GRYPHON (1973/2007)

 

 

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GRYPHONは木管、ギター、鍵盤等を駆使するいわゆるマルチ奏者のリチャード・ハーヴェイ木管奏者でヴォーカリストのブライアン・ガランドが王立音楽大学を卒業後にはじめた古楽アンサンブルに、ギタリストのグレアム・テイラーと打楽器奏者のデイヴ・オベールが加わって結成されたグループ。


1973年6月リリースのこの1stアルバムは、電気楽器を用いない本格的な古楽演奏とポップスを意識した編曲や制作手法を組み合わせ結果的にいわゆるフォーク・ロックに接近したとも言えるような内容で、楽曲面ではリコーダーとクルムホルンによる歯切れのよい木管アンサンブルや鮮やかなタッチのギターによる器楽曲と歌曲、そしておふざけ曲が並ぶ。
ここでの「ポップスを意識した」編曲や制作手法は単に楽曲構成や演奏上のものにとどまらず、ホールトーンの再現よりも最終的にミキシングで仕上げることを前提とした各楽器の録音、オーバー・ダブやフェーダーの操作を活用した表現にまで及んでおり、そうした点でたとえば同じ王立音楽大学人脈の古楽バンドであるTHE CITY WAITESなどとはあきらかな違いがある。いわゆるハイファイ型とスタジオアート型の違いってやつだろうか。
つまるところこのアルバムは、ポップス的な手法でもって古楽バンドのレコードを制作するという試みだったんじゃないだろうか。

 

プロデュースはアダム・スキーピングとローレンス・アストンのふたりによる。
アダム・スキーピングはエンジニアであると同時に自身もミュージシャンで、デイヴィッド・マンロウやクリストファー・ホグウッドのTHE EARLY MUSIC CONSORT OF LONDONにも参加していた人物。

ちなみに彼の兄弟ロデリック・スキーピングも著名なミュージシャンであり、作曲家やTHE CITY WAITESの中心メンバーとしての活動のほか弦楽器奏者としてアルフレッド・デラーのDELLER CONSORTやキース・ティペットのCENTIPEDE、ARKといったプロジェクトにも関わっている。

そもそも彼らの父親であるケネス・スキーピングがバロック音楽の専門家で王立芸術院教授、ネヴィル・マリナーのTHE ACADEMY OF ST. MARTIN-IN-THE-FIELDS団員という人物であったそうな。
スタジオでの音作りと古楽やトラディショナル・フォーク両方に精通したアダム・スキーピングという人物がこの古楽の現代的再構成とも言える作品に携わっているのは偶然ではないだろう。
一方のローレンス・アストンは基本的にマネージメントや出版関連の人物で、この時期Transatlantic Recordsのアーティストを多く担当してたっぽい。

 

録音はロンドンのRiverside RecordingsとLivingston Studiosでおこなわれ、エンジニアはアダム・スキーピング自身とニック・グレニー=スミスが担当。ニック・グレニー=スミスって映画音楽で有名な作曲家のひとだけど、こういう仕事もしてたのね。

 

 

16世紀後半に活躍した有名な作曲家アノニマスによる舞曲(みたいなことがアルバムの解説にしれっと書いてあるんです)。ケンプはシェイクスピアと同時代の喜劇俳優ウィリアム・ケンプのことらしい。

デイヴィッド・マンロウやレネー・クレメンチッチ、ヨーゼフ・ウルザーマーなど名だたる面子が録音している定番ともいえる楽曲。あとヤン・アッカーマンも演奏してたり。

ここではハキハキしたリコーダーとクルムホルンが印象的なリズムを強調した演奏で、そのリズムと間奏が追加された曲構成によって素材は全部古楽なままインスト・ポップスに通じるような仕上がりになっている。

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まったく関係ないんだけどアノニマスというと、ノートルダム楽派関連でAnonymous IVという呼び名を知った際ひとりで「これは古楽戦隊アノニマス・フォーきたな!」とか盛り上がってたんだけど、とっくの昔にANONYMOUS 4というアカペラ・グループがいらっしゃったのですね。そもそも戦隊モノで4人って微妙すぎるのでは。あとノートルダムのマスコットキャラとして「ペロたん」ってどうよとか言った記憶もある。どうもこうもあるか

本来Anonymous IVは13世紀フランスのカトリック教会において汚れ仕事を担当する裏組織、その幹部である顔も名前も不明な謎の4人組とかそういうのではなく「名無しさんその4」程度の意味です。

 

  • Sir Gavin Grimbold

19世紀アメリカの民俗学者フランシス・ジェームズ・チャイルドが採集したいわゆるチャイルド・バラッドの210番、「Bonnie George (or James) Campbell」の改作。

ヴォーカルはブライアン・ガランドで、バスーンが主導しつつソプラノ・クルムホルンが絡む木管、リズムを担当しつつ要所要所で滑らかなオブリガートのパートが入るギターの隙間にステレオの両チャンネルを飛び交うパーカッションが挿入される。

