WarChild / JETHRO TULL (1974/2014)

 

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1974年10月リリース、この記事に時間かかってるあいだに18年ぶりの新作リリースが発表された*1JETHRO TULLの7枚目のアルバム。

各曲の要素の面では前作に詰め込まれていたものを引き継ぎつつ1曲につき3分から5分で各サイド5曲入りという標準的なフォーマットに回帰、さらにストリングスなどのアレンジを積極的に加えた、ポップで聴きやすいアルバム。この場合のポップは「皮肉交じりの上品さ」くらいの意味。

 

WarChild Project
  • イアン・アンダーソン Ian Anderson:Vocals, Flute, Acoustic Guitar, Alto, Soprano and Sopranino Saxophones
  • マーティン・バー Martin Barre:Electric and Spanish Guitars
  • ジョン・エヴァン John Evan:Organ, Piano, Synthesisers and Piano Accordion
  • ジェフリー・ハモンド Jeffrey Hammond-Hammond:Bass Guitar and String Bass
  • バリモア・バーロウ Barriemore Barlow:Drums, Glockenspiel, Marimba and Sunbry Percussion Devices

 

前作『A Passion Play』とそれに伴うツアーは商業的には大成功だったものの、評論家からは酷評の嵐だった。海外のサイトとかで引用されてるのをいくつか読んでみた感じ「ちょっと聴いてみたけどよくわからなかった」という一文を元に刺激的でまとまった量の原稿を仕上げるためのアイディアが多く含まれている印象。

マネージャーのテリー・エリスはこれを逆手に取って「評論家からの酷評を受けJETHRO TULLはライブ活動を引退」という話題性たっぷりなPRをぶち上げ、大勢のファンとついでになにも知らないメンバーたちの度肝を抜くことに成功。さらにちょっとしたオマケとしてPRの余波でアメリカ・ツアーの予定が途中から白紙に戻ってしまい、イアン・アンダーソンは一足先にイギリスに帰国することになったのだった。テリー・エリスはさすがにむちゃくちゃ怒られたらしい。

 

さて、思いがけずデビュー以来はじめての長期休暇を手に入れたイアン・アンダーソンと仲間たち。創作意欲に溢れた若いアーティストがまとまった時間とそれなりのネームバリューを駆使してやりたがること、皆はわかるかな?そうだね、映画制作だね。

前作『A Passion Play』でストーリーテリングの手応えを掴んだイアン・アンダーソンはツアーの合間に『A Passion Play』のアイディアをより発展させ、映画の台本ともあらすじともつかない構想ノートみたいなものを完成させていた。

『WarChild - A Musical Fantasy』と名付けられたこの企画は「『不思議の国のアリス』風」で「ダークなユーモア」に溢れ、ダンスやパントマイムもふんだんに盛り込まれたものだったらしい。

1974年1月モントルーのユーロホテルで記者会見を開いたJETHRO TULLはチャリティ・コンサートの売り上げを寄付するとともにこの「WarChild」プロジェクトを発表。長編映画とそのサウンドトラック、そしてより「ロック」なグループとしてのアルバムという構想を明らかにしたのだった。

実際のところテリー・エリスの「イアン、ライブやめるってよ」PRはこのプロジェクトを盛り上げるための布石という側面が強かったのだろうが、独断専行が過ぎたのとやっぱり報連相って大事だねってことなんだろう。

 

結論から言ってしまうとこの映画は実現しませんでした。

イアン・アンダーソンは話題性を高め制作資金を集めるため奔走し、たとえば俳優としてドナルド・プレザンス*2レナード・ロシター*3に出演を承諾してもらい、ジョン・クリーズ*4の協力をとりつけ、リンゼイ・アンダーソン*5にけちょんけちょんにあしらわれ、ブライアン・フォーブス*6にシナリオの書き直しを勧められるなどしたものの、結局イギリスで資金調達をすることができなかった。時期的に第1次オイルショックの影響も大きかったと思われる。

それじゃあとアメリカに目を向けたところ、今度はイギリスで協力をとりつけた人たちを切ってアメリカ人の俳優とアメリカ人の監督にするよう要求され、この時点でお手上げと相成ったようだ。まあ傍から見たら人気絶頂で勘違いしたロックスターの戯言そのものなので致し方なし。

