The Lamb Lies Down On Broadway / GENESIS (1974/1994/2008)

 

Lamb Lies Down on Broadway

Lamb Lies Down on Broadway

  • アーティスト:Genesis
  • 出版社/メーカー: EMI Europe Generic
  • 発売日: 1994/08/15
  • メディア: CD
 

1994 Definitive Edition Remaster; Remastered at The Farm and Abbey Road by Nick Davis, Geoff Callingham and Chris Blair

 

2008 5.1 Surround Sound and Stereo Mixes: Nick Davis

 

1974年11月リリース。レコード2枚組の大作ではあるが、これまでのいわゆる「長尺曲」がほぼなくなり基本的に明るめでポップな歌ものが全編を占めている、と言えなくもない。
明るめでポップというより不思議でぶっちゃけ変、すごくおもしろいけどその実よくわからん、どうにもとらえどころのない作品という印象で、ひとつながりの物語となっている歌詞も全編不可解で理不尽でピンチの連続、そんなときジョン兄貴がべつに助けてくれないみたいな感じなのですが。
ある意味『Foxtrot』で色濃かった超現実的な要素を、よりモダンな装いで発展させたものと考えることができるのかも。HIPGNOSISのジョージ・ハーディによるアートワークが視覚的にそうしたイメージを決定づけている面もあると思う。


ピーター・ガブリエルによるこの「物語」についてはほんとにさっぱりで、主人公のRaelくんがなんか不思議な体験を通してなんか不思議なことになるということしかわからない。つまりなにもわからない。「R”ae”l」が最後自分の顔と向き合ったときはじめて「R”ea”l」になるんやろうなぁみたいな(ぼんやり。あと急に出てきて特に何をするでもないジョンくんってリスナー側にとっては最初から限りなく無貌に近い存在な気がしてしまう。
おそらく『路上』をはじめ様々なアメリカ文学や映画からの影響が反映されており、著名人やヒット曲などの亜米利加ネタが大量に散りばめられている。今までやる機会がなかった方向性のネタをここぞとばかりに詰め込んでる、みたいな感じもあるだろうか。

 

音楽的にも、たぶん作品を貫くいくつかの動機が設定されていてそれらがときに明確にときにさりげなく現れているんじゃないかと思うんだけど、自分にはさっぱり把握できない。
歌もの中心の楽曲構成なこともあって後のピーターの1stや2ndソロ作に近いものを感じる瞬間も多々ありつつ、でもあらためて聴いてみるとやっぱりGENESIS以外の何者でもなく、とはいえ前作までと(次作以降とも)あまりにも様相が違う。
ほとんどの音楽的要素は前作までの間に培われたものの延長線上にあり、それらを作品の要求に合わせて巧みに組み合わせているのであっていきなり別物になってしまったわけではまったくなく、むしろ一部分をピックアップすると意外なほど変わっていないことに気づく。だけどそれによって自分のこのアルバム総体に対する不可解な印象が解きほぐせるわけではないという。
そんな自分にとって難解過ぎる作品だけれども、物語のテーマとかなんかそういうぼんやりした印象を全部吹き飛ばすくらい全編に渡ってトニー・バンクスの演奏、アレンジ、音色が素晴らしく、夢中でキーボード類を追ってるうちに気がつくとぼちぼちThe LightがDies Downな頃合いになってたりする作品でもあります。

 

プロデュースは前作に引き続きバンドとジョン・バーンズ。レコーディングはGlaspant Manorというウェールズの邸宅にIsland Studiosの移動式機材を持ち込んで行われた。
その後Island Studiosでのミックスダウン時に偶然居合わせたイーノにヴォーカル・エフェクトを手伝ってもらったとかなんとか(クレジットは「Enossification」となっている)。
当時イーノはアルバム『Taking Tiger Mountain (By Strategy)』の作業中で、お礼としてフィル・コリンズが「Mother Whale Eyeless」に参加している、という流れでいいんですかね。

 

 