 

  • Touch and Go

グレアム・テイラーとリチャード・ハーヴェイの作曲による、ギターと深めの残響をかけられたテナー・リコーダーによる小品。

 

  • Three Jolly Butchers

イギリスの民俗学者ティーヴ・ラウドが1970年頃にはじめた個人的なインデックスに端を発する、25,000曲におよぶ英語による民謡のデータベース Roud Folk Song Index の17番「The Three Butchers」。

ここでは訛りを極端に強調した肉屋役とナレーター役によるはっちゃけた感じのトラックになっていて、なんとなく油断しがちだけど曲調の変化がわりと凝っている。

ちなみにRoud Folk Song Indexはヴォーン・ウィリアムズ記念図書館の公式サイトで検索および閲覧できます。

Vaughan Williams Memorial Library - Welcome to the Vaughan Williams Memorial Library

 

  • Pastime with Good Company

ヘンリー8世の作曲として有名だが、このアルバムの解説でも触れているように実際にはフランスの歌曲に英語の歌詞をのせたものという説もある。

前述したRoud Folk Song Indexの印刷物版であるRoud Broadside Indexにも収録(V9345)。

ここでは歌を省いてリコーダーとクルムホルンのアンサンブルを中心としたアレンジに仕上げているので、あるいはヘンリー8世成分がなくなってるかもしれない。

太鼓とハープシコード、バス・クルムホルンをバックに、1番はリコーダー独奏、2番はリコーダーが伴奏にまわりクルムホルンがリード、3番はリコーダーの多重録音による合奏という、リチャード・ハーヴェイの高い演奏能力と共にスタジオ録音だからこそ可能なアンサンブルのバリエーションの幅広さを示すトラックとなっている。

 

  • The Unquiet Grave

チャイルド・バラッド78番(ラウド51番)だが、主題となる旋律はヴォーン・ウィリアムズによる5つのヴァリアントで有名なチャイルド・バラッド56番(ラウド477番)「Dives and Lazarus」のもの。

ヴォーカルはデイヴ・オベールにより、歌詞に合わせてヴォーカルの位相に変化を加えている。

クルムホルン合奏によるイントロからスチール弦ギターとパーカッションに導かれつつ歌に入り、2番でバスーン、3番でクラシック・ギターが伴奏に加わる。パーカッションの響きと共に一旦静まりしばらくバスーンが呻き、次第に調性がもどってきてオルガンが湧き上がり4番へ。4番はそのままオルガンとハープシコードとなり5番でもそれが維持されるものの、歌は途中で終わりバスーンが旋律を引き継いでこれが実質的な後奏となり終了。歌パートが5回の繰り返しによって成り立っている楽曲なので、これがGRYPHON版5つのヴァリアントみたいな意図もあるのかも知れない。

巧みな演奏やアンサンブル、そしてバスーンの間奏や後奏に加えられた残響によって幽玄な雰囲気を醸し出しておりこのアルバムのなかでもシリアスな曲調といえなくもないが、むしろ他のトラックにおけるクルムホルンの音色が、どうも自分の耳に本来楽曲が意図している以上にユーモラスに聴こえてしまうという面があるようにも思える。

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  • Estampie

エスタンピー。英語では「Estampee」と発音し、これ自体は13、14世紀ヨーロッパにおけるダンスと楽式の両方を指す言葉らしい。

この曲自体に特定のタイトルはなく、表記は「Estampie」「English Dance」「English Estampie」などまちまち。たとえばリコーダー奏者のグレアム・デリックが主宰するESTAMPIEというそのまんまなネーミングのアンサンブルなどの録音がある。

このアルバムではB面1曲目のいわゆる盛り上げ担当。そもそもエスタンピー自体そういうノリだろうし。

5分40秒程度とアルバム中もっとも演奏時間が長く、バス・クルムホルンにはじまりパーカッションやバスーンのソロ・パートを含むハイライトのひとつとなっている。バスーンはなんかどこぞの虹がどうとかいう曲のメロディを混ぜてるような。

特に終盤の、トラッド演奏でのお約束的な加速していくリコーダーの演奏がすさまじい。こういうどんどん演奏が速くなってくやつってなにか呼び方があるんじゃないかと思うんだけどずっとわからないままになってるんですよね。

そういえばマイク・オールドフィールドが『Tubular Bells』ラストで「Sailor's Hornpipe」をどんどん速くしていくやつを演ってたけど、それを受けてなのかなんなのかGRYPHONもライブで同曲をとりあげていて、しかもマイク・オールドフィールドなんて目じゃねーぜとでも言うかのようにがんがんに加速していってるブートかなにかの録音を聴いた覚えがある。

 

  • Crossing the Stiles

グレアム・テイラーによるギター独奏曲。

Styleは様式だけどStileだと踏み越し段(牧場とかの柵を人間だけ越えられるようにするための踏み段)。

 

