Thick as a Brick / JETHRO TULL (1972/1997/2012)

 

Thick As a Brick

Thick As a Brick

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1972年3月リリース、JETHRO TULLの5枚目のアルバム。

各種シングル曲のフォーク調で親しみやすいメロディ、『Benefit』の叙情性や凝ったアレンジ、『Aqualung』の聴かせどころを絞った明快さ、そしてジェフリー・ハモンドと、これまでに培ってきたものをひとつのレコードひとつの楽曲にまとめて投入した痛快な作品。

アルバム1枚通して1曲というと身構えるひともいそうだけど、いつくかの非常に印象的で覚えやすいメロディが楽曲の進行に合わせて繰り返し登場してそれぞれの展開を区切ってくれる面倒見の良い構成になっていて、そのメロディ自体の良さもあってむしろタルがここまでにリリースした5枚のアルバムのなかでいちばん聴きやすいとすら思う(個人の見解)。

 

 

  • イアン・アンダーソン Ian Anderson:Lead Vocals, Acoustic Guitar, Flute, Violin, Trumpet, Saxophone
  • マーティン・バー Martin Baree:Electric Guitar, Lute
  • ジョン・エヴァン John Evan:Piano, Organ, Harpsichord
  • ジェフリー・ハモンド Jeffrey Hammond-Hammond:Bass Guitar, Vocals
  • バリモア・バーロウ Barriemore Barlow:Drums, Percussion, Timpani

オーケストラの指揮とアレンジはデヴィッド・パーマー。

 

口ひげを蓄えたらトム・サヴィーニみたいになったドラマーのクライヴ・バンカーは家庭をもったのを機にバンド稼業から足を洗い、後任としてこれまたJOHN EVAN BAND時代のバンド仲間バリモア・バーロウが参加。もうマーティン・バー以外みんなJOHN EVAN BANDじゃねーか。

 

バリモア・バーロウは安定感と手数の多さ両方を兼ね備え、変拍子を多用するタルのアレンジにも余裕を持って対応できる優れたドラマー。

クライヴ・バンカーだって良いドラマーではあるんだけど、コンビを組んでいたグレン・コーニックの解雇と後任のジェフリー・ハモンドが絵画ほどにはベースに精通していなかったこともあって、それまでのマーティン、グレン、クライヴの3人でそれとなく支え合うバランスが崩れてどうにも心もとない状態になってしまっていた印象。

ともかくバリモア・バーロウの加入によってリズム面の不安が一挙に解決され、より複雑な曲展開をより安定して演奏することが可能になったのはたしかで、彼の加入がなければあるいは今作『Thick as a Brick』自体このような形にはなっていなかったかもしれない。

 

バリモア・バーロウを加えたJETHRO TULLはさっそく1971年5月ロンドンのSound TechniquesでEP『Life Is a Long Song』の5曲を録音*1

その後北米ツアーを挟みつつ8月〜10月と11月〜12月の2度に渡ってMorgan Studiosで今作『Thick as a Brick』のレコーディングが行われた。

Morgan Studiosはこれまでも『Stand Up』や『Benefit』のレコーディングで使用した馴染みのスタジオで、エンジニアもそのときとおなじRobin Black。『Benefit』は8トラック録音だったけど今作の頃にはMorgan Studiosにも16トラック録音の環境が整えられていたと思われる*2

マスタリングはRobin Blackが1972年1月の半ばにApple StudiosでGeorge Peckham立ち会いのもとで行ったが、バンドはヨーロッパツアーの真っ最中だったので彼に一任されていたのだろう。前作のマスタリング時はイアン・アンダーソンがいないとどうにもならない状況だったのと比べると雲梯の差。

ちなみにその前作『Aqualung』で痛い目を見たIsland StudiosやJohn Burnsはこれ以降二度と起用されることはありませんでした。

 

コンセプト

今作が最初にリリースされた際のパッケージはたんに新聞を模したデザインではなく「本物の新聞を折りたたんでレコードを包んだ」風のもので、開くとちゃんと縦長の新聞サイズになった。

 

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25th Anniversary Editionのオマケの新聞