とはいえイアン・アンダーソンは後に鮭の養殖事業を軌道に乗せるだけあってしっかりした商売感覚を持っていたようで、みずから資金を投入、メガホンをとって映画撮影に突入するような向こう見ずな行動には移らなかった。たぶんやってたら下手するとバンドどころかChrysalisが傾くまであったと思う。

このあたりテレビ企画からスタートしてサントラの権利と引き換えに天下のUnited Artists様がご配給あそばされたフランク・ザッパの『200 Motels』や発表済み作品が再評価されての映画化だったTHE WHOの『Tommy』とは明暗が別れた感じ。

 

一方レコーディングの方はどうなっていたか。

 

JETHRO TULLは記者会見に先駆けて1973年12月にはMorgan Studiosでレコーディングを開始している。

まず12月1日からデヴィッド・パーマーにオーケストラの編曲や指揮などで協力を仰ぎつつ、様子見を兼ねたサウンドトラックのデモを制作。

その後バンドとしての新曲制作に取り掛かりっているが、この時点ではサウンドトラックだけでなくバンドとしての楽曲も最終的に映画本編に合わせて編集を加えたり再録音することを想定していたっぽい。

映画がポシャったのが具体的にいつ頃なのか不明なんだけど、1974年2月11日にはロンドンのConway Hallでデヴィッド・パーマーの指揮のもとフル・オーケストラでのレコーディングに取り組んでいるので、この時点ではまだ映画を前提とした作業を行っていたと思われる。

サウンドトラックに関しては2月末にMorgan Studiosでさらに追加のレコーディングを行っているもののどうやらここまでだったようで、これらのオーケストラ録音は以降ライブの最初と最後に数分使われた以外は顧みられることがなくなった。

バンド側の新曲制作は途中イアンがレーベルメイトでおなじMorgan Studiosでレコーディング中だったSTEELEYE SPANを手伝ったらいつの間にかプロデューサーとしてクレジットされてたりしつつ*7これらの間にも並行して作業されていて、おそらく3月に「映画とそのサウンドトラックは無し」「バンドとしての新作アルバムを完成させてツアーに出る」という判断がくだされたものと思われる。あるいはとりあえずバンド側のアルバムは先に完成させちゃうことになって、イアンが映画について積極的に動いてたのは4月から7月の間という可能性もあるだろうか。

バンドは新作アルバム『WarChild』に関するMorgan Studiosでの作業を3月中に終えて4月にAdvision Studiosでミキシング作業を開始。エンジニアはRobin Blackで、ステレオだけでなくQuadでもミックスされた*8

そして多少時期が前後しつつシングル向けトラック*9の制作やツアーに同行させる弦楽四重奏団のオーディション、リハーサルなどを重ねて7月からオーストラリア、ニュージーランド、日本をまわる極東ツアーを皮切りとしてツアーを再開したものの、アルバム『WarChild』がリリースされたのは10月に入ってからだった。カッティングは7月中に終わっていたはずなので、リリースをアジアじゃなくてヨーロッパでのツアーに合わせたかったのかも知れない。

 

この一連の経緯についてはなにより自分が長いこと気になってたので、この機会に主に後述する40th Anniversary Theatre Editionのブックレットを参照してざっとまとめてみました。このブックレットはアルバム前後のバンドの活動についてこの記事なんかよりずっと詳細にイアン自身の言葉をたくさん交えながら記述されていて、他にも当時の関係者へのインタビューなど満載なのでぜひご一読ください。

 

WarChild

なんやらかんやらとリリースまで時間がかかった『WarChild』だが、結果的に前2作と違ってひとつひとつの楽曲が小粒ながらよく作り込まれた、とっつきやすくも奥が深いバランスの良いアルバムに仕上がったんじゃないでしょうか。

そのおかげもあってかいざ発売されるとイギリスのチャートで14位、アメリカで2位と好調な売上を記録した。

 

