Living in the Past / JETHRO TULL (1972)

 

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1972年にリリースされたJETHRO TULLのLPレコード2枚組コンピレーション・アルバム*1

Aqualung』(1971)と『Thick as a Brick』(1972)の大ヒットを受けて企画された、新規リスナーと熱心なファン両方へリーチする「ヒット・シングルのコンパイル」「Carnegie Hall公演のハイライト」「未発表曲とEP全曲」そして「写真集を含む豪華な装丁」というなかなか気合の入ったプロダクト。

 

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タイトルはもちろんこのトラックから。

 

JETHRO TULLは『Aqualung』と『Thick as a Brick』で「JETHRO TULLといえば知的なテーマを持ったコンセプト・アルバム」みたいな後年まで続くイメージを確立した感があるが、それ以前はむしろシングルが主戦場で、ヨーロッパとアメリカにまたがってシングル・ヒットを連発するグループとしてこそ存在感を発揮していたといっても過言ではない(もちろんアルバムも内容は充実していたしそれなりにセールスもあったが)。

そうしたヒット曲の大半はアルバムとは明確に区別されシングルのみのリリースだったため、後年アルバム中心のディスコグラフィーからバンドの流れをつかもうとしたときわりと見落としがち、もしくは頭ではわかっていてもいまいち実感というか、アルバム収録曲と比べたときの1曲1曲の重要性みたいなものがイメージできないままになってしまいがち(わたしのことです)。

このアルバムはそうしたシングル曲の流れを端的に掴むことができるのと同時に、リリース時にはモノラルのみだった*2シングル曲にステレオ・リミックスという1972年当時の時代に合わせたアップデートも施されている。

 

バンドにとってはじめてのコンピレーション・アルバムで気合が入ってたのかアルバムの売上が伸びて「大ヒット御礼」状態だったのかジャケットも豪華で、エンボス加工されたハードカバーの表紙にほぼ写真集なブックレットとレコードを収める袋状のページが綴じ込まれた作りになっている。

 

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初期盤の表紙は箔押だったらしいんだけど(現物未確認)、手持ちのものはレイトなのかUS盤は最初からこんなもんなのか普通の印刷となっていて正直ちょっと地味。

 

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ブックレットはこういう感じ。色合いがいかにも「昔の印刷物」って感じ。

考えてみるとシングル曲のレコーディング・データはこのブックレットが初出では。

 

収録内容

まあぶっちゃけベスト盤としては「今となっては」なアルバム。

すべての音源は各オリジナル・アルバムのリマスターやリミックス盤にボーナス・トラックとして収録されていて*3、そっちを集めたりサブスクを活用すればここで省かれているトラックを含めシングル関係の音源を総ざらいすることも可能。ライブ音源も抜粋じゃなく全長版が公式にリリースされている*4

いきなりそれは極端にしても、もっとオーソドックスな選曲のベスト盤やはじめての人向けプレイリストなどが揃ってる今の時代にわざわざ円盤を買うものではなく、実際CDもあるっちゃあるけどリマスター盤などのリイシューは基本的にされていない。

 

そういった意味ではまったく初心者向けではないのだけど、しかしそのうえで、このアルバムの内容はJETHRO TULLにとってシングルがとても重要だった時代のシングル曲の数々とCarnegie Hallという大舞台でのライブ公演のハイライトをまとめたバンドのひとつの時代の総決算とも言えるものとなっていて、むしろオリジナル・アルバムをひと通りおさえた上であらためて意識してみる価値があると思う。

ベスト盤やそれに類するコンピレーション・アルバムの「入門編にして応用編」という存在意義のうち、前者についてはその役割を終えたものの、後者についてはむしろ時代の変遷とともにその重要性を増してすらいるのではないだろうか。あるいはこの記事書いてるうちに気持ちよくなってきちゃって話が盛り気味になっているのではないだろうか。

 

といったところでその収録内容なんですが、このアルバムはUK盤とUS盤で一部収録曲が異なっている。これはおそらく両国でのシングルのリリース状況等を反映したものと思われる。

手持ちのレコードはUS盤なので、ここではそちらに準拠します。と言ってもどのトラックもこれまでのオリジナル・アルバムを扱った記事ですでに触れてしまっているので書くことないけど。

 

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A1「Song for Jeffrey」

A2「Love Story」

A3「Christmas Song」

A4「Living in the Past」

A5「Driving Song」

A6「Bourée」 CDでは収録時間の都合でオミットされてる。

 

B1「Sweet Dream」

B2「Singing All Day」 このアルバムが初出の未発表曲。

B3「Teacher」 このトラックもCDではオミット。

B4「Witch's Promise」 UK盤とUS盤で前の「Teacher」と順番が入れ替わってる。

B5「Alive And Well And Living In」 『Benefit』US盤で「Teacher」に差し替えられていたトラック。本アルバムUK盤では「Inside」を収録。

B6「Just Trying to Be」 これもこのアルバムが初出。

 

レコードC面は1970年11月4日のCarnegie Hall公演から。ブックレットに薬物およびアルコール依存症患者の支援団体へのチャリティ・コンサートだった旨が記載されてる。

C1「By Kind Permission Of」 「With You There to Help Me」後半のジョン・エヴァンのソロ・パートを抜き出したもの。

C2「Dharma for One」 1stアルバム収録のドラム・ソロ用トラックがすっかり様変わりしたもの。なんやかんや書いたけど結局このトラック目当てで聴くとこある。

 

D1「Wond'ring Again」 『Aqualung』収録の「Wond'ring Aloud」初期バージョン、の後半部分。

D2「Hymn 43」 UK盤では「Locomotive Breath」収録。

D3「Life Is a Long Song」 ここから5曲はEP『Life Is a Long Song』の内容をそのまま収録。

D4「Up the 'Pool」

D5「Dr. Bogenbroom」

D6「From Later」

D7「Nursie」

 

当該トラックで触れたように通常のUK盤やUS盤のCDでは1枚に収めるため一部トラックがオミットされている。

1997年にMobile Fidelity Sound LabからリリースされたものはCD2枚組でUK盤US盤両方のトラックを補完した内容だったほか、2004年の日本盤はUK盤に準拠したCD2枚組、しかもオリジナルのジャケットを可能な限り再現した紙ジャケ仕様のものまであった(プラケースのもあった)。

 

 

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手持ちのUS盤のレーベル面。

ChrysalisとRepriseのカタログ番号が併記されている。このアルバムからJETHRO TULLアメリカでのリリースがChrysalisレーベルになったので、その過渡期的な処置だと思われる。

 

マトリクスは

  • A面:2TS-2106 31480-1-2CH-1035
  • B面:2TS-2106 31481-1-2CH-1035
  • C面:2CH 1035 31482-3-1
  • D面:2TS-2106 31483-1-1-2CH-1035

すべて手書きだけどC面だけあきらかに字体が異なるしマトの法則性も違うので、他の面より後に切り直されたんじゃないだろうか。

そもそも本当に初期の盤はChrysalis側のカタログ番号(2CH-1035)が無くてReprise側のもの(2TS-2106)だけな可能性。

あとすべての面に「T1」のエッチングがあるのでTerre Hauteプレスだと思われる。

 

