Selling England by the Pound / GENESIS (1973/1994/2008)

 

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1973年9月リリースの5作目。演劇的、幻想的でありつつ表面的な毒々しさは薄まった、明快で美しい旋律をもつ親しみやすい作品。

前作までの荒々しさは力強さとそれに裏付けられた端正さへと昇華され、これまで以上に表現の一つ一つや楽曲展開が磨かれた結果『Trespass』にあった上品さ、繊細さまでも取り戻したかのよう。

一方でもともとこのグループの特色でもあった時事ネタ、言葉遊び等をふんだんに盛り込んだ歌詞の難解さもまたひとつの極みに達している。

 

プロデュースはバンドと前作『Foxtrot』でエンジニアを務めたジョン・バーンズで、アシスタント・エンジニアとしてレット・デイヴィスが参加。レット・デイヴィスの貢献かあるいは機材の変化によるものか、同じIsland Studiosで制作された前作までと比べて格段に音質が向上している。このことがより静的な表現を活かした曲作りに繋がったとかあるだろうか。

またトニー・バンクスは今作からプリセット・シンセサイザーARP Pro Soloistを導入、「The Cinema Show」では音色を巧みに使い分けながらこの楽器を代表する名ソロを披露している。反面メロトロンは前作までより使い所が限られているが、次作はとびきりのメロトロン・アルバムなのでご安心を(誰に言ってるんだ)。

 

  • Dancing with the Moonlit Knight

前奏なしの独唱ではじまり、抑制の効いた伴奏が丹念に積み重ねられ、一気呵成にインストパートへ突入する。ここの弾け方は爽快だけど妙に淡々としてる感じもあって面白い。歪ませて迫力を出すようなミキシングを避けてるからだろうか。

  • I Know What I Like (In Your Wardrobe)

アルバム・ジャケットに採用されたベティ・スワンウィックのイラスト『The Dream』にインスピレーションを得た楽曲で、GENESISにとって初のシングル・ヒットとなったらしい。

  • Firth of Fifth

トニー・バンクス渾身の凝りに凝ったイントロが見事。とにかくこの主題がたまらないので、イントロ、中盤、そしてアウトロで弾かれる主題後半の動機の3ヶ所が個人的ハイライト。
楽曲中盤以降のスティーブ・ハケットの見せ場ではメロトロンがぶわーっと入ってくるが、それに合わせて低音域の空間を埋めるベース・ペダルも最高。 

  • More Fool Me

フィル・コリンズのヴォーカルによる気の利いた感じの小曲。彼のリード・ヴォーカルは「For Absent Friends」以来だろうか。

  • The Battle of Epping Forest

ピーター・ガブリエルの一人芝居が強烈な「Get 'Em Out By Friday」に近い路線の楽曲。マイク・ラザフォードのベースとフィル・コリンズのやたら細かいのにドライブ感を失わないドラムがぐいぐい引っ張っていく。

  • After the Ordeal

前半のアコギとピアノがすばらしい。後半は後のハケットのソロ作に通じる音世界。
この曲の収録をめぐってハケットと他のメンバー間で対立があり、それが最終的にはハケット脱退に繋がったとかなんとか。

  • The Cinema Show

前半の静謐さを維持しつつ進行するアンサンブルと曲展開はこのアルバムの真骨頂と言うべきもの。中盤以降のトニーのソロの裏でフィルのドラムがバンドを牽引していくのは「Supper's Ready」後半や「In the Cage」とも共通する、このバンドの勝ちパターン的なやつ。

ライブでもハイライトとして演奏され、1977年のライブアルバム『Seconds Out』にはフィル・コリンズとサポートのビル・ブルーフォードによるツイン・ドラムの模様が収録された。

  • Aisle of Plenty

「Dancing with the Moonlit Knight」と共通の主題による終曲。前曲のクライマックスから次第に推移していく様はまさに夢から覚めるよう。 

 

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英Charisma、CAS 1074。
ジャケットの印刷はE.J. Day Group、現物は自分の肉眼だと黒にしか見えないけどきっとたぶんおそらく濃緑のインサート付き。
「CAS 1074 A-1U / CAS 1074 B-2U」と「PORKY(の後にもなんか刻まれてるが読めん) / PECKO」、George Peckhamによるカッティング。

いちおう英オリの範疇に入るはず、とは言ってもわりと溝が傷んでいて静音部のサーフェイスノイズがひどい。まあ聴けるけどまあ聴けるぐらい。 
それを抜きにしても全体的に滑らかではあるがちょっとくぐもった感じの音。

 

 

Selling England By the Pound

Selling England By the Pound

  • アーティスト:Genesis
  • 出版社/メーカー: Virgin
  • 発売日: 1994/08/15
  • メディア: CD
 

1994 Definitive Edition Remaster; Remastered at The Farm and Abbey Road by Nick Davis, Geoff Callingham and Chris Blair

 

1994年のDefinitive Edition Remasterはこのアルバムの音の良さを素直に楽しめる仕上がり。同シリーズでも『Nursery Cryme』『The Lamb Lies Down On Broadway』あたりはノイズ除去を意識しすぎた感があるが、今作はなにせ元がいいので余計な手を加える必要もなかったんだろう。

 

 

セリング・イングランド・バイ・ザ・パウンド(月影の騎士)(DVD付)(紙ジャケット仕様)
 

2008 5.1 Surround Sound and Stereo Mixes: Nick Davis

 

2008年には1stアルバムを除くピーター・ガブリエル時代のアルバムが、マルチトラック・テープから新たにステレオとサラウンドにリミックスのうえボックスセットとして再発された(その後単品でもリリース)。
これら一連のシリーズはあくまで「リミックス」であって「リマスター」ではないのだけど、Apple MusicやSpotifyといった配信などではしれっと「2008 Remaster」とか表記されてたりする。いやそこはちゃんと区別してくれないとあかんでしょ……。

