This Was / JETHRO TULL (1968/2008/2018)

 

 

 

1968年10月4日リリース。イギリスのバンドJETHRO TULLの1stアルバム。

なんやかんやで50年という長い歴史を誇りその時代ごとにフォーク色が強くなったりミュージカルやりたそうにしてみたりニューウェーブっぽくなってみたりと変化を重ねてきたグループだが、1stアルバムにはその根底にあるブルースとジャズへの志向が最も素直に現れている。

簡単に言うと「うまいギターとブイブイいわせるフルートによるブルース・ロック(ジャズのフレーバー入り」みたいな感じ。

 

  • イアン・アンダーソン Ian Anderson : Flute, Mouth Organ, Claghorn, Pianos and Singing
  • ミック・エイブラハムズ Mick Abrahams : Guitar, Nine String Guitar and Singing
  • クライヴ・バンカー Clive Bunker : Drums, Hooter and Charm Bracelet
  • グレン・コーニック Glenn Cornick : Bass Guitar

 

アルバムは1968年の6月13日から7月28日にかけて、ロンドンのSound Techniquesでテリー・エリスとバンド自身のプロデュースのもの制作されている。エンジニアはおそらく当時Sound TechniquesのハウスエンジニアだったVictor Gammが担当。

後述する50周年盤に関わったSteven Wilsonによると4トラック録音で、オリジナル・リリースのLPにはモノラル盤とステレオ盤がある。

 

次作以降急速にイアン・アンダーソンのワンマン化していくJETHRO TULLであるが今作ではミック・エイブラハムズがイアンと並び立つ存在感を発揮していて、ふたりの音楽的な方向性の違いがストレートに作品に反映され、それが面白さにつながっているように思える。

基本的にブルースの形式に則った楽曲やイアンの演奏スタイルの直接の参照元であるローランド・カークのカバーなどがアルバムの大半を占め、「作曲」や「トラック」よりはバンドの「演奏」を聴かせるタイプの音楽。

後年詩人として名をあげるイアンの歌詞も今作の時点ではブルースでありがちな話題をなぞったようなものが大半で、ミック・ジャガーやレイ・デイヴィスもキャラ確立するまでにそういう時期があったよねみたいな感慨があったりなかったり。

 

ミック・エイブラハムズのギターはリズムとピッキングがしっかりしていて、ソロは音の粒立ちがよくフレージングも達者でかなり聴かせるし、バッキングも走らず遅れずアンサンブルを腰の座ったものにして全体の取りまとめ役になっているように思える。彼がギターヒーローとして脚光を浴びともすればバンドの中心人物とみなされたというのも十分納得がいく

しかしメンバーのなかでもブルースへの傾倒が特に激しかった彼は結局あれこれやりたがるイアンとは相容れずこのあとバンドを離れることになったのでした、みたいな理解でいいのかしら。

ちなみに担当楽器にあるNine String Guitarは12弦ギターの弦が足りなかっただけっぽい。

 

イアン・アンダーソンのフルートはオーバーブロウや声による重音奏法を駆使したワイルドさを売りにしつつ抑えるところはがんばって抑えていて、この楽器をはじめてまだ数ヶ月とは思えない健闘をみせている。カバーも披露しているローランド・カークやジェレミー・スタイグの多大な影響を感じさせる、というかわりとそのまんまな気もするスタイルではあるんだけど、まあ若い時分ってそういうものですよね。

どちらかというと重要なのは組み合わせの妙、つまり、ブルースを基調としつつほどよくジャズのエッセンスが投入されたバンド演奏に、ギターの向こうを張る楽器としてこのフルートが入るというのがポイントなのだと思う。そもそもリスナー側としちゃ模倣とかなんとか言ってみたところでローランド・カークやジェレミー・スタイグがミック・エイブラハムズと対等な関係でブルースロック演ってくれるわけじゃないんだし……