このThe St. Cleve Chronicle and Linwell Advertiserなる地方紙の一面記事は、Gerald “Little Milton” Bostockという8歳の少年による叙事詩『Thick as a Brick』がThe Society for Literary Advancement and Gestation*3(通称SLAG*4)のコンテストで優勝したものの、最終的にそれが撤回された顛末を伝えている。また人々の不満の声やGeraldとその両親への慰めとしてこの詩の全文が7面に掲載されるとも。

 

新聞は12ページあり、他愛がなかったりあきらかに変だったりする報道やらウサギやらいろんなコーナーの山に混じってGeraldのガールフレンド(一面の写真でわざとスカートのなかを見せてるやつ)が彼の子供を妊娠しているが医者の見解では「あきらかに本当の父親を守るために嘘をついている」という記事や、有名なビート・グループJETHRO TULLがGeraldの詩をレコード化するという記事なども見当たる。

そしてGerald関係とタル関係で「詳しくは7面で」みたいに誘導されるその7面は「Gerald “Little Milton” Bostockによる叙事詩『Thick as a Brick』全文掲載」の体で歌詞が、「JETHRO TULL新作アルバム・レビュー」の体でメンバーや担当楽器などのクレジットが掲載されているという寸法。

つまりこの新聞を読むことでモリーおばさんのケーキレシピやLittle Miltonとかなんとかいうマセたガキの詩にJETHRO TULLが音楽をつけてレコード化したという「設定」などがわかるようになっているのだ。

 

ようするに本物の新聞のパロディで記事はしょーもないナンセンスの寄せ集めになっているわけなんだけど、全部創作ということはつまりとんでもない作業量ということになる。

よくよく読むと記事をまたいで共通の出来事に触れいてたり、広告とちょくちょく名前が出てくる人物のあいだに関連性があったり、詩や小説が掲載されてたり、変なものが売りに出されてたり。誰か全文解説してくれ。

これらの記事はイアン・アンダーソンとジェフリー・ハモンド、ジョン・エヴァンが中心となって作り、Chrysalisレーベルの広報で記者としての経験があるRoy Eldridgeが新聞としてまとめたらしい。イアンの話ではアルバムのレコーディングより時間がかかったとか。

 

表ジャケにあたる一面の左上はここだけ赤のインクで「JETHRO TULLのことは7面で」と目立つように印刷され、見出しとしてアルバム・タイトルである『Thick as a Brick』がどどんと鎮座することで、きちんとアーティスト名とアルバム・タイトルが目にとまるようになっている。右上の「No. 1003」はレコードのカタログナンバー“CHR 1003”に合わせてあり価格についてはよくわからん。

裏ジャケにあたる部分では「Chrysalisレコードが『Thick as a Brick』の全売上をBostock Foundationへ寄付」という記事の体でレーベルロゴを、また新聞の印刷元という体(いや間違ってはいないんだけど)で実際の印刷会社E.J. Day Groupをクレジットしてあり抜かり無い。

 

ちなみに今作のリリースから数ヶ月後にジョン・レノンオノ・ヨーコがおなじ新聞をパロったジャケットのアルバムをリリースするというネタ被りが発生した模様。

 

アルバム内容

ぜんぜんわからない。俺たちは雰囲気で音楽を聴いてる。

 

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これは複数あるエディット版のひとつ

今作はレコード1枚で1曲なわけだけど、レコードがA面とB面に分かれる関係で2部構成とも言え、ジャケットに掲載された詩で示されている区切りに従うなら6部、後にデジタルリリースされた際のトラック割りでいくとAB面それぞれが4トラックずつの合計8部、さらにその8つのトラックにつけられているトラック名で区切ると13部に分けることができる。

この13部分というのがだいたいの曲調の切り替わりを表した数字になると思う。

 