 

それはさておき、これらのステレオ・リミックスはさすがによく出来ていて一聴の価値がある。
全体的な傾向として各楽器の分離がとても良くなり、ドラムとベースがより強調されたバランスになった。ギターの弦を弾く(はじく)ニュアンスや、シンバルや太鼓の生々しさには特筆すべきものがある。なかでも今作は元々の録音が良いこともあって効果テキメンといったところです。

 

ただ個人的な意見としてこれらピーター・ガブリエル時代の一連のステレオおよびサラウンド・リミックスは、各パートの音量バランスやレイアウトからどこかこのグループの音楽を「ドラム-ベース-エレキ・ギター-ヴォーカルにキーボードが添えられる」タイプのある種典型的な「ロックバンド」っぽいスタイルに再構成しようとする意識があるように思えてならない。
そしてトニー・バンクスのキーボードがアンサンブルにおける重要な一角を占めるこのグループにおいて、それは必ずしも適切な方向性とは言い難い。
なのでリミックス自体の出来はけっして悪くないし、自分自身ずいぶん楽しませてもらっているのだが、どうも納得行かない場面があったりもするというのが正直なところであります。あとちょっと音圧高めでは。
このボックスセットがピーター・ガブリエル側からリミックスのやり直しの指示が出たとかで何度か発売延期になったことと上に挙げた不満点の間に関連性がある気がしてしまうんだけど、どうなんでしょうね。同じNick Davisが手掛けたリミックスでも、例えばトニー・バンクス『A Curious Feeling』とかなんの不満もない出来栄えだったんだけど(鍵盤奏者のソロだからそのまま比較できるわけじゃないけど)。


そういったわけで、本作のサラウンド・リミックスも基本的なデザインあるいはレイアウトが自分の求めるものとは違ってしまっている。
とりあえずドラム・セットの音がステレオからさらにくっきりはっきりしたのは良いです。
あと「Dancing with the Moonlit Knight」ではオリジナル・ミックスよりベース・ペダルが強調されていてうれしい。他のトラックやアルバムでももっとサブウーファーにぶち込んでくれ。

逆に「Firth of Fifth」イントロのピアノとか期待した生々しさも定位の良さもなく非常に残念なのだけど、あらためて聴いてみるとそもそもピアノの録音自体が他楽器と比べるとすこし微妙で、アナログ時代はミキシング工程の音質劣化などで「均された」結果気にならなかったのがはっきりしてしまった、ような面もある気がしてきた。それにしたって「After the Ordeal」前半のアコギとピアノのアンサンブルはもうちょっとどうにかならなかったのか、という雑なまとめ方をされてるが。
「The Cinema Show」前半のレイアウトも、リスナーをこのアンサンブルに没入させることが目的ならそうはせんやろ、と思わずにはいられない感じ。

全体的にヴォーカルが他の楽器と比べて大きくてしかも音圧高めなので、再生音量を上げていった際にヴォーカルだけ先に頭打ちになってしまい他の楽器を上げきれず欲求不満、みたいな場面が多い気がする。あるいはセンタースピーカーの音量をアンプ側で下げることである程度好みのバランスに調整できるかもしれない。まあ自分の環境だとセンターはファントムなんですけども。

加えて前述したようにキーボードの扱いが微妙。それ自体はよくある「キーボードの音を複数のスピーカーにまたがらせて空間の広がり感を出す」やつをよりによってがっつりアンサンブルに加わってる箇所でもやろうとしていて、しかし添え物として割り切った配置もできず、結局ただ定位感が悪いだけになってしまっているような場面がけっこうある、ように思う。

結局このサラウンド・リミックスでいちばん素直に楽しめるのは「More Fool Me」だったりします。

 

2008年盤のDVDには本編に加えて2007年当時のメンバーへのインタビュー、「Shepperton Studios, Italian TV 1973」、「Bataclan, France 1973」の映像を収録。

「Shepperton Studios, Italian TV 1973」は1973年10月30・31日にShepperton Studiosに観客を入れて撮影されたプロモーション用ライブ映像。当時のステージの様子を1時間に渡って堪能できるありがたいもので、演奏も妙にたどたどしさがあった公式ライブ盤『Genesis Live』より安定している。

「Bataclan, France 1973」は1973年1月10日バタクラン劇場での映像。演奏はどの曲もカットがあり、間にインタビューが挟まる構成。この時点ではまだ「The Musical Box」での被り物が老人ではなく狐で、フィルに髭があることが確認できる。

 

2008年盤は最初にリリースされたボックスの時点でCDだHybrid-SACDだDVDがPALだリージョン1だと複数の仕様があってややこしく、以降の単品リリースでもDVDがPALだったりCD単品だったりするので自分が欲しい仕様を把握したうえで購入前にきちんと確認しないとやっかい(確認してもやっかい)。

いちおう上に貼った国内紙ジャケ盤はHybrid-SACDと日本国内での視聴を想定した仕様のDVDのセットで確実なんだけど、まあ当然とっくの昔に廃盤になってしかもプレミアついてますね。

ちなみに2014年にはBlu-ray Audioでもステレオ&サラウンド・リミックスがリリースされたけど、これにはなぜか各種映像コンテンツは未収録だった。

 


本記事は以前のブログで投稿した内容を書き換えまくった結果ほぼ別物になってる感じのものです。それ言ったらこのブログの記事全部ことあるごとに書き換えてすぎてどれも最初に投稿したときの姿を留めてないが