クライヴ・バンカーグレン・コーニックのリズム隊はミック・エイブラハムズのギターと比べると浮足立ったところがあるけど、その分意欲的にあれこれ演っていてこれはこれでこの時代のブルース・ロックの醍醐味みたいな感じもある。

 

 

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A1「My Sunday Feeling」

アルバムの邦題『日曜日の印象』はこの曲から。あとから聴くと「ああこういう系ね」みたいに流しがちだけど、当時はよく整ったブルース・ベースのロックとしてなかなかのインパクトがあったんじゃないだろうか。わかんないけど。

 

A2「Some Day the Sun Won't Shine for You」

ギターの伴奏が魅力的なブルース曲。

 

A3「Beggar's Farm」

これが聴きたくてこのアルバム再生するまである、個人的にお気に入りのジャズのフレーバーをまぶしたクールなブルース・ロック。

 

A4「Move on Alone」

ミック・エイブラハムズの曲で、以降このバンドに欠かせない存在となるデヴィッド・パーマーがはじめてアレンジを手掛けているが、どうもミックに無断での作業だったらしい。

 

A5「Serenade to a Cuckoo」

ローランド・カークのカバー。本人的には不満があったのかもしれないけど、ジャズ色の強い楽曲でのミック・エイブラハムズのバッキングがこのアルバムの重要な魅力になっている面もあると思う。

 

 

B1「Dharma for One」

クライヴ・バンカーのドラムをフューチャーした「Mobby Dick」とか「Rat Salad」とかあれ系のドラムソロ曲みたいなやつ。ライブでも定番になり、ミック・エイブラハムズ脱退後は歌詞が追加されてほとんど別曲と化した。ドラムとならんでソロがフューチャーされてるチャルメラ系管楽器はメンバーの友人ジェフリー・ハモンドが複数の管楽器を組み合わせて作った通称Claghornというものらしい。

 

B2「It's Breaking Me Up」

これもブルース。

 

B3「Cat's Squirrel

イントロからしてどこかで聞き覚えのある、でもなんだったか思い出せないノリの良いブルース・ロック。ジャケ見開きの解説に「どうせみんなこういうの好きでしょ?」みたいな舐めたこと書かれてるけど概ねそのとおりです。

 

B4「A Song for Jeffrey」

アルバムに先駆けてシングルとしてリリースされたトラックで、この時期の代表曲なんだけど個人的にはいまいち面白さがわからない。ヴォーカルにメガホン通して歌ってるみたいなエフェクトがかけられてる。Jeffreyはジェフリー・ハモンドのことらしい。

 

B5「Round」

最後っ屁みたいなインスト。

 

 

全体としてブルースとジャズとロックが大好きなにーちゃんたちがやりたいこと全部ぶち込んだアルバムという感触。
メンバーが老人の格好をしたジャケット写真や過去形のタイトル、それに自分のブルースに対する辛気臭いイメージも相まって以前は「デビュー作らしからぬ老成さ」みたいな印象があったのだけど、今見るとむしろいかにも若者らしい捻くれ方をしているようにも思える。ブルースも当時は流行りの音楽だったわけですし。

ブルースが「多くの若者が夢中になる流行の最先端の音楽」だった時代のことはさっぱりわからないし、これが当時どれほど新鮮なスタイルやサウンドだったのか見当もつかないけど、FREEやLED ZEPPELINより早い段階で完成度の高いブルース・ベースのロックを演っていると思われる。
つまりCREAMと並んで、あるいはCREAM以上にはっきりとこれ以降70年代前半を中心に多く作られた同系統のアルバムの雛形となっていると言えるかどうかはやっぱり自信なくなってきたところです。

当時アメリカでもたいそうウケてWoodstock FestivalではPAシステムからこのアルバムのトラックが流されていたらしい。

 

 

40th Anniversary Collector's Edition

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2008年にリリースされた40th Anniversary Collector's EditionはCD2枚組。