 

これは前述した2004年の紙ジャケ国内盤。「2004年デジタル・リマスター」と銘打たれてるけど独自マスタリングなのだろうか。

あとApple MusicにはUK盤CDの音源があるっぽい。

 

 

*1:イギリスでは6月23日、アメリカではだいぶ遅れて10月31日

*2:FMラジオ局向けにステレオ・ミックスも存在していたが一般流通はしていなかった

*3:ミックス違いについても最近補完されたっぽい

*4:もうけっこう前だから今だとフィジカルは入手しづらそうだけど

2021年によく聴いた音楽(Apple Music調べ)

 

Apple Musicが毎年恒例「今年あなたがよく聴いたトラック、アーティスト、アルバムTOP10」みたいなやつをしきりにピックアップしてくるので、12月なんも書いてないしリハビリがてらそれをネタにひと記事でっち上げるかみたいなやつです。

考えてみるとそもそも自分は気に入ったトラックを繰り返し聴くタイプじゃなくリストにもそれがばっちり反映されてて企画倒れ感あるんだけど、まあ一年を振り返る的ななんかそういうのにはなるはず。新譜とかは無い。

 

素直に再生数多い方からいきます。あと貼ってるクリップは必ずしも実際に再生してたのとおなじリマスターやリミックスではないです。

 

1:「ブリュンヒルデの自己犠牲」

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キルステン・フラグスタートヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮フィルハーモニア管弦楽団

今年いちばん再生回数多かったのがよりによってこれ、堂々の15回再生。いや少ないな!

『神々の黄昏』最後のあの忌々しいヴォータンがやっとくたばる場面はなんだかんだこの録音の間のとり方やフレージングが今の自分的にいちばん好ましいかもしれない。フルトヴェングラーにしては録音も良いし。

これ以外だとおなじくこの場面だけ抜き出したジェシー・ノーマンとクラウス・テンシュテットの、あんまりぎりぎりまで溜めまくってじっくり行くもんだから残響の最後の方までちゃんと鳴らしきれる大音量じゃないとスカスカになる、でもうまく鳴らせばバカみたいな巨大スケールになるやつもよかった。テンシュテットが『ニーベルングの指環』全曲録音を残さなかったのがつくづく残念。

 

そういえば今年はいままでよりオペラをあれこれ聴いたり、話の流れくらいわかるようにとフランス語やドイツ語の台本を英語や日本語にざざっと翻訳して対訳本作ったり(完全に機械翻訳頼り)した年でした。といってもモーツァルトワーグナー中心にサリエーリとベルリオーズをちょっとずつくらいだけど。

正直オペラのお話って現代日本で生まれてこの方マンガやらなにやらに親しんできた自分にとって勝手が違いすぎるものが大半なのだけど、でもそれで聴かないのはもったいない音楽的な面白さに溢れているというのもまた事実だし、お話の方も慣れてくれば話の流れは掴みつつ意識の上ではスルーしたり、意外なところで「あれの元ネタってこれだったんか!」てなったり、ものによってはわりと楽しめたりするようにも多少はなってきたので、もっと経験を積めばもっと楽しめるようになると思う。

 

スルーといえば、ある意味オペラやミュージカルどころか歌付きの音楽全般における歌詞、音楽についてくる言葉ってそれ自体がある面では余計なもので、うまいこと言葉の意味をスルーしてそれに引っ張られずに音楽を聴きたいという言ってしまえば欲望がある。

自分がこのブログのメイン記事でちょくちょく歌詞の内容に触れているのも、いざ音楽を聴くときに自分の意識が言葉に向いてしまうのを極力避けるために先んじてある程度意識してしまっておく、みたいな試みの一環でもあるし。というかこのブログのメイン記事そのものが、極端に言えば、その音楽をあらためて聴くときにすべて忘れていられるように、その音楽について先に一度むちゃくちゃ意識しておく、みたいな試みの産物なわけですが。

音楽を本当に実感を持って「聴けている」時っていうのは音以外のすべてが吹っ飛んでいて自分の身体感覚すら曖昧なものだけど、そういう状態って今のところ自分にとってはなにかのはずみでなるもので自発的になれるものじゃなく、それどころか歌詞に意識を引っ張られるくらいなら十分上等な、外を走ってる車だの夕飯の献立だの将来の不安だの昔だれかに言われたことだのが次から次に湧いてくるような状態になることが多い。ていうか使われている楽器やその奏法、エフェクトや楽曲の構造といったものを十分に意識できている状態すら厳密には「聴けている」状態なわけではないのでは?

どうしたら狙って「聴けている」状態になれるかというのは一生の課題なわけだけど、それはそれとして「聴けてない」状態をいかに充実させるかというのもあるわけで、逆にメイン記事で扱ってるような情報を思いっきり意識してみたり、普段はなるべく避けようとする視覚的なイメージをあえて膨らませてみたり、思いっきり言葉に引っ張られてみたりというのもそれはそれで楽しいというか、そちらすら自分は全然満足に行えていないというのが実際のところで、なんか思いつくままにキーボード打ってたら話がとっ散らかりまくってんなこれ。こういうことを単体の記事できちんと書けたらいいんだけど、最近めっきり思ったことや考えてることを文字にできなくなってしまいまして……

 

2:Locomotive Breath / JETHRO TULL

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12回再生!(先が思いやられる数字)。

ぶっちゃけマスタリングの聴き比べ作業で再生回数増えただけで聴こうと思って再生したのはずっと少ないと思います。てか考えてみるとちゃんと聴くときはディスク再生してたからこれ全部確認作業だった可能性すらある。もうおしまいだろこの企画。

 

詳しいことはこの記事の下の方。

scnsvr.hatenablog.com

 

3:「ジークフリートのラインへの旅」

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11回再生。正直このあたりはテンシュテット盤のほうが再生回数多いもんだと思ってた。

今年は『ニーベルングの指環』全曲録音をフルトヴェングラーベームカラヤンバレンボイムブーレーズレヴァインといくつかは通して聴いていくつかはつまみ聴きしていたので、その合間にこのあたりのトラックを再生してたら再生回数が増えたと思われる。

ていうか自分的には今年はワーグナーも聴いたけどそれ以上にシューベルトシューマンを聴いてるつもりだった。クラシックで一つの楽曲にしぼって聴くときってだいたい違う演奏家、違う録音をとっかえひっかえしていくから、楽曲自体を聴いた回数は多くても再生した音源はバラけていてこういうとこには入ってこないのかも。

 

4:GREAT HELI-RUINED BASE (ヘリコプターBGM~ボス1) (FC版)

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11回再生。このトラックに関してはアーケード版よるFC版のほうが好きなんだよなーとか思ってるうちに再生回数が増えたものと思われる。

 

5:Sonic Attack / HAWKWIND

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10回再生。『Zones』収録の、ライブでは基本ポエトリー・リーディングやステージ上の演出がメインなこのトラックを1981年スタジオ版を踏まえたアレンジで演奏しているわりと貴重な時期の録音。

 