ていうかJETHRO TULLのレコード契約ってどんな感じになってたんだろ。たとえばKING CRIMSONの『In the Court of Crimson King』で長めの楽曲がその構成とはほとんど無関係に“including なんちゃら”みたいな表記をつけてたのは契約の都合上曲数を水増しする必要があったからなはずだし、逆にマイク・オールドフィールドが『Amarok』でCD1枚1トラックをやったのも曲の長さに関わらず収録曲の数で金額が決まる契約なのに抗議する目的があったからなわけで。まあタルの場合は自分たちのマネージャーが起こしたレーベルで後年に至るまで良好な関係を維持してるから、そこらへんクリムゾンとはまったく違う環境だっただろうけど。マイクとリチャード・ブランソンもあれ不仲といっても金持ち同士の過激なスキンシップみたいな特殊な関係性やし……。

 

それはさておき、楽曲は比較的早い段階で示されるいくつかの主題がその後も要所々々で再現して展開をリードしていく構成になっていて、たとえば冒頭のアコースティック・ギターの主題は楽曲中4回登場し、どれも大きな区切りとなる重要な場面である。

全体としては多彩な曲調を持つが、それぞれの部分はたとえば明るいフォーク調で親しみやすい歌メロを持つパート、変拍子の強烈な演奏を決めるパート、エレキギターのボリューム奏法を駆使した叙情性のあるパートなど、はっきりとカラーが決まっているうえにきっちり区切られてもいる。

アンサンブルはこれまで以上に凝ったものになり、鍵盤楽器の重要性が増しイアン・アンダーソンもフルートだけでなくサックスやヴァイオリンを持ち出してくる一方で、オーバーダブはギターソロや管楽器、オルガンとピアノが同時に要求される場面など最低限、エレキギターの音作りも素朴でサウンド的にはむしろシンプルになったとすら言える。リズムギターとヴォーカルに至ってはほとんどライブ録音といっていい状態らしい。

これらを踏まえて個人的には特定の部分以上にその橋渡しとなる場面や瞬間をたのしみに聴いてる面があります。それこそ冒頭のアコースティック・ギターの主題がA面後半でオルガンに合わせて再登場する瞬間の気持ちよさとか。

 

歌詞のほうはいかにもJETHRO TULLを好んで聴くタイプの人間がよろこびそうな“Really don't mind if you sit this one out”という文句で幕を開け、まあよくわかんないんですけど、ある意味「作者は8歳の子供」という設定を十分に活用した一貫してちょっと老成した感じの上から目線で語られるものになっているっぽい。

構成的にもかなり練られていて、歌詞にこだわるあまり音楽のほうが一定の調子を保ちすぎるような部分もあるものの、おなじ構造を反復した際の内容の変化や以前に登場したフレーズが再び現れたときの印象深さなどとても効果的。そして最後は音楽も詩もストンと落ち着くべきところに落ち着いたように終結する。

 

歌詞に散りばめられているであろうネタの数々に関しては時代的にも地域的にも自分にはさっぱりわからない。

how to sing in the rain”というくだりがあるけど、大元のミュージカル映画はともかくとして映画『時計じかけのオレンジ』はアメリカでの公開が1971年12月19日、イギリスでの公開は1972年1月13日なので、リスナー側はマルコム・マクダウェル演じるアレックスの姿を連想せずにはいられなかったかもだけどレコーディング中のイアン・アンダーソンは逆に意識しようもなかったんじゃないだろうか。自分はアンソニー・バージェスの原作小説は未読でして、有名な映画撮影時のエピソードから考えると小説には「Sing in the Rain」は出てこないと推察されるんだけどわかりません。

歌詞の盛り上がりどころでスーパーマンやロビン(ロビン・フッドじゃなくてバットマンのほうだろうか)とあわせて言及されるビグルスは赤衣枢機卿にして異端審問官であり今でも「スペイン宗教裁判」と唱えるとどこからともなく……というのはともかく、ジャケットの新聞にもいかにもビグルスのパロディっぽい戦記物の小説が掲載されている。日本人にはまったく馴染みのないキャラクターなんだけど、イアンも子供の頃に親しんだくちなのだろうか。

 

作品そのものとは関係のない話で恐縮なんですが、これまでイアン・アンダーソンがわりと頻繁に家族との関係に題材を求めた私小説的な詩を書いてきたことと、前作の「Cheap Day Return」が彼のすっかり年老いた父親を見舞った体験を綴ったものだという説があわさると、あれからなんかあったんすか?みたいにちょっと気になってしまう感じがあったり。

