Amarok / Mike Oldfield (1990)

 

AMAROK-REMASTERED

AMAROK-REMASTERED

 

 

1990年6月14日リリース、マイク・オールドフィールド12枚目のアルバム。80年代後半にはすっかり歌ものポップスが板についていたマイクが90年代の幕開けとともに放った、一枚一曲一時間ぶっ通しの一大音楽絵巻。60分ノンストップで次々と新しい展開が現れる楽曲構成や小音量の繊細な表現から突発的大音量までを含むダイナミックレンジの広さなど、CDとデジタル録音のメリットをこれでもかと活かしまくった作品となっている。

 

一説には『Ommadawn 2』であるとも言われ、『Ommadawn』に参加したミュージシャンたちが再び参加しているのに加え、雨に濡れたガラス越しのマイクのポートレイトというジャケット・デザインも共通。なにせ1枚1曲なので裏ジャケにトラック・リスト的な表記はまったくなく、代わりに人をおちょくった感じの警告文が掲載されている。

ちなみにAmarokという言葉の意味は諸説あるが、Ommadawnの場合と同じく由来はなんであれ実質的に意味のない言葉だと思われる(インタビューのたびに全然違う説明がされてる印象)。

 

70年代の名作群と同じように大半の楽器をマイク自身が演奏し、トム・ニューマンとともにスタジオで即興的に組み上げられた作品。冒頭から「拍子のない」ギターや瞬間的な大音量、突然挿入される「Happy?」という皮肉げな声など攻撃的かつ挑戦的。まさに"This record could be hazardous to the health of cloth-eared nincompoops"という警告を体現している。かと思えば牧歌的で優しげなメロディや急激に視界が開けるような瞬間があったりと、縦横無尽な曲展開に翻弄されそのままどこまでも連れて行かれてしまう。

そうして散々弄ばれた末に40分過ぎからいよいよ終盤に突入するもののこれがまた曲者。いかにもクライマックスという展開が2回繰り返され3回目にとうとうチューブラー・ベルズが高らかに鳴り響きさすがにこれで仕舞いとなるのだが、残響が消え去らないうちにまた太鼓のリズムがはじまってしまう。そしてなにやら魔女のバアさんかマーガレット・サッチャーかというような声質の女性によるリスナーへの語りかけがはじまるのだ。しかも開口一番"I suppose you think that nothing much is happening at the moment."とくる。もうね、タイトルで煙に巻かれ警告文でおちょくられ「Happy?」で煽られ曲展開で弄ばれついでにモールス信号で特定の個人への罵声を聞かされ(これは言われないとわかんないけど)、その挙句サッチャー(に似た声のおねえさん)にこんなこと言われるって、なんなんだこれはふざけやがって最高か。ひどいことされてるんだけど気持ちよすぎてわけわけんなくなっちゃう快楽堕ち系エロマンガのヒロイン気分を味わえる、というのが思いつく限り最大の賛辞です。

その果ての、本当に最後のクライマックスはそれはもうものすごい壮大な盛り上がりであり、感慨とか思い入れとか以前に実際問題この小音量と大音量の差が激しいアルバム中の最大音量(簡単なデジタル騒音計でそれまでの大音量部分より10dBぐらいでかい)となっている。これから聴く人には気をつけてほしいという気持ちといい加減爆音で翻弄されて気持ち良くなった末に音量上がり過ぎてどうしようもなくなってほしいという気持ちがせめぎ合う感じなので各自近所迷惑にならない範囲で塩梅してほしい。

 

即興で作られたというだけあってよく言えば変幻自在悪く言えばひたすら脈絡が無い作品なのだが、重要な主題は最初の10分程度の間にほとんど登場し以降はそれらの変奏であると言えなくも無い。なのでそんな気張らず最初のうちはひとつふたつのメロディを拾い上げるくらいのつもりで聴いてみればいいと思います。大丈夫大丈夫すぐに気持ち良くなる。

 

『Amarok』はマイク・オールドフィールドのスタジオRoughwood CroftにSonyの48トラック・デジタル・レコーダーPCM-3348が導入され、フルデジタルで制作された最初の作品。

前述した通りフルデジタル録音によるダイナミックレンジの広さを大胆に活用しており、楽曲構成もレコード時代のA面B面という制約にとらわれていない。

さらに楽曲をチャプターごとにトラック分けすることすらせずあえて1枚1トラックで押し通した点まで含め、CDというフォーマットだからこそ出来る表現をこれでもかと盛り込んだアルバムとなっている。

そういった意味でも今作こそまさにCDという音楽メディアを代表するマスターピースの1つであると個人的には思っているのだけど、それはそれとしてまあ案の定と言うべきかリリース当時は商業的に大敗で本人曰く「悲劇的」というほど売れなかったらしい。

 

今作は2019年4月現在の段階ではサラウンド・リミックス等はされておらず、最新のバージョンは2000年リリースのサイモン・ヘイワース(Tubular Bellsのエンジニアでもあった)によるVirgin Records時代のアルバムをHDCDフォーマットでリマスターした一連のシリーズのもの。

通常のCDとして再生した限りではオリジナル・リリースのCDと比べて少しだけダイナミックレンジが抑制されている。たぶんHDCDデコーダーを通して再生することで本来のダイナミックレンジになるのだと思うが今のところ未検証です。

なおオリジナルのブックレットには使用楽器の他にウィリアム・マレー(「On Horseback」の共作者)によるAmarokにまつわる御伽噺が掲載されページ背景も楽曲の構成に関するメモ書きが使われていたりして興味深かったが、リマスター盤でブックレットのデザインがオシャレに一新された結果ごっそり省かれてしまった。