たぶん下の記事書いたときに触発されて80年代の音源を聴き直してたんだと思う。

scnsvr.hatenablog.com

これも本当はもう1本のビデオについて書こうと思ってたんだけど、ストーンヘンジ・フェスティバルについて調べる段階で息切れしてしまいました。

 

6:As Good As New / ABBA

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8回再生。とうとう一桁になっちゃったよ。

ABBA復活の勢いでマイベスト的なプレイリスト作って遊んでたときに次のトラックとの流れを確認したくて繰り返し再生したと思われる。ここでパッと新譜からのトラック貼れてればまだ格好つけられたんじゃないですかね。そうでもないか。

ところで新譜のほう、過去作を連想させる「くすぐり」みたいなのも交えたりはしてるんだけど、それにしたって現代版アップデートみたいな装いですらなくあまりにも「あの」ABBAそのまんまのアルバムがぽんとお出しされた感じで嬉しかったと同時にけっこう驚きました。なんというか、ある時期に当たり前にやっていたことを、それが途切れたあとでもう一度やろうとすると技術的にはむしろ上達しているはずなのに何故かあの時のようにはいかない、みたいなことが多少なりともある前提で、それがうまい方向に転んでくれるかどうか心配していたら、本当にあの時そのままのが出てきたというか。

 

Voyage - Album by ABBA | Spotify

 

7:Fylingdale Flyer / JETHRO TULL

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8回再生。JETHRO TULLのリミックス・シリーズに今年あらたに『A』が加わったのでさっそく聴いてた。

何を隠そう今年このブログでずっとJETHRO TULLを扱ってたのはこのアルバムを万全の体制で聴くためだったのだけど、正直『Minstrel in the Gallery』のブックレットの翻訳作業を済ませる前に本編を聴きすぎてしまった感がある。あと現時点でリミックス・シリーズを入手できてないアルバムがあってですね……

 

8:「ジークフリート葬送行進曲」

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8回再生。ここまで書いて気がついたんだけど、Apple Musicって何らかの理由で音源をライブラリに追加し直したりするとそこで再生回数がリセットされてしまうから、本当はそれなりに再生してたはずなのにカウントされていない音源がなにかしらあるはずだわ。まあどうしようもないけど。

 

そもそもなんでワーグナーだったかというと、今年になってジョン・ブアマン監督『エクスカリバー』を観直した流れでこっちもあらためて聴いてたというのがあります。

エクスカリバー』の題材とそこで使われている音楽についてはいずれ個別の記事で書きたいのだけど、できればその前に『殺しの分け前/ポイント・ブランク』や『脱出』みたいに監督ご自身の音声解説を含むBDがリリースされないもんかな〜と思ってます。そもそも観たことない『未来惑星ザルドス』も、これから中古であの時期のDVD探すよりかはBDを待ちたい気持ちが強い。まあせっかくリリースされても金なくてどうにもならなかったみたいなのがここ数年の自分の状況なのですが。

 

9:Vampire Killer (Sneaking into the Castle BGM)

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8回再生。急にムラっときてコナミの拡張音源使ってるファミコンソフトのサントラを聴き漁った時期があってそのときの本命が『悪魔城伝説』と『ラグランジュポイント』だったんだけど、なぜか拡張音源じゃない『悪魔城ドラキュラ』のほうのトラックが再生回数がのびてる謎。

 

10:Tonight Is What It Means to Be Young

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8回再生。『ストリート・オブ・ファイヤー』は山ほどあるサウンドトラックばっかり聴いてて映画本編観たことないやつのひとつだったのだけど、今年になって若い頃のウィレム・デフォー目当てでやっと観た。ついでに映画本編とは無関係にこの曲のヴォーカルをそれぞれキャラクターがはっきりした4人程度の歌手で分け合う形にアレンジする妄想をしていた余波で再生回数が増えたと思われる。

 

11:白虎野の娘 / 平沢進

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8回再生。黄金時代篇がはじまる前から読んでいた『ベルセルク』の三浦建太郎が亡くなったのがわりとショックで、なんとなく平沢進のアルバムの手持ちのものとサブスクにあったものを聴き返してた一環。今敏が亡くなってからもう10年以上経ったのか。

ていうかなるべく公式チャンネルのクリップ貼ろうとしてやむを得ず「白虎野の娘」じゃなくてアルバム版歌詞の「白虎野」、しかもライブ映像を選んだつもりだったのに、あらためて確認したら公式じゃなくてファンのチャンネルじゃねーか。

 

映像見てもなにを操作してるのかしてないのかさっぱりわからないレーザーハープについてご本人のツイートがまとめられてた。

togetter.com

 

 

以上。なんかやたら8回再生のがあってTOP10みたいにできなかったけどどうせ再生回数一桁でトップもベストもあったもんじゃないのでまあいいか。

 

たぶんCarusレーベルのメンデルスゾーン関係の音源が配信からごそっと消えてなければなにかしらここに入っていたはずなのでそれが残念。Carusレーベル自体知らなかったからすごい金脈を見つけた気分で大興奮だったんだけども。もしや俺が再生したことで「日本から再生できる」という権利者側が本来意図していない状態にあったことがバレてしまってその結果削除されたんだったりしないかと不安になってしまいますね(自意識過剰)。

 

あとは今年の新譜だとマティアス・キルシュネライトとミヒャエル・ザンデルリング指揮フランクフルト放送交響楽団のフンメル/ウェーバー/メンデルスゾーンのピアノと管弦楽作品集とかヨナス・カウフマンのリスト歌曲集がよかったです。ブラウティハムのウェーバーはまだ聴けてない

 

それでは皆様良いお年を。自分は年越しそば食べて『三大怪獣 地球最大の決戦』観ます。

 

 

WarChild / JETHRO TULL (1974/2014)

 

Warchild

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1974年10月リリース、この記事に時間かかってるあいだに18年ぶりの新作リリースが発表された*1JETHRO TULLの7枚目のアルバム。

各曲の要素の面では前作に詰め込まれていたものを引き継ぎつつ1曲につき3分から5分で各サイド5曲入りという標準的なフォーマットに回帰、さらにストリングスなどのアレンジを積極的に加えた、ポップで聴きやすいアルバム。この場合のポップは「皮肉交じりの上品さ」くらいの意味。

 

WarChild Project
  • イアン・アンダーソン Ian Anderson:Vocals, Flute, Acoustic Guitar, Alto, Soprano and Sopranino Saxophones
  • マーティン・バー Martin Barre:Electric and Spanish Guitars
  • ジョン・エヴァン John Evan:Organ, Piano, Synthesisers and Piano Accordion
  • ジェフリー・ハモンド Jeffrey Hammond-Hammond:Bass Guitar and String Bass
  • バリモア・バーロウ Barriemore Barlow:Drums, Glockenspiel, Marimba and Sunbry Percussion Devices

 

前作『A Passion Play』とそれに伴うツアーは商業的には大成功だったものの、評論家からは酷評の嵐だった。海外のサイトとかで引用されてるのをいくつか読んでみた感じ「ちょっと聴いてみたけどよくわからなかった」という一文を元に刺激的でまとまった量の原稿を仕上げるためのアイディアが多く含まれている印象。