そうでなくてもなんとなく歌詞の雰囲気的にロールモデルの喪失というか、対等だったりあるいは指導的な立場の相談相手がいなくなった彼自身を客観的に歌詞のネタにしてるような感じがしなくもない。

加えてジャケットに妙に妊娠ネタが多かったり詩にも子供やその誕生を連想するような要素が散見されるのも、おもわず彼の私生活上の出来事に関連付けたくなってしまう。

まあ繰り返すけど作品そのものとは関係ないというか、むしろイアン・アンダーソンのような捻りを加えずもっとストレートに思想や現実の出来事に対する直接的言及を作品に投入するタイプの作者であってすら、作品と作者や現実の間には如何ともし難い断絶があるというのが自分の考えです。

 

 

1997 25th Anniversary Edition

Thick As a Brick

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1997年のアルバム25周年ついでにEMI100周年盤(ここ伏線)。

丈夫な紙製ボックス入りで、オリジナルのジャケットを再現した新聞が付属するなかなか気合の入ったリイシュー。

 

リマスターとは表記されているけどそれ以上の詳しいクレジットはない。『Aqualung』の25周年盤にはPrism Sound Noise Shaping Systemがどうとか記載されてたけどそういうのも見当たらず。

聴いた感じはノイズの少ない高音域のクッキリしたクリアな仕上がり。数年遅れでこの盤を入手したときはけっこう良い印象だったけどさすがに今あらためて聴くとちょっと音圧が高めで、オリジナルでもヴォーカルが強調されるとキツくなりがちだった高音域が厳しく部分も。とはいえサブスクでも聴けるオリジナル・ミックスのリマスター盤としてまだまだ現役です。

JETHRO TULLの場合音源の管理がきっちりしてたおかげで70年代までの全アルバムがリミックスで聴けるようになっているので、逆にオリジナル・ミックスはがんばってノイズ抑えるよりフラット・トランスファーやそれに近いなるべく手を加えない音で聴きたいという贅沢な欲求が強まっている感がある。

 

ボーナス・トラックとして同「Thick as a Brick」の1978年マジソン・スクエア・ガーデン公演ライブ音源と、メンバーへの1997年当時のインタビューを収録。

ライブの方は12分程度で前半の美味しいところをいい感じに聴かせるアレンジになっていてベスト盤等の抜粋版よりは聴き応えがありつつさくっと流せるのだけど、ヴォーカルとかけっこう手直しされている印象。

インタビューはここに収録されてるものと同時期、あるいはまさにこのインタビューの未収録部分が次のエディションのブックレットに掲載されてます。マーティン・バーがちょっと喋りをそのまま収録するのはためらわれそうなジョン・エヴァンの小便事件を暴露してたり。

 

 

2012 40th Anniversary Special Collector's Edition

なんかAmazonの商品画像が1997年盤のになってるけど実物は縦長のデジブック

 

2012年にCollector's Editionシリーズの一環としてリリースされたもので、前2011年の『Aqualung』に続いてSteven Wilsonがリミックスを手掛け、以降のシリーズで標準となるデジブックがはじめて採用された。

 

  • CD:SWステレオ・リミックスのアルバム本編
  • DVD:SWステレオおよびサラウンド・リミックスのアルバム本編+フラット・トランスファー+Radio Spots

収録内容はアルバム本編のみで、ボーナス・トラックはDVDに入ってるRadio Spotsのみ。このRadio Spots自体はアルバムのコンセプトにあわせてBBCラジオのニュースという体裁をとっていてわりといい。

とはいえ他にボーナス・トラックの類がないのは出し惜しみしてるのか、これといってアウトテイクや関連音源が存在しないのか。

実際のとこ『Thick as a Brick』のあとはコンピレーション『Living in the Past』、次のアルバムに向けた(そしてポシャった)Château d'Hérouville Sessionsとなり、このあたりから数年イギリスでのシングル・リリースも途絶えるのでこれといったマテリアルが思い浮かばず、あえて言うならプロモーション盤やヨーロッパとアメリカ向けに存在した「Thick as a Brick」シングル・エディットを収録してほしかったくらいだろうか。あとマルチトラック録音されたライブ音源はいくらあってもよい。