ジャケットはどっかの夜景をバックに謎のポーズを決めるネガポジ反転のイアン・アンダーソンをあしらったもの。能力バトルものアニメとかでありそうな構図なんよ。

裏ジャケはそれぞれ関連性のないアルバム収録曲にちなんだ格好をした人々が一堂に会してる感じのもので、メンバーやテリー・エリスの姿もある。

 

アルバムのA面は環境音と“Would you like another cup of tea, dear?”ではじまり曲と曲のあいだにちょくちょくSEがはさまって進行していく。

そして最後にもう一度“Would you like another cup of tea, dear?”とリフレインして終わるのだけど、とはいえこれといって映画をなぞったり独自のストーリーを構築したりしている様子もなく、とりあえず繋げておいてあるだけのようにも思える。

ぶっちゃけ各曲を用意している段階では意識されていてしかるべきな物語的要素よりも評論家への皮肉やミュージシャン稼業の自虐ネタのほうがよっぽど一貫している感じがするが、まあ逆に言えばそれだけプロジェクトの残骸みたいな印象を与えない単独のアルバムとして成立していると言うことも出来て、ようするにノリがなんか『Aqualung』までのやつに回帰してる。

 

前作ではジョン・エヴァンのオルガンがアンサンブルの中心になる場面が多かったが、今作では曲が短くなったからかエレキギターのバッキングが中心の曲が増えた。ジョン・エヴァンはオルガンでなくピアノ鍵盤式のアコーディオンを演奏する場面も多い。

またデヴィッド・パーマーのアレンジによるストリングスがこれまで以上に積極的に取り入れられ、ジョン・エヴァンのアコーディオンやバリモア・バーロウのマリンバなどともに、アルバムの聴き心地を良くすると同時に歌詞に込められた皮肉や揶揄その他悪口をお上品にコーティングする役割もはたしている。

前作『A Passion Play』の記事でもちらっと書いたけどデヴィッド・パーマーは王立音楽アカデミーでリチャード・ロドニー・ベネットに作曲を学んだ人物で、もちろん狙ってそのようにしているのだろうけど彼(彼女)によるオーケストレーションはいかにも「古き良き」といったこってりした感じがある。

ポップスにおいてはともすれば過剰になってしまいそうなのだが、JETHRO TULLのヨーロッパの様々な様式をブルースを繋ぎにブレンドしたような音楽性のなかではとてもいい具合にはまっていると思う。ただしオリジナルのステレオ・ミックスではミキシング側の限界なのかストリングスとバンド演奏が合わさると音が曇りがち。

 

 

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A1「WarChild」

サイレンが響くなか交わされる朝のなにげない会話、外では人々の悲鳴と戦闘音、そこにいかにもムーディーなたっぷり残響の乗ったサックスとピアノが入ってくる。イアンのヴォーカルは慇懃な調子ではじまり、「ロック」なリフからサビへ。

もっともらしくもわざとらしい劇への招待というか前口上というか。ここでの劇ってつまり…というのと元々意識されていたであろう映画のテーマや彼らが身をやつすバンド稼業が重なり合いつつ、同時にあの時代のレコーディング事情を回想するとき頻繁に言及されるIRAの活動も連想される。

 

A2「Queen and Country」

ジョン・エヴァンのアコーディオンが特徴的で、明るいポルカかなんか風にはじまり掛け声とともに一転ヘヴィというか塩辛い系に。間奏のギターソロがやたらメタリック。

歌詞はイギリスの私掠船とミュージシャンを絡めてるっぽい。どちらもある種の直接的な手段でもって他国から財産を巻き上げる存在であり、そして課税という名目でそれらを国や国王に巻き上げられる存在でもある。

 

A3「Ladies」

アコギが主導しストリングスが華を添える優雅な曲調のトラック。最後にドラムが入ってロックっぽくなるのも好き。あとその際にサックスが「蛍の光」というか「Auld Lang Syne」のメロディを吹くのだけど、この曲調の変化や「Auld Lang Syne」という選曲は歌詞に対するネタばらしみたいな意味合いがあったりするんだろうか。

 

A4「Back-Door Angels」

エレキギターやハープが賑やかしたりシンセが茶々を入れたりしつつ基本は静かな曲調のヴォーカル・パートとにわかに盛り上がるギターソロ・パートが交互に出てくる楽曲。2回登場するギターソロはどちらも『Aqualung』以来の冴えっぷりで、2回目の直前に吹かれるサックスの情けなさとのコントラストが味わい深い。