マネージャーのテリー・エリスはこれを逆手に取って「評論家からの酷評を受けJETHRO TULLはライブ活動を引退」という話題性たっぷりなPRをぶち上げ、大勢のファンとついでになにも知らないメンバーたちの度肝を抜くことに成功。さらにちょっとしたオマケとしてPRの余波でアメリカ・ツアーの予定が途中から白紙に戻ってしまい、イアン・アンダーソンは一足先にイギリスに帰国することになったのだった。テリー・エリスはさすがにむちゃくちゃ怒られたらしい。

 

さて、思いがけずデビュー以来はじめての長期休暇を手に入れたイアン・アンダーソンと仲間たち。創作意欲に溢れた若いアーティストがまとまった時間とそれなりのネームバリューを駆使してやりたがること、皆はわかるかな?そうだね、映画制作だね。

前作『A Passion Play』でストーリーテリングの手応えを掴んだイアン・アンダーソンはツアーの合間に『A Passion Play』のアイディアをより発展させ、映画の台本ともあらすじともつかない構想ノートみたいなものを完成させていた。

『WarChild - A Musical Fantasy』と名付けられたこの企画は「『不思議の国のアリス』風」で「ダークなユーモア」に溢れ、ダンスやパントマイムもふんだんに盛り込まれたものだったらしい。

1974年1月モントルーのユーロホテルで記者会見を開いたJETHRO TULLはチャリティ・コンサートの売り上げを寄付するとともにこの「WarChild」プロジェクトを発表。長編映画とそのサウンドトラック、そしてより「ロック」なグループとしてのアルバムという構想を明らかにしたのだった。

実際のところテリー・エリスの「イアン、ライブやめるってよ」PRはこのプロジェクトを盛り上げるための布石という側面が強かったのだろうが、独断専行が過ぎたのとやっぱり報連相って大事だねってことなんだろう。

 

結論から言ってしまうとこの映画は実現しませんでした。

イアン・アンダーソンは話題性を高め制作資金を集めるため奔走し、たとえば俳優としてドナルド・プレザンス*2レナード・ロシター*3に出演を承諾してもらい、ジョン・クリーズ*4の協力をとりつけ、リンゼイ・アンダーソン*5にけちょんけちょんにあしらわれ、ブライアン・フォーブス*6にシナリオの書き直しを勧められるなどしたものの、結局イギリスで資金調達をすることができなかった。時期的に第1次オイルショックの影響も大きかったと思われる。

それじゃあとアメリカに目を向けたところ、今度はイギリスで協力をとりつけた人たちを切ってアメリカ人の俳優とアメリカ人の監督にするよう要求され、この時点でお手上げと相成ったようだ。まあ傍から見たら人気絶頂で勘違いしたロックスターの戯言そのものなので致し方なし。

とはいえイアン・アンダーソンは後に鮭の養殖事業を軌道に乗せるだけあってしっかりした商売感覚を持っていたようで、みずから資金を投入、メガホンをとって映画撮影に突入するような向こう見ずな行動には移らなかった。たぶんやってたら下手するとバンドどころかChrysalisが傾くまであったと思う。

このあたりテレビ企画からスタートしてサントラの権利と引き換えに天下のUnited Artists様がご配給あそばされたフランク・ザッパの『200 Motels』や発表済み作品が再評価されての映画化だったTHE WHOの『Tommy』とは明暗が別れた感じ。

 

一方レコーディングの方はどうなっていたか。

 

JETHRO TULLは記者会見に先駆けて1973年12月にはMorgan Studiosでレコーディングを開始している。

まず12月1日からデヴィッド・パーマーにオーケストラの編曲や指揮などで協力を仰ぎつつ、様子見を兼ねたサウンドトラックのデモを制作。

その後バンドとしての新曲制作に取り掛かりっているが、この時点ではサウンドトラックだけでなくバンドとしての楽曲も最終的に映画本編に合わせて編集を加えたり再録音することを想定していたっぽい。

映画がポシャったのが具体的にいつ頃なのか不明なんだけど、1974年2月11日にはロンドンのConway Hallでデヴィッド・パーマーの指揮のもとフル・オーケストラでのレコーディングに取り組んでいるので、この時点ではまだ映画を前提とした作業を行っていたと思われる。

サウンドトラックに関しては2月末にMorgan Studiosでさらに追加のレコーディングを行っているもののどうやらここまでだったようで、これらのオーケストラ録音は以降ライブの最初と最後に数分使われた以外は顧みられることがなくなった。

バンド側の新曲制作は途中イアンがレーベルメイトでおなじMorgan Studiosでレコーディング中だったSTEELEYE SPANを手伝ったらいつの間にかプロデューサーとしてクレジットされてたりしつつ*7これらの間にも並行して作業されていて、おそらく3月に「映画とそのサウンドトラックは無し」「バンドとしての新作アルバムを完成させてツアーに出る」という判断がくだされたものと思われる。あるいはとりあえずバンド側のアルバムは先に完成させちゃうことになって、イアンが映画について積極的に動いてたのは4月から7月の間という可能性もあるだろうか。

バンドは新作アルバム『WarChild』に関するMorgan Studiosでの作業を3月中に終えて4月にAdvision Studiosでミキシング作業を開始。エンジニアはRobin Blackで、ステレオだけでなくQuadでもミックスされた*8

そして多少時期が前後しつつシングル向けトラック*9の制作やツアーに同行させる弦楽四重奏団のオーディション、リハーサルなどを重ねて7月からオーストラリア、ニュージーランド、日本をまわる極東ツアーを皮切りとしてツアーを再開したものの、アルバム『WarChild』がリリースされたのは10月に入ってからだった。カッティングは7月中に終わっていたはずなので、リリースをアジアじゃなくてヨーロッパでのツアーに合わせたかったのかも知れない。

 

この一連の経緯についてはなにより自分が長いこと気になってたので、この機会に主に後述する40th Anniversary Theatre Editionのブックレットを参照してざっとまとめてみました。このブックレットはアルバム前後のバンドの活動についてこの記事なんかよりずっと詳細にイアン自身の言葉をたくさん交えながら記述されていて、他にも当時の関係者へのインタビューなど満載なのでぜひご一読ください。

 

WarChild

なんやらかんやらとリリースまで時間がかかった『WarChild』だが、結果的に前2作と違ってひとつひとつの楽曲が小粒ながらよく作り込まれた、とっつきやすくも奥が深いバランスの良いアルバムに仕上がったんじゃないでしょうか。

そのおかげもあってかいざ発売されるとイギリスのチャートで14位、アメリカで2位と好調な売上を記録した。

 

ジャケットはどっかの夜景をバックに謎のポーズを決めるネガポジ反転のイアン・アンダーソンをあしらったもの。能力バトルものアニメとかでありそうな構図なんよ。

裏ジャケはそれぞれ関連性のないアルバム収録曲にちなんだ格好をした人々が一堂に会してる感じのもので、メンバーやテリー・エリスの姿もある。

 

アルバムのA面は環境音と“Would you like another cup of tea, dear?”ではじまり曲と曲のあいだにちょくちょくSEがはさまって進行していく。