  • CD1:モノラル・バージョンのアルバム本編+ボーナストラック
  • CD2:新規ステレオ・リミックス+ボーナストラック

 

今作は最初にステレオとモノラルでリリースされて以降LPにしろCDにしろステレオ音源ばかりリイシューされてきたが、この40周年盤ではじめてモノラル音源がリイシューされた。

 

今作のモノラル音源はとても良くて、個人的にはステレオ音源よりむしろ好ましいです。

ステレオ音源はあの時代なりの楽器やヴォーカルを極端に左右に振りがちなレイアウトで、モノラル音源は各楽器のディテールがぼやける代わりに塊感や迫力があるわけだけど、このアルバムに関してはモノラルでも十分各楽器の動きがつかめるしそれぞれの音域がうまく噛み合ってしっくりくる感じがある。

リマスタリングはPeter Mewにより、変に音圧上げられたりもしていなくて素性の良い仕上がり。むしろオリジナルのモノラルLPはもうちょっと高音域を強調してあの時代のモノラル盤特有のエレキギターやシンバルがビリビリくる感じに調整してあったんじゃないかという気もする。持ってないしタルのオリ盤とか一生縁がないだろうけど。

 

おなじくPeter Mewによるステレオ・リミックスは60年代当時のミキシング由来の音の曇りを取り払ってレイアウトも現代的な配置に整え直したもの。

正直モノラル音源で事足りてしまってあんまり聴く機会ないけど、これはこれで全然悪くない。

 

CD1のボーナストラックはBBC Sessions。1968年7月23日と11月5日のTop Gear出演時の音源で、ラジオ放送向けのお行儀のいい演奏でオーバーダブとかもされているとはいえ貴重なミック・エイブラハムズ時代のライブが聴ける。

 

CD2のボーナストラックはアルバム前後のシングル関連とそのリミックス

「Love Story」と「Christmas Song」はこのアルバムのあとリリースされたシングルのA面とB面で、ミック・エイブラハムズ時代最後のリリース。

「Love Story」はノリが完全にハード・ロックで、デヴィッド・パーマーがアレンジを担当してイアンがほとんどの楽器を演奏してる「Christmas Song」は以降のトラッド・フォーク的なものを先取りした内容。

この2曲はPeter Mewによる新規ステレオ・ミックスとオリジナルのモノラル音源両方が収録されている。

 

「Sunshine Day」は1968年2月16日にMGMレーベルからJETHRO TOE名義でリリースされた、このバンドのデビュー・シングル。

ミック・エイブラハムズの曲で、がんばってポップな曲調とハーモニーを取り入れつつやりたいこともぶち込んでくる、なかなか面白いトラック。

プロデュースはデレク・ローレンスで、JETHRO TULLは前身であるJOHN EVAN BAND時代から彼のもとでレコーディングを試みていた。しかしやっとリリースにこぎつけたこのシングルも売上はさっぱりで、一説によれば間違ったバンド名でリリースされたのもプロデューサーが本来バンドに支払われるべきロイヤリティをちょろまかすためだったとか。

結局バンドはデレク・ローレンスと決別し、マネージャーのクリス・ライトとテリー・エリスはJETHRO TULLを世に出すためにプロダクションを設立しこれが後のChrysalisレーベルの母体となる。

 

「One for John Gee」はアルバムに先駆けて2ndシングルとしてリリースされた「A Song for Jeffrey」のB面。タイトルはつまり「ジェフリーのために1曲、ジョン・ジーにも1曲」みたいなノリだと思われる。

 

 

The 50th Anniversary Edition

 

2018年にはリミックス・シリーズの一環として3CD+DVDの豪華仕様でリイシューされたんだけど持ってない。欲しいです……

このシリーズはSteven Wilsonによるステレオとサラウンドのリミックスを目玉にそれぞれのアルバムに関連した音源を網羅的(だいたい)に収録したもので、今作は