ラストはイアンのヴォーカルだけになり、ディレイのかかり具合が変化してそのまま次の曲のカウントに繋がる。“she winked her eye.”の「eye」のイントネーションがキモくていい。

 

A5「SeaLion」

『Thick as a Brick』や『A Passion Play』のハードでエキセントリックな曲展開をさくっと3分台で聴かせる個人的A面ハイライト。

歌詞はSealion=アシカをキーワードに、環境問題への風刺や毎晩おなじステージを演じる自分たちをアシカのボール芸になぞらえた自虐などを盛り込んだものになっている。現代の水族館におけるアシカやイルカなどのショーには一定の意義があるだろうけどそれはちょっと別の話。

タルの熱心なファンだったリッチー・ブラックモアはこのトラックをRAINBOWのライブ開幕前に流してたとかいう話があったような。

 

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B1「Skating Away on the Thin Ice of the New Day」

イントロでイアンが鼻歌交じりに茶をすする、アコギをメインに楽器が入れ代わり立ち代わりしていく凝った編曲のトラック。旋律や歌詞も秀逸でシングル・カットされたものの売れなかったっぽい。前奏部分のアコギが右側で弾かれてから響きだけ左側に移動する。

1972年のChâteau d'Hérouville Sessionsで制作されたトラックに手を加えたもの。

 

B2「Bungle in the Jungle」

シンガロングしやすいサビのあるキャッチーなトラック。間奏での低弦がいい味出してる。

シングル・カットされてアメリカではそれなりにヒットした。

 

B3「Only Solitaire」

前奏のアコギ3本の絡み、ヴォーカルのメロディライン、後腐れなく次に移っていく展開、〆の語りとどれも魅力的な小曲。アコギ3つにヴォーカルも3つ。

評論家に対するあれこれを自己防衛的な自虐込みでかなり率直に歌ってる感じ。

これもChâteau d'Hérouville Sessionsから。

 

B4「The Third Hoorah」

トラッドというかオールドファッションなヨーロッパ風のトラック。中間部でベートーヴェンの第九みたいなオーケストラの「繋ぎ」からのスコッチなバグパイプ登場が単純だけど好き。

タイトルトラックのサビと同じ歌詞を繰り返すのが映画に使うつもりだったことを偲ばせる。

 

B5「Two Fingers」

Aqualung』と同時期にシングル向けに制作されたものの結局リリースされなかった「Lick Your Fingers Clean」というトラックが原曲。

原曲は悪くはないんだけどなんかパッとしないところのあるトラックだったが、ここではアルバムの最後を飾るにふさわしいよりゴージャスでドラマティックなイメチェンが施され華々しく再登場した。でもなんかどうもパッとしなさを引きずってるように思えてしまうのはBメロあたりのヴォーカルがメロディより言葉を詰め込むのを優先してる感じが個人的に気に食わないだけかもしれない。

 

 

2014 The 40th Anniversary Theatre Edition

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2014年にリリースされた2CD+2DVDのデジブックで、『A Passion Play: An Extended Performance』に続くSteven Wilsonによるリミックス・シリーズのひとつ。

これまで未発表だったもの含めてWarChild Project関連やアルバムと近い時期に制作された音源がひとつにまとめられ、マルチトラック・テープが残っていたものはSteven Wilsonによるリミックス、そうでないものはオリジナル・ミックスのフラット・トランスファーで収録されている。

 

  • CD1:WarChild本編のSWステレオ・リミックス
  • CD2:Associated Recordings(SWステレオ・リミックス+オリジナル・ミックス)
  • DVD1:WarChild本編のSWステレオとサラウンド・リミックス、ステレオおよびQuadフラット・トランスファー音源、映像
  • DVD2:Associated Recordings(SWステレオとサラウンド・リミックス+オリジナル・ミックス)

 