 

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貼るタイミングを探っていた

Steven WilsonなんかYES『Tales from Topographic Oceans』のリミックスでシングル・エディットをぽこぽこ作ってたくらいだし、これや『A Passion Play』のエディットも許可さえされればおもしろがって作るんじゃないですかね(適当)。

あとブックレットには新聞全ページの内容が紙質まで寄せて収録されているんだけど、レイアウトはデジブックにあわせてかなり変えられている。そのかわり記事ひとつひとつの文字もちゃんと印刷されてて25周年盤の新聞より読みやすいです。モリーおばさんのタンポポ入りケーキを本当に作ったひといるんだろうか(ていうかちゃんと作れるレシピになってるんだろうか)。最初てっきり焼き上がったケーキにタンポポを添えてデコレーションするのかと思ってたら普通にぶっ込んでびっくりしたんだけど、調べてみたら実際にタンポポをケーキやマフィンの生地に混ぜて焼くようなレシピがあるっぽいですね。

 

Aqualung』2011年盤とおなじくステレオもサラウンドもSteven WilsonのリミックスをPeter Mewがマスタリングして仕上げている

ダイナミックレンジはだいたい1997年盤と揃えられていて、せっかくバランスが整えられたのに音圧上げちゃったら元の木阿弥、とまでは言わないにしてもかなりもったいないというのが正直なところです。

そしてサラウンド・リミックスはそれだけの問題では済まなかった……。

 

Stereo Remix

前作『Aqualung』やこれ以降のリミックスと方針的にはまったく共通で、オリジナル・ミックスを限りなく尊重したレイアウトや音の処理になっている。

聴く側はぼんやりおんなじだな〜と思ってれば済むけど、オリジナル・ミックスを丹念に聴き込んでマルチトラック・テープからレイアウトだけでなく局所的にかけられたリバーブなど細かい音の処理まで再現してるわけで、毎度のこととはいえとんでもない作業なのでは。だからこそマスタリングで音圧上げてしまうのはもったいない。

その上でだけど、今作のリミックスはアコギの弦をピッキングしたときの接触音などの高音域がオリジナル・ミックスとは比較にならないほどクッキリしてどの楽器もより直接聴こえる感じになったとはいえ、もともとの音作りがわりとシンプルなこともあってこのシリーズのなかでは変化が少なめの仕上がりだと思う。25周年リマスターがクッキリ系だから余計そういう印象になる面もあるかもしれない。

楽曲のいちばん最初のアコギといちばん最後のアコギの音がなんか違うのはオリジナル・ミックスよりもはっきりとわかります。

DVDにはハイレゾ収録だけどどうせ音圧が……。

 

Surround Remix

こちらもオリジナル・ミックスを尊重しつつ5.1chへの拡張を行っているのだけど、前作までと比べて音作りはシンプルでも繰り広げられるアンサンブルはより複雑になった本作ではこれまでより積極的にリア側にも音が配置されるようになり、それが十分な効果をあげている印象。それ故にこっちまで音圧が揃えられちゃってるのが……(まだ言ってる)。

 

そしてこのDVDのサラウンド・リミックスにはもっと根本的な欠陥があって、Side Oneの02:49前後で瞬間的なドロップアウト(音の欠落)が発生する

このために当時メーカー側で交換対応がとられたんだけど、自分はそんなことになってるとはつゆ知らず数年経ってから中古で購入してあらびっくり。なんの説明もなかったぞ(恨み言)*5

聞いた話では交換ディスクで差し替えられたサラウンド・リミックスはPeter Mewマスターではない純粋なSWリミックスらしい*6。しんどい

 

じつは同じようなエラーは『Aqualung』の2011年40th Anniversary Collector's Editionでも発生していたらしく、あちらはDVDのサラウンド・リミックスにクリックノイズがあったとか。