そして最後にもう一度“Would you like another cup of tea, dear?”とリフレインして終わるのだけど、とはいえこれといって映画をなぞったり独自のストーリーを構築したりしている様子もなく、とりあえず繋げておいてあるだけのようにも思える。

ぶっちゃけ各曲を用意している段階では意識されていてしかるべきな物語的要素よりも評論家への皮肉やミュージシャン稼業の自虐ネタのほうがよっぽど一貫している感じがするが、まあ逆に言えばそれだけプロジェクトの残骸みたいな印象を与えない単独のアルバムとして成立していると言うことも出来て、ようするにノリがなんか『Aqualung』までのやつに回帰してる。

 

前作ではジョン・エヴァンのオルガンがアンサンブルの中心になる場面が多かったが、今作では曲が短くなったからかエレキギターのバッキングが中心の曲が増えた。ジョン・エヴァンはオルガンでなくピアノ鍵盤式のアコーディオンを演奏する場面も多い。

またデヴィッド・パーマーのアレンジによるストリングスがこれまで以上に積極的に取り入れられ、ジョン・エヴァンのアコーディオンやバリモア・バーロウのマリンバなどともに、アルバムの聴き心地を良くすると同時に歌詞に込められた皮肉や揶揄その他悪口をお上品にコーティングする役割もはたしている。

前作『A Passion Play』の記事でもちらっと書いたけどデヴィッド・パーマーは王立音楽アカデミーでリチャード・ロドニー・ベネットに作曲を学んだ人物で、もちろん狙ってそのようにしているのだろうけど彼(彼女)によるオーケストレーションはいかにも「古き良き」といったこってりした感じがある。

ポップスにおいてはともすれば過剰になってしまいそうなのだが、JETHRO TULLのヨーロッパの様々な様式をブルースを繋ぎにブレンドしたような音楽性のなかではとてもいい具合にはまっていると思う。ただしオリジナルのステレオ・ミックスではミキシング側の限界なのかストリングスとバンド演奏が合わさると音が曇りがち。

 

 

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A1「WarChild」

サイレンが響くなか交わされる朝のなにげない会話、外では人々の悲鳴と戦闘音、そこにいかにもムーディーなたっぷり残響の乗ったサックスとピアノが入ってくる。イアンのヴォーカルは慇懃な調子ではじまり、「ロック」なリフからサビへ。

もっともらしくもわざとらしい劇への招待というか前口上というか。ここでの劇ってつまり…というのと元々意識されていたであろう映画のテーマや彼らが身をやつすバンド稼業が重なり合いつつ、同時にあの時代のレコーディング事情を回想するとき頻繁に言及されるIRAの活動も連想される。

 

A2「Queen and Country」

ジョン・エヴァンのアコーディオンが特徴的で、明るいポルカかなんか風にはじまり掛け声とともに一転ヘヴィというか塩辛い系に。間奏のギターソロがやたらメタリック。

歌詞はイギリスの私掠船とミュージシャンを絡めてるっぽい。どちらもある種の直接的な手段でもって他国から財産を巻き上げる存在であり、そして課税という名目でそれらを国や国王に巻き上げられる存在でもある。

 

A3「Ladies」

アコギが主導しストリングスが華を添える優雅な曲調のトラック。最後にドラムが入ってロックっぽくなるのも好き。あとその際にサックスが「蛍の光」というか「Auld Lang Syne」のメロディを吹くのだけど、この曲調の変化や「Auld Lang Syne」という選曲は歌詞に対するネタばらしみたいな意味合いがあったりするんだろうか。

 

A4「Back-Door Angels」

エレキギターやハープが賑やかしたりシンセが茶々を入れたりしつつ基本は静かな曲調のヴォーカル・パートとにわかに盛り上がるギターソロ・パートが交互に出てくる楽曲。2回登場するギターソロはどちらも『Aqualung』以来の冴えっぷりで、2回目の直前に吹かれるサックスの情けなさとのコントラストが味わい深い。

ラストはイアンのヴォーカルだけになり、ディレイのかかり具合が変化してそのまま次の曲のカウントに繋がる。“she winked her eye.”の「eye」のイントネーションがキモくていい。

 

A5「SeaLion」

『Thick as a Brick』や『A Passion Play』のハードでエキセントリックな曲展開をさくっと3分台で聴かせる個人的A面ハイライト。

歌詞はSealion=アシカをキーワードに、環境問題への風刺や毎晩おなじステージを演じる自分たちをアシカのボール芸になぞらえた自虐などを盛り込んだものになっている。現代の水族館におけるアシカやイルカなどのショーには一定の意義があるだろうけどそれはちょっと別の話。

タルの熱心なファンだったリッチー・ブラックモアはこのトラックをRAINBOWのライブ開幕前に流してたとかいう話があったような。

 

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B1「Skating Away on the Thin Ice of the New Day」

イントロでイアンが鼻歌交じりに茶をすする、アコギをメインに楽器が入れ代わり立ち代わりしていく凝った編曲のトラック。旋律や歌詞も秀逸でシングル・カットされたものの売れなかったっぽい。前奏部分のアコギが右側で弾かれてから響きだけ左側に移動する。

1972年のChâteau d'Hérouville Sessionsで制作されたトラックに手を加えたもの。

 

B2「Bungle in the Jungle」

シンガロングしやすいサビのあるキャッチーなトラック。間奏での低弦がいい味出してる。

シングル・カットされてアメリカではそれなりにヒットした。

 

B3「Only Solitaire」

前奏のアコギ3本の絡み、ヴォーカルのメロディライン、後腐れなく次に移っていく展開、〆の語りとどれも魅力的な小曲。アコギ3つにヴォーカルも3つ。

評論家に対するあれこれを自己防衛的な自虐込みでかなり率直に歌ってる感じ。

これもChâteau d'Hérouville Sessionsから。

 

B4「The Third Hoorah」

トラッドというかオールドファッションなヨーロッパ風のトラック。中間部でベートーヴェンの第九みたいなオーケストラの「繋ぎ」からのスコッチなバグパイプ登場が単純だけど好き。

タイトルトラックのサビと同じ歌詞を繰り返すのが映画に使うつもりだったことを偲ばせる。

 

B5「Two Fingers」

Aqualung』と同時期にシングル向けに制作されたものの結局リリースされなかった「Lick Your Fingers Clean」というトラックが原曲。

原曲は悪くはないんだけどなんかパッとしないところのあるトラックだったが、ここではアルバムの最後を飾るにふさわしいよりゴージャスでドラマティックなイメチェンが施され華々しく再登場した。でもなんかどうもパッとしなさを引きずってるように思えてしまうのはBメロあたりのヴォーカルがメロディより言葉を詰め込むのを優先してる感じが個人的に気に食わないだけかもしれない。

 

 

2014 The 40th Anniversary Theatre Edition

Warchild

Warchild

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2014年にリリースされた2CD+2DVDのデジブックで、『A Passion Play: An Extended Performance』に続くSteven Wilsonによるリミックス・シリーズのひとつ。

これまで未発表だったもの含めてWarChild Project関連やアルバムと近い時期に制作された音源がひとつにまとめられ、マルチトラック・テープが残っていたものはSteven Wilsonによるリミックス、そうでないものはオリジナル・ミックスのフラット・トランスファーで収録されている。