  • CD1:Steven Wilsonによるアルバム本編と追加トラックの新規ステレオ・リミックス
  • CD2:BBCセッションとシングル音源+α
  • CD3:アルバム本編のオリジナルUKステレオ・ミックス(ディスク・トランスファー)とモノラル・ミックス(新規リマスター)
  • DVD:Steven Wilsonによるアルバム本編と追加トラックのステレオおよびサラウンド・リミックス。アルバム本編のオリジナルUSステレオ・ミックス。

といたれりつくせり。ブックレットの内容も毎回充実してるからこれも読み応えあるんじゃないだろうか。

 

とりあえず持ってないなりに気になったポイントにいくつか言及しておきます。

まずMGMからのデビュー・シングルの音源だけど、40th Anniversary Collector's EditionにはA面「Sunshine Day」しか収録されていなかったがこちらにはB面「Aeroplane」も収録されている。これはJETHRO TOE名義でリリースされたが実際にはJOHN EVAN BAND時代の1967年に録音されたもの。

 

次にわざわざ2種類収録されているオリジナルのステレオ・ミックスについて。

このアルバムのステレオ盤が最初のUK盤だけ左右反転しているというのはマニアの間では有名な話だったんだけど、ここでわざわざ「UKステレオ・ミックス」と「USステレオ・ミックス」で別に収録しているということは、実際には最初のUK盤とUS盤は左右反転どころか別ミックスであり、以降はUK再発盤でもUSミックスのみ使われてUKミックスは長らく忘れ去られていた、ということなんじゃないだろうか。

 

Steven Wilsonによるアルバム本編のサラウンド・リミックスは4.1ch。なぜ5.1chじゃないのかというと、そもそもアルバムが4トラック録音で出来ることは限られているから制約を課して作業に臨んでみた、というわかるようなわからんような理由らしい。

それに対して「Love Story」「A Christmas Song」のシングルAB面はもとが8トラック録音だから5.1chで作業してあるようだ。

あと一部のDVDにサラウンド・リミックスの各チャンネルの割り振りが間違ってるエラーがあるらしいのだけど、普通に聴けてるひともいるっぽいし詳しいことはよくわからないので買う人はお気をつけください。

 

 

記事の頭に貼ったのと同じやつ

CD1は単品でもリリースされているほか、サブスクでも配信されているのでそちらでも聴ける。

 

Steven Wilsonによるステレオ・リミックスを聴いてみた感じ、レイアウトはPeter Mewの40周年リミックスと違ってなるべくオリジナルのステレオ・ミックスを尊重した感じ。

またマルチトラックの各トラックをなるべくフラット・トランスファーのまま扱っているらしく、ベースやバスドラの低音が当たり前みたいにするっと下まで出てくるのに加えて高音域も自然で生々しい。

しかし同時にオリジナルのステレオとモノラルのミックスに共通して存在した微妙な歪みが綺麗サッパリ取り払われて、やたらスッキリしたサウンドに仕上がっているので、たぶん無茶苦茶好き嫌いが分かれるんじゃないだろうか。

 

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このあたりPeter Mewはけっこう気を使ってバランスとってたんだなぁというのと、Steven Wilsonの思い切りの良さと、聴き比べるとアプローチの違いがよくわかってすごく面白い。

個人的にはそもそも最初からどれかひとつに絞って聴くつもりが毛頭ないんだけど、それはそれとしてこのアルバムに関してはどうせモノラルがベストでステレオはお遊びみたいなもんだから気分によってとっかえひっかえできればそれでよし、みたいな何様だこいつって態度だったりします。

 

追加トラックで特筆すべきは「Move on Alone (Flute Version)」で、これはおそらくデヴィッド・パーマーによるアレンジが加えられる前段階の、ミック・エイブラハムズ本人が意図したバージョンなんじゃないかと思う。

「Ultimate Confusion」は、なんでしょうこれ。