「The Lamb Lies Down On Broadway」 イントロのエレピがまず印象的。あとこの曲をはじめ数曲でベースがやたら攻撃的な音でビリビリいってる。
「Fly On a Windshield」 メロトロン・コーラスによる導入!からのメロトロン・ヴァイオリン!!あとベース・ペダル!!!(突然興奮する
「Broadway Melody of 1974」 前曲から引き続きメロトロン・ヴァイオリンによる伴奏。ガブが声色を巧みに使い分けている。歌詞に自分でもわかるぐらいネタが散りばめられている。
「Cuckoo Cocoon」 あらためてこの曲とか聴くとさんざんわからん言ってきたけど案外ちょっと音の処理が変わっただけでは?みたいな気もしてくる。途中から入ってくるピアノすき。
「In the Cage」 トニー・バンクスの見せ場その一で、ピーター・ガブリエル脱退後のライブでも後々まで盛り上げ担当みたいな扱いだった。シンセ・ソロの最後にズンとくるベース・ペダルがインパクトあって良い。歌詞中に「Runaway」とか「Raindrops Keep Falling On My Head」とか聞き覚えのあるフレーズが。ヴォーカル・エフェクトでイーノが参加してる。
「The Grand Parade of Lifeless Packaging」 これもイーノが参加したという楽曲で、あきらかに他の曲よりヴォーカル・エフェクトが凝ってる。

 

「Back in N.Y.C.」 歌パートは正直ちょっとダレるけど間奏がおもしろい。この曲もベースがビリビリいってる。
「Hairless Heart」 また髪の話してる……。日本人からするとタイトルで「心臓に毛が生えている」を連想せずにはいられないんだけどたぶんそういう意図ではない。ちなみにTM NETWORKの「Carol」がこの曲に似ていると自分の中で話題になった。メロトロン・ヴァイオリン
「Counting Out Time」 ひっでー歌詞wと笑ってたらこのアルバムから最初のシングル・カットだった。ギターっぽい伴奏がじつはキーボードで、当のハケットは間奏でこの曲にぴったりと言うほかないギター・ソロを披露している。
「The Carpet Crawlers」 アルバム冒頭のタイトル・トラック中盤で現れた曲調がここで本格的に登場する。エレピ一本勝負なバンクスの伴奏はこれはこれで彼の真骨頂だと思う。ピーター・ガブリエルの抑え気味の歌唱もいい。そういえばフロイドはドクター・ストレンジだったけどこっちはスーパーマンですね。
「The Chamber of 32 Doors」 冒頭ギターで奏でられるメロディがヴォーカルに引き継がれる。なんかこれこそいかにもアメリカでありそうな感じの歌詞。

 

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「Lilywhite Lilith」 「Counting Out Time」もそうだけど、バック・コーラスがいかにも以前のGENESISなら演りそうになかった感じでおもしろい。間奏のメロトロン・ヴァイオリン!(こいつさっきからこればっかりだな
「The Waiting Room」 猫っぽい音はARP Pro Soloistらしい。なんとなく聞き覚えのある感じの効果音はあるいはメロトロンによるのかも。後半のドラムが入ってきてフェードアウトするまでの流れが好き。
「Anyway」 ピアノ主導だけど間奏のギター・ソロがやたらハード・ロック調というかなんというか。
「Here Comes the Supernatural Anaesthetist」 おちゃらけたような曲調からメロトロンぶわー。あとベース・ペダル
「The Lamia」 ピアノに導かれるオープニングからの、ベース・ペダルが響いて空間を埋め、そこから一旦引いてコーラスとともにメロトロンが登場する流れが最高。しかもメロトロンの音色を1stコーラスではヴァイオリン、2ndではコーラスと使い分けていて芸が細かい。
「Silent Sorrow in Empty Boat」 メロトロン・コーラス。お着替えタイムと言ってしまえばそれまでだけど、「The Waiting Room」やこの曲の思索的な感じはせっかく前作で確立された静謐さや丹念さを楽曲に盛り込む余地がなくなってしまったせめてもの埋め合わせのようにも聴こえる。

 

「The Colony of Slippermen」 これなんですよこれ。このトニー・バンクスの伴奏が聴きたくてこのアルバム聴くまである。
「Ravine」 前曲ラストのギターが残響のように鳴り続けるお着替えタイム。
「The Light Dies Down On Broadway」 「The Lamia」+「The Lamb Lies Down On Broadway」。この曲でのベース音もやっぱりビリビリしてる。時間がないときはこの曲から再生するとさくっとこのアルバムのエッセンスを楽しめます(そんなフロイドの『The Wall』を後半の「In the Flesh」から聴くみたいな
「Riding the Scree」 ARP Pro Soloistのピッチベンド機能を効果的に活用したソロ。後半ベース・ペダル
「In the Rapids」 ドラムがそんなに叩く?ってくらい叩いてる。
it.」 最初やたら聴きにくい印象だったんだけど、インストの予定だったところに歌詞乗っけちゃったと知って納得。それにしてもこんだけ長々とやってきて最後の最後がストーンズパロなの、ええんかそれでと思わなくもない。