 

  • CD1:WarChild本編のSWステレオ・リミックス
  • CD2:Associated Recordings(SWステレオ・リミックス+オリジナル・ミックス)
  • DVD1:WarChild本編のSWステレオとサラウンド・リミックス、ステレオおよびQuadフラット・トランスファー音源、映像
  • DVD2:Associated Recordings(SWステレオとサラウンド・リミックス+オリジナル・ミックス)

 

Stereo & Surround Remix

Steven Wilsonによるステレオ・リミックスは今作も良好な仕上がり。

今作はストリングスを中心に音を盛る方向にアレンジを凝ったことが原因なのか、オリジナルのステレオ・ミックスは全体的に少しもやっとした傾向のサウンドだった。

リミックスではそうした全体的な曇りが晴れるとともに、マルチトラックひとつひとつの音が太くなった結果なんかイアン・アンダーソンのヴォーカルのイケボ度が上昇している。

 

サラウンド・リミックスも期待通り。

そもそも音を盛る方向にアレンジを凝る=サラウンドが映えやすい、という一般的な傾向がある上で、楽曲の中心となるバンド演奏がダイナミックに鳴りつつそれ以外の音が適切なバランスで細やかに配置されている。あとなんかオープニングの戦闘音が迫真になってる。

 

今作のステレオ・ミックスはスピーカーで再生したときリスナー側から見て前後3層のレイヤーとして捉えられる(ような鳴り方をする)(べつに今作に限った話じゃない)。

つまり、真ん中2層目のレイヤーにギターやドラムなどその曲の骨格となるアンサンブルが配置され、その手前側1層目のレイヤーにヴォーカルやギターソロなどスポットライトを当てたい音が、奥側3層目のレイヤーにストリングスなど雰囲気作りが主な役割となる音が必要に応じて配置される。場合によっては一貫性を維持したままレイヤー間を移動するような音も。

Steven Wilsonのサラウンド・リミックスではこの2層目のレイヤーに該当する音をレイアウト自体にはほとんど手を加えずフロントを中心とした前半分に展開しつつ、1層目と3層目のレイヤーに該当する音を、左右方向のレイアウトには極力手を加えず状況によってフロント側奥からリスナーの背後を含めた前後方向の適切な位置に割り振って空間を形成するのが基本となっている。

今作に限らずSteven Wilsonがいわゆる「70年代以降のロックバンド」らしいフォーマットやレイアウトのアルバムをリミックスした際にはだいたいこういう感じの音の捉え方というか解釈というかと、それを元にしたサラウンドへの展開がされているように思います。

でもステレオやサラウンドの音像の話って「あの時はそう聴こえてたんだけど……」みたいに自分で自分にどんどん自信がなくなってく感じがあるので全部私の気の所為かもしれない。

こういうレイアウトとか音像を説明したいときに簡単なイラストとか図を作れるといいのだろうか。

 

Stereo & Quad Mix Flat Transfer

『WarChild』はJETHRO TULLで唯一ステレオとQuadが同時にリリースされたアルバム。QuadはLP(CD-4方式)、リールテープ、8トラックカートリッジの3つのフォーマットがあった模様。

ミキシング・エンジニアはステレオとQuadどちらもRobin Blackで前述したように1974年4月にAdvision Studiosで作業されているが、おそらく「新作のQuad」と同時に「最も売上が見込めそうなバックカタログのQuad」として『Aqualung』のQuadも制作されたのだと思われる。

scnsvr.hatenablog.com

 

ステレオのフラット・トランスファー音源はオリジナルのソフトなサウンドを堪能できるもの。こういうサウンドで聴くともともと古めなスタイルのストリングスやアコーディオンなどがさらにノスタルジックに響く。

2002年のリマスター盤はこれと比べてクリアだけど音圧ちょい高めな感じだった。

 

Quad音源のレイアウトは当時の4chステレオらしく4つのスピーカーに音を割り振っていくスタイル。

ちょっと楽器に対してヴォーカルの音量が大きめで、特にエコーが深い部分では「イアン・アンダーソン・オン・ステージ」みたいな感じがあるものの、同時期に制作された『Aqualung』Quadと違って全編通じてすごくマトモなバランスの良いミックス。

Aqualung』Quadみたいに「まあ当時のものだし多少はね……」的な予防線を張らなくても十分鑑賞に耐えうるものだと思う。

てかやっぱり『Aqualung』Quadのタイトルトラックあたりは「せっかくQuadなんだからもっとわかりやすいミックスにしなくちゃ!」みたいな外部からの圧力があってああなったのかな…だとするとタル以外のあれとかそれのミックスも……

 

ちなみにアルバムと同時期に制作された「Glory Row」「March, The Mad Scientist」のQuad音源も収録されている。ついでにミックスしてみたけどこれといってお出しする機会もなかったわみたいなやつだろうか。

 

The Second Act: Associated Recordings

CDとDVDの2枚目にはThe Second Actと銘打ってWarChild Project関連の『WarChild』アルバム本編に採用されなかったトラックや映画用のオーケストラ・トラック、アルバムと近い時期に制作されたシングル向けトラックがまとめられている。

これまで各種コンピレーションやリマスター盤ボーナストラックで小出しにされてきたトラックたちと未発表だったトラックがひとつにまとめられ収まるべきところに収まった感じ。

トラック1から15まではSteven Wilsonによってステレオとサラウンドのリミックスが施され、おそらくマルチトラック・テープが無かったのであろう残りのトラックは1974年にRobin Blackがステレオにミキシングしたそのままを収録。

 

トラック1から7は『WarChild』アルバム収録曲と同時期にバンド側の新曲として制作され結局採用されなかったトラックたち。

ジェフリー・ハモンドがヴォーカルをとるアルバム・バージョンに輪をかけてエキセントリックな4「SeaLion II」など聴きどころもあるものの、正直どのトラックもなにかしら採用されなかったなりのパッとしなさがあるようにも思えてしまう。とはいっても耳を惹く箇所もたくさん含まれているし、なによりこうして俯瞰的に聴けるようになってよかった。

なお5「Quartet」だけはバンド側で準備していたサウンドトラック用音源といった雰囲気。

 

1「Paradise Steakhouse」

2「Saturation」

3「Good Godmother」

4「SeaLion II」

5「Quartet」

6「WarChild II」

7「Tomorrow Was Today」

 

トラック8と9はアルバム制作が佳境を迎えた1974年4月頃にシングル用に制作されたトラックで、おそらくアルバムと同時にミキシングしたからついでにQuadも用意されたのだと思われる。しかし結局この2曲は採用されなかった。

 

8「Glory Row」

これまでのシングル曲の流れをくむアコースティック中心のトラックでアレンジも凝っているのだけど、ヴォーカルのメロディラインのせいなのかやっぱりどうもパッとしない印象。

1977年の『Repeat – The Best of Jethro Tull – Vol II 』で蔵出しされた。

 

9「March, The Mad Scientist」

短めの弾き語り系トラック。1976年のクリスマス向けEP『Ring Out, Solstice Bells』に収録された。

 