Stereo & Surround Remix

Steven Wilsonによるステレオ・リミックスは今作も良好な仕上がり。

今作はストリングスを中心に音を盛る方向にアレンジを凝ったことが原因なのか、オリジナルのステレオ・ミックスは全体的に少しもやっとした傾向のサウンドだった。

リミックスではそうした全体的な曇りが晴れるとともに、マルチトラックひとつひとつの音が太くなった結果なんかイアン・アンダーソンのヴォーカルのイケボ度が上昇している。

 

サラウンド・リミックスも期待通り。

そもそも音を盛る方向にアレンジを凝る=サラウンドが映えやすい、という一般的な傾向がある上で、楽曲の中心となるバンド演奏がダイナミックに鳴りつつそれ以外の音が適切なバランスで細やかに配置されている。あとなんかオープニングの戦闘音が迫真になってる。

 

今作のステレオ・ミックスはスピーカーで再生したときリスナー側から見て前後3層のレイヤーとして捉えられる(ような鳴り方をする)(べつに今作に限った話じゃない)。

つまり、真ん中2層目のレイヤーにギターやドラムなどその曲の骨格となるアンサンブルが配置され、その手前側1層目のレイヤーにヴォーカルやギターソロなどスポットライトを当てたい音が、奥側3層目のレイヤーにストリングスなど雰囲気作りが主な役割となる音が必要に応じて配置される。場合によっては一貫性を維持したままレイヤー間を移動するような音も。

Steven Wilsonのサラウンド・リミックスではこの2層目のレイヤーに該当する音をレイアウト自体にはほとんど手を加えずフロントを中心とした前半分に展開しつつ、1層目と3層目のレイヤーに該当する音を、左右方向のレイアウトには極力手を加えず状況によってフロント側奥からリスナーの背後を含めた前後方向の適切な位置に割り振って空間を形成するのが基本となっている。

今作に限らずSteven Wilsonがいわゆる「70年代以降のロックバンド」らしいフォーマットやレイアウトのアルバムをリミックスした際にはだいたいこういう感じの音の捉え方というか解釈というかと、それを元にしたサラウンドへの展開がされているように思います。

でもステレオやサラウンドの音像の話って「あの時はそう聴こえてたんだけど……」みたいに自分で自分にどんどん自信がなくなってく感じがあるので全部私の気の所為かもしれない。

こういうレイアウトとか音像を説明したいときに簡単なイラストとか図を作れるといいのだろうか。

 

Stereo & Quad Mix Flat Transfer

『WarChild』はJETHRO TULLで唯一ステレオとQuadが同時にリリースされたアルバム。QuadはLP(CD-4方式)、リールテープ、8トラックカートリッジの3つのフォーマットがあった模様。

ミキシング・エンジニアはステレオとQuadどちらもRobin Blackで前述したように1974年4月にAdvision Studiosで作業されているが、おそらく「新作のQuad」と同時に「最も売上が見込めそうなバックカタログのQuad」として『Aqualung』のQuadも制作されたのだと思われる。

scnsvr.hatenablog.com

 

ステレオのフラット・トランスファー音源はオリジナルのソフトなサウンドを堪能できるもの。こういうサウンドで聴くともともと古めなスタイルのストリングスやアコーディオンなどがさらにノスタルジックに響く。

2002年のリマスター盤はこれと比べてクリアだけど音圧ちょい高めな感じだった。

 

Quad音源のレイアウトは当時の4chステレオらしく4つのスピーカーに音を割り振っていくスタイル。

ちょっと楽器に対してヴォーカルの音量が大きめで、特にエコーが深い部分では「イアン・アンダーソン・オン・ステージ」みたいな感じがあるものの、同時期に制作された『Aqualung』Quadと違って全編通じてすごくマトモなバランスの良いミックス。

Aqualung』Quadみたいに「まあ当時のものだし多少はね……」的な予防線を張らなくても十分鑑賞に耐えうるものだと思う。

てかやっぱり『Aqualung』Quadのタイトルトラックあたりは「せっかくQuadなんだからもっとわかりやすいミックスにしなくちゃ!」みたいな外部からの圧力があってああなったのかな…だとするとタル以外のあれとかそれのミックスも……

 

ちなみにアルバムと同時期に制作された「Glory Row」「March, The Mad Scientist」のQuad音源も収録されている。ついでにミックスしてみたけどこれといってお出しする機会もなかったわみたいなやつだろうか。