 

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リマスター以前のオリジナル・ミックスはレコードもCDも全編おそらくミキシング由来のノイズがのっていて、特にCDだとそれが目立ってしまっていた…はずなんだけど手元にリマスター以前の音源が残ってないから確認できない……!(地団駄

1994年のDefinitive Edition Remasterではこのノイズが、それこそどうしても目立つ冒頭をフェードイン処理するくらい念入りに除去されている。もともと前作『Selling England By the Pound』ほど高音質なアルバムではないが、ノイズ除去の結果全体的に音がスカスカになってる印象。

 

2008年盤のステレオ・リミックスはノイズが見事になくなり、各楽器の響きも生々しくなった。当然フェードインともおさらば。ただ音圧は酷いやつよりは全然マシだけど良好とは言い難い程度には高め。
オリジナル・ミックスとの違いを挙げていったらきりがないが、とりあえず自分がぱっと注目するとこだと「In the Cage」シンセソロ直後のペダル・ベースの処理がけっこう違い、初手ズーンとくるのはこちらのリミックス。しかし、オリジナル・ミックスがそこからだんだん強まっていくのに対しリミックスは最初がいちばん大きく、歌がはじまるとすっと引いてしまう。

(2020/11/30追記:サブウーファーのセッティングを見直してからあらためて聴いたところだいぶ印象が変わりました。「リミックスが初手ズーンとくる」のと「オリジナルは立ち上がりが多少遅い」のはおなじとして、オリジナルは以降そんなにクレッシェンドせず歌詞でいう「〜My Little Runaway」まである程度のレベルを保ちつつ鳴り続け、リミックスは初手ズーンのあとそのオリジナルとだいたい同じレベルまで下がって鳴り続けるように。つまり単純にリミックスの初手がより強力になってあとは同じ)

 

サラウンド・リミックスはピーター・ガブリエル期箱のなかでは比較的良好な仕上がりで、おそらく前作までより歌重視の作品であることがいい方向に働いているんじゃないかと思う。
全体的にギターの占める割合が増し力強さが前面に出てくるバランスで、「The Grand Parade of Lifeless Packaging」を筆頭としたヴォーカル・エフェクトやスティーヴ・ハケットによる効果音的なギターなどもサラウンドで引き立っている。ただし「The Lamia」でのフルートとか、ステレオ・リミックスでオリジナルよりかき消され気味になった諸々の音はそのままかき消され気味なので、期待したほどには音響面での細やかさみたいなものは感じられない。

 

2008年盤DVDはサラウンド・リミックスの再生画面に当時ライブで使われたスライドや写真、8mmの映像まで挿入される凝った作りで、きちんとしたマテリアルが残されなかった当時のライブの様子を垣間見ることができるありがたいものになっている。「The Waiting Room」の影法師や「The Lamia」でなんか包まれてるやつ、そしてもちろん「The Colony of Slippermen」の例のアレも確認できます(ブートで出回ってる映像より量は少ないけど)。

スライドにサルバドール・ダリの絵画がモチーフとしてちょくちょく使用されているのがわりと興味深い。

 

DVDはほかに恒例2007年インタビューと「Melody - French TV 1974」を収録。

「Melody - French TV 1974」は1974年1月12日ORTF TV Studiosで収録のパフォーマンス。73年Shepperton Studiosでの映像がどちらかというとフィルム・コンサート向けの落ち着いた(というか余計な手を加えてない)ものだったのに対し、こちらは当時のテレビ向けならではの演出がなされているのが特徴。「Supper's Ready」クライマックスでなんか爆発させて音入っちゃう上に煙が出すぎてすぐ画面が切り替わるのがとても味わい深いです。あと画面が明るいので楽器や衣装、メンバーの手元もよく見える。演奏はなんかちょっと荒い。

 

ところで2008年盤のジャケットはSACDとかでたまに見かけるプラケースとだいたい同じサイズのハードカバーなブック・タイプになっている。ディスク類は厚手の紙でできた収納袋っぽいページに収めてあるのだが、これがサイズ的にまったく余裕がなく出し入れしづらい上に傷つきやすい(というか新品購入時点でたいてい跡がついてる)代物だったりする。たぶん取り出しやすいように遊びを作ると中で動いて余計傷つくみたいなのもありそうだけど、根本的に扱いにくいのでそんなにプラケースが嫌ならせめてデジパックで妥協しておいてほしいところなんですが。