10「Rainbow Blues」

1974年6月におそらくツアーの下準備がてら制作されたトラック。シングル向けだったのかも知れないが作るだけ作ってしばらく放置され、1976年『M.U. - The Best of Jethro Tull』に収録された。

そんな扱いのわりにしっかり人気があり、実際ブルースの定型みたいなイントロからがらっとメロディアスになりサビできっちり盛り上がる、よく出来た楽曲。間奏でフルートソロからエレキギターに受け渡されるのもこのバンドのパブリックイメージにわかりやすく対応している。

後にリッチー・ブラックモアがパートナーとのプロジェクトBLACKMORE'S NIGHTでカバーした。

 

www.youtube.com

リミックス音源が配信されてない……

 

11「Pan Dance」

トラディショナルでエレガントな舞曲。

1974年のRainbow Theatre公演にゲストとして招いたPAN'S PEOPLEのためのトラックで、この音源がライブで流されたと思われる。

PAN'S PEOPLEはテレビ番組TOP OF THE POPSで主にアーティスト本人が出演しない楽曲を流す際に曲に合わせて踊っていたお姉さんたちのダンス・グループ。時期はずれてるけどサラ・ブライトマンもメンバーだったらしい。

実際のステージでの映像は残っていないが、ヴァン・マッコイの「Do the Hustle」みたいなやつからマイク・オールドフィールドの「In Dulce Jubilo」みたいなやつまで顔色ひとつ変えずにきっちり踊りきるプロフェッショナルな方々なのでこういうのもお手の物だったのだろう。

これもEP『Ring Out, Solstice Bells』に収録された。

 

トラック12以降はWarChild Projectで残されたサウンドトラック側の音源たち。

デヴィッド・パーマーによる「WarChild」や「The Third Hoorah」の主題を散りばめた充実したオーケストレーションを堪能できるトラックが揃っていて、聴いてみたら予想以上に楽しめた。

PHILOMUSICA OF LONDONの楽団員をデヴィッド・パーマーが指揮していると思われるのだけど、なぜかクレジットは「PHILAMUSICA OF LONDON」になってる。

 

トラック12から16は1974年2月11日にロンドンのConway HallでManor Mobileを用いてレコーディングされたもの。

あるいはここでリチャード・ブランソンの所有するThe Manor Studioの移動式録音スタジオを実際に利用した経験が、イアン・アンダーソンに自前の移動式録音スタジオを所有するという発想を抱かせたのかも知れない。

16「Waltz of the Angels」は「WarChild Waltz」というタイトルで2002年の旧リマスター盤に収録されていたが、この曲だけリミックスじゃないのはあるいはその際にマルチトラック・テープを紛失した可能性もあるだろうか……と思ったけどRobin Blackが1974年の段階でミキシングしててリマスターで扱ったのはあくまでステレオのマスターテープなはずだからそんな訳ないか。

 

12「The Orchestral WarChild Theme」

「WarChild」の主題による変奏曲といった趣だけど、独立した楽曲としてそのような形式を選択したというよりは、とりあえずイアンにいろんなアレンジで主題を演奏してみせるためのショーケース的な意味合いが強そう。

高音域に一定のノイズが乗ってる。

 

13「The Third Hoorah - Orchestral Version」

最初バンド側同曲で使われているストリングスと同じ音源のフルバージョンかと思ったけど、あちらはあくまでバンド側音源にあわせて用意されたものでこの音源とは別物っぽい。

こっちはこっちでドラム・セットは別録りな気がするんだけどどうだろう。

 

14「Mime Sequence」

マーティン・バーが楽想を提供したトラック(ギターも弾いてる?)。タイトルからするとパントマイムの場面用だけど、とりあえず使えそうな楽想を詰め合わせてひとつのトラックにまとめといたような感じもある。

 

15「Field Dance」

Mime Sequence」と共通の主題から「The Third Hoorah」中間部のベートーヴェンっぽいあれに移行するトラック。

 

16「Waltz of the Angels」

チャイコフスキーっぽいなめらかな旋律をメインにしつつ節々でストラヴィンスキー以降の音楽であることを意識させてくる楽曲。最後は「The Third Hoorah」に移行してそのままフェードアウト。

 

トラック17と18は1974年2月23日にMorgan Studiosでレコーディングされた、サウンドトラック側の音源としては最後期のもの。

Conway Hallでの録音と比べるとあきらかに部屋が小さいのがわかってそこもおもしろい。

 

17「The Beach (Part I)」

18「The Beach (Part II)」

どちらも「The Third Hoorah」と共通の主題による短めのトラックだが、なにげに楽曲として成立したのはこっちのが先か。

 

トラック19から21は1973年12月1日にMorgan Studiosで制作されたデモ音源で、最終的に1枚のアルバムが残されたこの一連のプロジェクトの最初期の記録となる。どの楽曲も後の録音とおなじ形まで仕上がっていて、「Waltz of the Angels」ラストで「The Third Hoorah」になってフェードアウトするのまで共通。

ほかのマスターテイクに比べれば音質は劣るけど、クラシックの古い録音に比べればふつうに音質良好。

 

19「Waltz of the Angels」

20「The Beach」

21「Field Dance」

 

Steven Wilsonによるバンド側音源のリミックスは、そもそも「オリジナル・ミックス」に該当するポジションのものがないからか、アルバムのリミックスよりむしろレイアウトが整然としている感じがある。特に激しいアンサンブルに加えてシンセが飛び交う「SeaLion II」のサラウンド・リミックスは聴きものです。

サウンドトラック側音源のサラウンド・リミックスは非常にめずらしいSteven Wilsonによる純粋なオーケストラ曲のリミックスとなるわけなんだけど、Deutsche Grammophonあたりのサラウンドに近いリアの残響の多さで、一部のパーカッションとかがリスニング・ポジションの真横よりちょっと後ろまで展開する感じがステージ上の指揮者のポジションでの聴こえ方をイメージしているっぽい印象。

そもそもバンド側と違って部屋に複数のマイクを立てて「せーの」で録音している以上あまりレイアウトを動かせるわけもないので、オーケストラのサラウンドとして普通に妥当なミックスって感じです。もともとの内容自体おもしろいし、バンド側音源よりぐっと音量上げるとなかなかダイナミックに鳴ってくれて文句なし。だからこそ「Waltz of the Angels」のリミックスが聴けないのがつくづく残念。

 

ところでこの記事とは無関係な話なんだけど、もっとクラシックの楽曲の各声部をロックバンドとかのものみたいに自由なレイアウトで配置したサラウンド・ミックスが作られたりしないものですかね。

つまりあえてもともとの作曲者の想定とは無関係に、ステージ上でのオーケストラの配置や音の混ざり合いから楽曲を解放といえば聞こえは良いけどようするに解体してしまって再構築するような。

ブーレーズがQuad時代にバルトークでやったり、近年だとTACETレーベルがラヴェル管弦楽曲集とかで近いアプローチの試みをやっているけど、これらはあくまで「リスニング・ポジションを取り囲むオーケストラ配置」のものなので、そういうのも欲しいけどそれはそれとしてもっとこう各声部がディスクリートな、人によっては楽曲や作曲者に対する冒涜に映るくらい人工的な音響のものが欲しいんです。どうせ録音そのものがまったく自然なものではないんだし。