 

The Second Act: Associated Recordings

CDとDVDの2枚目にはThe Second Actと銘打ってWarChild Project関連の『WarChild』アルバム本編に採用されなかったトラックや映画用のオーケストラ・トラック、アルバムと近い時期に制作されたシングル向けトラックがまとめられている。

これまで各種コンピレーションやリマスター盤ボーナストラックで小出しにされてきたトラックたちと未発表だったトラックがひとつにまとめられ収まるべきところに収まった感じ。

トラック1から15まではSteven Wilsonによってステレオとサラウンドのリミックスが施され、おそらくマルチトラック・テープが無かったのであろう残りのトラックは1974年にRobin Blackがステレオにミキシングしたそのままを収録。

 

トラック1から7は『WarChild』アルバム収録曲と同時期にバンド側の新曲として制作され結局採用されなかったトラックたち。

ジェフリー・ハモンドがヴォーカルをとるアルバム・バージョンに輪をかけてエキセントリックな4「SeaLion II」など聴きどころもあるものの、正直どのトラックもなにかしら採用されなかったなりのパッとしなさがあるようにも思えてしまう。とはいっても耳を惹く箇所もたくさん含まれているし、なによりこうして俯瞰的に聴けるようになってよかった。

なお5「Quartet」だけはバンド側で準備していたサウンドトラック用音源といった雰囲気。

 

1「Paradise Steakhouse」

2「Saturation」

3「Good Godmother」

4「SeaLion II」

5「Quartet」

6「WarChild II」

7「Tomorrow Was Today」

 

トラック8と9はアルバム制作が佳境を迎えた1974年4月頃にシングル用に制作されたトラックで、おそらくアルバムと同時にミキシングしたからついでにQuadも用意されたのだと思われる。しかし結局この2曲は採用されなかった。

 

8「Glory Row」

これまでのシングル曲の流れをくむアコースティック中心のトラックでアレンジも凝っているのだけど、ヴォーカルのメロディラインのせいなのかやっぱりどうもパッとしない印象。

1977年の『Repeat – The Best of Jethro Tull – Vol II 』で蔵出しされた。

 

9「March, The Mad Scientist」

短めの弾き語り系トラック。1976年のクリスマス向けEP『Ring Out, Solstice Bells』に収録された。

 

10「Rainbow Blues」

1974年6月におそらくツアーの下準備がてら制作されたトラック。シングル向けだったのかも知れないが作るだけ作ってしばらく放置され、1976年『M.U. - The Best of Jethro Tull』に収録された。

そんな扱いのわりにしっかり人気があり、実際ブルースの定型みたいなイントロからがらっとメロディアスになりサビできっちり盛り上がる、よく出来た楽曲。間奏でフルートソロからエレキギターに受け渡されるのもこのバンドのパブリックイメージにわかりやすく対応している。

後にリッチー・ブラックモアがパートナーとのプロジェクトBLACKMORE'S NIGHTでカバーした。

 

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リミックス音源が配信されてない……

 

11「Pan Dance」

トラディショナルでエレガントな舞曲。

1974年のRainbow Theatre公演にゲストとして招いたPAN'S PEOPLEのためのトラックで、この音源がライブで流されたと思われる。

PAN'S PEOPLEはテレビ番組TOP OF THE POPSで主にアーティスト本人が出演しない楽曲を流す際に曲に合わせて踊っていたお姉さんたちのダンス・グループ。時期はずれてるけどサラ・ブライトマンもメンバーだったらしい。

実際のステージでの映像は残っていないが、ヴァン・マッコイの「Do the Hustle」みたいなやつからマイク・オールドフィールドの「In Dulce Jubilo」みたいなやつまで顔色ひとつ変えずにきっちり踊りきるプロフェッショナルな方々なのでこういうのもお手の物だったのだろう。

これもEP『Ring Out, Solstice Bells』に収録された。

 

トラック12以降はWarChild Projectで残されたサウンドトラック側の音源たち。

デヴィッド・パーマーによる「WarChild」や「The Third Hoorah」の主題を散りばめた充実したオーケストレーションを堪能できるトラックが揃っていて、聴いてみたら予想以上に楽しめた。