  • The Astrologer

ラウド1598番。

ハープシコードはブライアン・ガランドで、リチャード・ハーヴェイがデスカント、トレブル、テナーのリコーダー3本によるひとり合奏を行っている。正直ソプラノとデスカントとトレブルが具体的にどう違うのかよくわかってません。

 

  • Tea Wrecks

13世紀頃のエスタンピーをもとにした、3本のリコーダー(ソプラノ、デスカント、テナー)とグロッケンシュピールの伴奏による小品。

前曲と同じリコーダーをソプラノとかトレブルとか表記変えてるだけな気がしないでもない。なおそうでなくとも楽器クレジットは完全に遊んでる。

 

  • Juniper Suite

本アルバムにおいて唯一作曲クレジットがGRYPHONとなっている、グループ全員による作品。楽曲解説もメンバー4人がそれぞれコメントを寄せる形になっている。タイトルはアメリカのJuniper Valley Park、ではなくロンドン近郊のサリー州にあるJuniper Valleyという土地に由来するらしい。

目まぐるしく移り変わる展開とそれにあわせて切り替えられる楽器の数々が特徴的で、5分に満たないがけっこうな聴き応えがある。

このアルバム全体に言えることだが、こうした楽器の使い分けとそれを簡単に聴き分けられる各楽器の響きが混ざらない整然とした音の配置もスタジオ制作の利点を活かしたもの。逆に言えば、ライブではリコーダーやクルムホルンは2本まででダブルトラックにもできず楽器の持ち替えもここまで素早くはいかないので、どうしてもスタジオ録音と比べてサウンドが薄くて演奏も慎重ということになってしまうのは致し方ないのだろう。

ブライアン・ガランドはバスとテナーのクルムホルンにバスーン、デイヴ・オベールが太鼓とパーカッション類、グレアム・テイラーはハープシコードとオルガンとスチール弦ギターを担当。そしてリチャード・ハーヴェイはデスカント・リコーダー、アルト・クルムホルン、クラシック・ギターマンドリンそしてオルガンを使い分けている。

あとデイヴ・オベールの奥さんがトライアングルで参加してるらしい。

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  • The Devil and the Farmer's Wife

チャイルド278番「The Farmer's Curst Wife」。

「Three Jolly Butchers」以上にはっちゃけ気味な悪魔が来りてなんか言ってるやつで、最後は急に合唱になってラグタイムからの缶からでも叩いたようなどこかで聞き覚えのある音で締め。楽器クレジットにある「Tea Pot」ってこれのことだろうか。ホーロー製のポットをスティックでぶっ叩くとこんな音になったり?

なおその楽器クレジットはブライアン・ガランドに侵食されてる(これだけ読んでももはや伝わらないだろ)。

 

 

 

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Transatlantic、TRA 262。マトリクスはA面が手書きで末尾「3E」、B面が機械打ちで末尾「2E」となっている。なんかそれぞれ2ndプレスと1stプレスみたいな但し書きがついて2枚売ってたお店でちょいお高めな1stの方をえいやっと買った記憶があるんだけど、Discogsを見たらふつうに両面「1F」の盤があるっぽいですね。あるっぽいですね。

正直はじめて再生したときは音割れとサーフェイスノイズがひどくてガッカリだったんだけど、根気よく、というより未練がましく洗ったり再生したりを繰り返してるうちに気がつくと別段不満もなく聴けるようになっていた。

 

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エンボス加工の施されたゲートフォールド・ジャケットで、見開きにはユーモアを交えた楽曲解説とそれぞの担当楽器が掲載されている。ただ羽根ペンの手書き文字は判読しづらくてむっちゃ疲れる。

ちなみにその羽根ペン字はちゃんと"Quill Pen: Lawrence Marks"とクレジットが載っている。

使用楽器等のクレジットには製作者等の情報もしっかりと掲載されているが、そちらもジョーク混じり。

 

 

Gryphon

Gryphon

  • アーティスト:Gryphon
  • 発売日: 2007/09/18
  • メディア: CD
 

2007年のTalking ElephantレーベルからのCDリイシュー。

Sanctuary Recordsライセンスで公式サイト等を確認した限りリマスターと明記されてはいるのだが、ブックレットにはそれ系のクレジットはまったくないので詳細はよくわからない。ついでに楽曲解説も省略されてる。

 

高音はちょっとキツめな印象もあるけど全体的にクリアなサウンドで、カッティングや盤のコンディションに大きく影響されるレコードよりこっちのほうが弱音部分から音量のピーク部分まで安定していて好ましくすらある。正直よっぽどレコード再生に投資してる人や一部の好き者以外は最初からCDやそれ以降のデジタル音源を聴いたほうがずっといいんじゃないでしょうか。

 

2016年にほぼ同じ仕様でリイシューされているのでそっちのリンクを貼りたいのだが、Amazonではなぜかアダルト指定されていて貼り付けられないのでリンクだけ置いときます。Amazonくんさぁ……

https://www.amazon.co.jp/gp/product/B01A8SV7K0

 

 

配信にあるのはTalking Elephantと同じ音源と思われる。

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