Peter Mewがどうとかよりメーカー側の不手際であり、EMIは全く同じ時期にGENTLE GIANT『Free Hand』のDVD収録Quad音源でもチャンネルの割り振りがむちゃくちゃというミスを犯している。はいこっちもそうとは知らずに後から中古で購入しました。ふて寝しました。

拝啓EMI殿どうなってるの?ってところなんだけど、そのEMIは2011年からソニーやユニバーサルによる買収が進んでいてこの後2013年にはEMIグループ自体が解散してロゴすら使われなくなるので、どうもこうもない状況だったりしたのかもしれない。1997年には100周年盤とかリリースしてたけど諸行無常

 

ともかくJETHRO TULLに関しては、そもそもSteven Wilsonが納得行くバランスに仕上げてイアン・アンダーソンだって確認しているはずのリミックスをさらにマスタリングする必要があるのかという問題があり、加えて2013年にPeter MewAbbey Road Studiosを退職*7したこともあってか、これ以降のリリースでは基本的にSteven Wilsonが手掛けたリミックスはそれ以上弄らずそのまま収録する方針へと改められたのでありましたとさ。

 

Flat Transfer

気を取り直したことにしてフラット・トランスファーだけど、マスターテープ由来のノイズはしっかり入っているものの十分鑑賞に耐えうる音源。

25周年リマスターがクッキリ系なのと比べると高音域がまったり柔らかめで中低音もそれなりながら、オリジナル・ミックスってそういうものですよねという感じ。

ただ、基本的にはそういう感じなんだけど、以前持っていたLPや非リマスターCDに比べるとそこはかとなく音圧高めなように思えるのはなんなんだろう。

あと非リマスターCDには楽曲が終わった最後の無音部分に歌い終わったイアン・アンダーソンの“Yeah”って声が入っていたのだけど、Peter MewマスタリングのSWリミックスにもこのフラット・トランスファー音源にもその声は入っていない。もともとのLPには無いものだからカットしたのか、じつは非リマスターCDとこの音源で元になってるマスターテープが違ったりする可能性もあるだろうか。

 

 

2015年以降の配信音源

Aqualung』の記事でもちらっと触れたけど、『Aqualung』と今作『Thick as a Brick』は2015年のデジタル・リリースではじめてPeter Mewマスタリングではない純粋なSWステレオ・リミックスが登場した。しかもApple Musicで聴けます(SpotifyにはPeter Mewマスタリングのほうしか無いっぽい)。

ということは40th Anniversary Special Collector's Editionの交換ディスクに収録の純粋なSWサラウンド・リミックスと組み合わせれば両方を聴ける…ってやってられるかー

ぶっちゃけとっくの昔に売り切れた上に交換ディスクが手に入る保証はまったくないCollector's Editionのことは一旦忘れて、サブスクやハイレゾ音源のダウンロード購入でステレオ・リミックスを聴いておくのが現状の最適解だと思います。

たぶんきっとそのうち『Aqualung』のAdapted Editionにあたるようなものがリリースされるはず……(というか来年50周年だしわりとマジでありうるのでは?)

 

 

geo.music.apple.com

純粋なSWステレオ・リミックスは楽曲が終わったあとにイアンの“Yeah”が入っているので、入っていないPeter Mewマスタリングと簡単に判別できます。

 

 

*1:リリースは9月頃

*2:Morgan Studiosに16トラック録音用機材が導入されたおそらくごく初期の録音に1970年4月THE KINKSの『Lola versus Powerman』関連セッションがある

*3:Gestationは妊娠(期間)や、そこから連想されるアイデアを温めていた期間、病気が潜伏していた期間などの意。どちらにせよなんでやねん

*4:鉱滓、転じて「残りカス」だが、もっと汚いニュアンスが含まれる言葉でもある

*5:というか最近某ディスク○ニオンが中古品入荷のお知らせでこのエディション紹介してたけど、やっぱりDVDがエラー盤なのか交換済みなのかにはまったく触れられてなかった

*6:ステレオ・リミックスのほうはPeter Mewマスターのままらしい

*7:なにせTHE BEATLESのレコーディング・セッションでも卓についたベテランなので、けっこうなお年であったことだろう