PHILOMUSICA OF LONDONの楽団員をデヴィッド・パーマーが指揮していると思われるのだけど、なぜかクレジットは「PHILAMUSICA OF LONDON」になってる。

 

トラック12から16は1974年2月11日にロンドンのConway HallでManor Mobileを用いてレコーディングされたもの。

あるいはここでリチャード・ブランソンの所有するThe Manor Studioの移動式録音スタジオを実際に利用した経験が、イアン・アンダーソンに自前の移動式録音スタジオを所有するという発想を抱かせたのかも知れない。

16「Waltz of the Angels」は「WarChild Waltz」というタイトルで2002年の旧リマスター盤に収録されていたが、この曲だけリミックスじゃないのはあるいはその際にマルチトラック・テープを紛失した可能性もあるだろうか……と思ったけどRobin Blackが1974年の段階でミキシングしててリマスターで扱ったのはあくまでステレオのマスターテープなはずだからそんな訳ないか。

 

12「The Orchestral WarChild Theme」

「WarChild」の主題による変奏曲といった趣だけど、独立した楽曲としてそのような形式を選択したというよりは、とりあえずイアンにいろんなアレンジで主題を演奏してみせるためのショーケース的な意味合いが強そう。

高音域に一定のノイズが乗ってる。

 

13「The Third Hoorah - Orchestral Version」

最初バンド側同曲で使われているストリングスと同じ音源のフルバージョンかと思ったけど、あちらはあくまでバンド側音源にあわせて用意されたものでこの音源とは別物っぽい。

こっちはこっちでドラム・セットは別録りな気がするんだけどどうだろう。

 

14「Mime Sequence」

マーティン・バーが楽想を提供したトラック(ギターも弾いてる?)。タイトルからするとパントマイムの場面用だけど、とりあえず使えそうな楽想を詰め合わせてひとつのトラックにまとめといたような感じもある。

 

15「Field Dance」

Mime Sequence」と共通の主題から「The Third Hoorah」中間部のベートーヴェンっぽいあれに移行するトラック。

 

16「Waltz of the Angels」

チャイコフスキーっぽいなめらかな旋律をメインにしつつ節々でストラヴィンスキー以降の音楽であることを意識させてくる楽曲。最後は「The Third Hoorah」に移行してそのままフェードアウト。

 

トラック17と18は1974年2月23日にMorgan Studiosでレコーディングされた、サウンドトラック側の音源としては最後期のもの。

Conway Hallでの録音と比べるとあきらかに部屋が小さいのがわかってそこもおもしろい。

 

17「The Beach (Part I)」

18「The Beach (Part II)」

どちらも「The Third Hoorah」と共通の主題による短めのトラックだが、なにげに楽曲として成立したのはこっちのが先か。

 

トラック19から21は1973年12月1日にMorgan Studiosで制作されたデモ音源で、最終的に1枚のアルバムが残されたこの一連のプロジェクトの最初期の記録となる。どの楽曲も後の録音とおなじ形まで仕上がっていて、「Waltz of the Angels」ラストで「The Third Hoorah」になってフェードアウトするのまで共通。

ほかのマスターテイクに比べれば音質は劣るけど、クラシックの古い録音に比べればふつうに音質良好。

 

19「Waltz of the Angels」

20「The Beach」

21「Field Dance」

 

Steven Wilsonによるバンド側音源のリミックスは、そもそも「オリジナル・ミックス」に該当するポジションのものがないからか、アルバムのリミックスよりむしろレイアウトが整然としている感じがある。特に激しいアンサンブルに加えてシンセが飛び交う「SeaLion II」のサラウンド・リミックスは聴きものです。

サウンドトラック側音源のサラウンド・リミックスは非常にめずらしいSteven Wilsonによる純粋なオーケストラ曲のリミックスとなるわけなんだけど、Deutsche Grammophonあたりのサラウンドに近いリアの残響の多さで、一部のパーカッションとかがリスニング・ポジションの真横よりちょっと後ろまで展開する感じがステージ上の指揮者のポジションでの聴こえ方をイメージしているっぽい印象。

