴くひとはマスタリング面でも興味深い内容のライブ・セットがついてるという面でも順当にMark Levinsonリマスターの『The Complete Birth of the Cool』のほうを推奨します。ちなみにストリーミング配信ではどうやらMark Levinsonリマスターのほうに統一されてるっぽい。

RVGリマスターはそれ以前の問題とは言え、なんとなくだけどこの一連の録音の音質に関しては全体的に、これらがマイルスのSavoy時代からPrestigeでの初セッションまでの間の時期にあたり、唯一のCapitol(つまりメジャー・レーベル)での録音であり、普段のカルテットやクインテットとは異なった編成による編曲に比重を置いた演奏で、しかもそれはソーンヒル楽団を意識したソフトな響きを持っている、ということが評価を難しくしている気がする。

つまりもともと狙ってエッジが立たず管の音が混ざりやすいサウンドで演奏していることと、録音品質や盤としての音質がごっちゃになって混乱しやすい、みたいな。

 

ライブ・セットは1948年9月4日と18日のもので、スタジオ・セッションでは録音されなかった「Why Do I Love You」と「S'il Vous Plait」を含む。

4日のものは実質的な1曲目の「Move」がぎこちない演奏でマイルス・デイヴィスがソロに入り損ねたりするものの、以降は調子が出てくる感じ。この時点で「Moon Dreams」は完成形。

またおそらくラジオ放送向けなこともあって3ヶ所でナレーションが入る。ちょっとしつこいが、あるいはこれのおかげで出演メンバーが判明してたりもするのかもしれない。

この日(あるいはこの週)のステージはマイルス自身もメンバーであるチャーリー・パーカークインテットと二本立てだったようで、パーカー側の録音も残っている。

18日のものは曲数こそ少ないけど4日より録音状態がよく、演奏もずっとこなれている。

ただし「Moon Dreams」はただでさえ客が騒がしいうえに中盤のいいところで食器の割れる音が入ったり、コーダへの導入部分で勘違いしたのか拍手してるやつがいたりと、ライブならではだけどまあ気が削がれる。

興味深いのが「Budo」で、4日の演奏は予想通りのショーピースって感じだけど、18日の演奏では最初のトランペット・ソロのあとアルト・サックスとバリトン・サックスの掛け合いがはじまり、手探りっぽい雰囲気のなか二重奏にまで発展する。どの程度まで作曲されていてどの程度即興なのかはわからないけど、聴き応えがあってすごくおもしろい。

この日はマイルスのノネットの後にカウント・ベイシーの楽団が出演したっぽい。さらにマイルスはこの日チャーリー・パーカーのSavoyへのレコーディング・セッション(「Barbados」「Ah-Leu-Cha」「Constellation」。同日の「Parker's Mood」には不参加)にも参加している。

 

両日とも基本的に後のスタジオ・セッションよりもソロ・パートに比重が置かれており、SP時代のスタジオ・セッション特有の窮屈さがなく曲の構成に余裕がある印象。音質的にも4日はまあ、18日はまったく問題ないので、歴史的、資料的価値を抜きにしても楽しめる音源だと思います。そもそもモノラル時代の録音に慣れてない人だとまた受ける印象が違ったりもするんだろうけど。

 

ちなみに1948年9月のロイヤル・ルースト出演時の録音は、ほかに25日のトロンボーン、フレンチ・ホルン、チューバ、バリトン・サックスが抜けたクインテット編成でのものが存在するはずなんだけど、今のところオフィシャル・リリースはされていないっぽい。

 

Complete.. -Reissue-

Complete.. -Reissue-

  • アーティスト:Miles Davis
  • 出版社/メーカー: Blue Note
  • 発売日: 2019/06/28
  • メディア: CD
 

 ジャケット写真が『Birth of the Cool』のものに差し替えられたリイシュー盤。って今年発売されてたのかよと思ったけど考えてみたらもう2020年だった

 

 

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