そもそもバンド側と違って部屋に複数のマイクを立てて「せーの」で録音している以上あまりレイアウトを動かせるわけもないので、オーケストラのサラウンドとして普通に妥当なミックスって感じです。もともとの内容自体おもしろいし、バンド側音源よりぐっと音量上げるとなかなかダイナミックに鳴ってくれて文句なし。だからこそ「Waltz of the Angels」のリミックスが聴けないのがつくづく残念。

 

ところでこの記事とは無関係な話なんだけど、もっとクラシックの楽曲の各声部をロックバンドとかのものみたいに自由なレイアウトで配置したサラウンド・ミックスが作られたりしないものですかね。

つまりあえてもともとの作曲者の想定とは無関係に、ステージ上でのオーケストラの配置や音の混ざり合いから楽曲を解放といえば聞こえは良いけどようするに解体してしまって再構築するような。

ブーレーズがQuad時代にバルトークでやったり、近年だとTACETレーベルがラヴェル管弦楽曲集とかで近いアプローチの試みをやっているけど、これらはあくまで「リスニング・ポジションを取り囲むオーケストラ配置」のものなので、そういうのも欲しいけどそれはそれとしてもっとこう各声部がディスクリートな、人によっては楽曲や作曲者に対する冒涜に映るくらい人工的な音響のものが欲しいんです。どうせ録音そのものがまったく自然なものではないんだし。

うまくいけば声部と声部の関係性を問い直すようなものが作れると思うんだけど、思うだけなんで実際にはそんな都合よくはならないかもしれない。ていうかどうやって録音すんだろ(自分で言っといて……)

 

Video Clips

DVD1には2つの映像も収録されている。

 

ひとつめは1974年1月モントルーにおける、バンドのフォトセッションやインタビューの様子とユーロホテルでの記者会見の様子を収めたフィルムに、それだけじゃ退屈だろうとイアン・アンダーソンがナレーションを加えたもの。

このナレーションはいつ頃録られたものなんだろうか。まあどうせ自分の英語能力ではほとんどなに言ってるかわかんないんですが。

 

もうひとつは「The Third Hoorah」のPVで、基本的にこのトラック自体とは関係ないステージ映像の切り貼り。1974年ツアーとはみんなの衣装が違う*10のでたぶんそれ以前に撮影されたもの。

そもそもなんでシングル・カットされた「Bungle in the Jungle」でも「Skating Away on the Thin Ice of the New Day」でもなくこのトラックなんだ……?

 

 

このほか今作のブックレットにはしれっとイアン自身の言葉で前作『A Passion Play』ラストのセリフ「Steve! Caroline!」の答え合わせがされてたり(前作の記事書いちゃってから気づいた)、当時ツアーに同行した弦楽四重奏団メンバーや電気技師の方々の話なども載ってます。

 

ちなみに70年代のJETHRO TULLのアルバムはだいたいサブスクに「オリジナル・ミックスのリマスター盤」と「Steven Wilsonによるステレオ・リミックス」の2つの音源が揃ってるんだけど、なぜかこの『WarChild』だけはリマスター盤しか配信されてない。

War Child (2002 Remaster) - Album by Jethro Tull | Spotify

 

 

*1:でもメンバーはイアンのソロとおなじやん・・・

*2:大脱走』の偽造屋や『荒野の千鳥足』『ハロウィン』のお医者さんなど

*3:2001年宇宙の旅』のソ連側科学者の役しか知らない・・・

*4:モンティ・パイソン

*5:『if もしも‥‥』などで知られる映画監督。『八月の鯨』を観てみたい

*6:俳優としてはガイ・ハミルトン監督『夜の来訪者』(1954)、監督としてはシャーマン兄弟が音楽を手掛けたミュージカル『シンデレラ』など。エルトン・ジョンのドキュメンタリーも

*7:『Now We Are Six』。サックス奏者を探すことになってダメ元でデヴィッド・ボウイにオファーしてみたら快く参加してくれたみたいな話も

*8:おそらくこの際に『Aqualung』のQuadミックスも制作されている

*9:結局ボツになったが

*10:この頃にはバンドが売れたからか以前よりずいぶんゴージャスな「ステージ衣装」になっていた