うまくいけば声部と声部の関係性を問い直すようなものが作れると思うんだけど、思うだけなんで実際にはそんな都合よくはならないかもしれない。ていうかどうやって録音すんだろ(自分で言っといて……)

 

Video Clips

DVD1には2つの映像も収録されている。

 

ひとつめは1974年1月モントルーにおける、バンドのフォトセッションやインタビューの様子とユーロホテルでの記者会見の様子を収めたフィルムに、それだけじゃ退屈だろうとイアン・アンダーソンがナレーションを加えたもの。

このナレーションはいつ頃録られたものなんだろうか。まあどうせ自分の英語能力ではほとんどなに言ってるかわかんないんですが。

 

もうひとつは「The Third Hoorah」のPVで、基本的にこのトラック自体とは関係ないステージ映像の切り貼り。1974年ツアーとはみんなの衣装が違う*10のでたぶんそれ以前に撮影されたもの。

そもそもなんでシングル・カットされた「Bungle in the Jungle」でも「Skating Away on the Thin Ice of the New Day」でもなくこのトラックなんだ……?

 

 

このほか今作のブックレットにはしれっとイアン自身の言葉で前作『A Passion Play』ラストのセリフ「Steve! Caroline!」の答え合わせがされてたり(前作の記事書いちゃってから気づいた)、当時ツアーに同行した弦楽四重奏団メンバーや電気技師の方々の話なども載ってます。

 

ちなみに70年代のJETHRO TULLのアルバムはだいたいサブスクに「オリジナル・ミックスのリマスター盤」と「Steven Wilsonによるステレオ・リミックス」の2つの音源が揃ってるんだけど、なぜかこの『WarChild』だけはリマスター盤しか配信されてない。

War Child (2002 Remaster) - Album by Jethro Tull | Spotify

 

 

*1:でもメンバーはイアンのソロとおなじやん・・・

*2:大脱走』の偽造屋や『荒野の千鳥足』『ハロウィン』のお医者さんなど

*3:2001年宇宙の旅』のソ連側科学者の役しか知らない・・・

*4:モンティ・パイソン

*5:『if もしも‥‥』などで知られる映画監督。『八月の鯨』を観てみたい

*6:俳優としてはガイ・ハミルトン監督『夜の来訪者』(1954)、監督としてはシャーマン兄弟が音楽を手掛けたミュージカル『シンデレラ』など。エルトン・ジョンのドキュメンタリーも

*7:『Now We Are Six』。サックス奏者を探すことになってダメ元でデヴィッド・ボウイにオファーしてみたら快く参加してくれたみたいな話も

*8:おそらくこの際に『Aqualung』のQuadミックスも制作されている

*9:結局ボツになったが

*10:この頃にはバンドが売れたからか以前よりずいぶんゴージャスな「ステージ衣装」になっていた

例のやつ

レッドスターを雑に投げつけてひとを困惑させてみたいしあわよくば「特注インク + 万年筆」セットも欲しい。

 

blog.hatena.ne.jp

 

はてなブログ10周年特別お題「はてなブロガーに10の質問

ブログ名もしくはハンドルネームの由来は?

ブログ名は開設するときぱっと目についた文字列。

今気づいたんだけどこのハンドルネームをいつから使ってるのかわりとマジで思い出せない。

 

はてなブログを始めたきっかけは?

2012年頃にはてなダイアリーからはてなブログに移行。たしかなんとなく。

数年後あらためてこのブログを開設して今に至る。

 

自分で書いたお気に入りの1記事はある?あるならどんな記事?

このブログは「ひとつの作品=ひとつの記事」というスタイルで、それぞれの記事をその作品自体やソフトのリリース状況などについての自分が知りたい情報、個人の感想、場合によっては愚痴などを集積しておく場所にする*1というのが基本的な趣旨*2なので、逆に記事のどれかが特別というのはないかも知れない。

 

ブログを書きたくなるのはどんなとき?

「この音源って絶対こうだと思うんだけど日本語で言及してるひとが見当たらねえ」「へーこれってこういうことだったんだメモっとこ」「イアン・アンダーソンのジェフリー・ハモンドに対する妙にガチっぽい雰囲気なんなの・・・?」みたいなとき。

 

下書きに保存された記事は何記事? あるならどんなテーマの記事?

途中で興味が他に移って放り出されたアルバムや映画、もうちょっと雑談とかジャンルやバンド縛りで好きな曲ベスト10みたいな気さくな感じの記事を書きたいっすねぇと手を付けてみてさっぱり書き進められなかった残骸などがごろごろ。

 

自分の記事を読み返すことはある?

そもそもひとが音楽や映画などについて書いた文章を読むのが好きなので、その延長でわりと自分のも読み返す。すると書き直したくなる。

 

好きなはてなブロガーは?

書いてるひとたちのことはよくわからんけど、とりあえず購読してるブログはみんな好き。

 

はてなブログに一言メッセージを伝えるなら?

おめでとうございます。あとついでにタグ機能でもっと古い記事も含めてずらーっと見られるようにしてください。

 

10年前は何してた?

ダメになってた。

 

この10年を一言でまとめると?

空白。

 

*1:なのでむっちゃ後から書き換えるし大きな更新のあとにはタイムスタンプも変更する

*2:その上で誰かのなんかの切っ掛けになったり、自分の間違いにツッコミを入れられたり、あわよくば欲しいものリストからなんか買い与えてもらえたりするといいなぁ系の下心あり

A Passion Play / JETHRO TULL (1973/2014)

 

A Passion Play

A Passion Play

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1973年7月13日リリース。JETHRO TULLの6枚目のアルバム。

前作とおなじくアルバム1枚を通して1曲というスタイルで、前作ほど手厚くリスナーを導いてくれる構成ではないものの、より目まぐるしくより有機的な変化に富んだ楽曲展開とそれを裏付けるハードでテクニカルな演奏による非常に聴き応えのある作品。

あきらかにJETHRO TULLのひとつの到達点であり、最高傑作とすら言えるんじゃないだろうか。

 

Château d'Isaster
  • イアン・アンダーソン Ian Anderson:Vocals, Acoustic Guitars, Flute, Soprano And Sopranino Saxophones
  • マーティン・バー Martin Barre:Electric Guitars
  • ジョン・エヴァン John Evan:Piano, Organ, Synthesizers, Speech
  • ジェフリー・ハモンド Jeffrey Hammond-Hammond:Bass Guitar, Vocals
  • バリモア・バーロウ Barriemore Barlow:Drums, Timpani, Glockenspiel, Marimba

なにげにアルバムを2枚続けておなじメンバーでレコーディングしたの初めてでは?

 

JETHRO TULLはアルバム1枚1曲のコンセプト・アルバム『Thick as a Brick』が商業的に成功したのをうけ次なる策として「レコード2枚組に曲を詰め込んだコンセプト・アルバム」を計画、1972年9月*1に税金対策を兼ねてフランスのエルヴィル城 Château d'Hérouville でレコーディングにとりかかった。エンジニアはRobin Black。

エルヴィル城は18世紀に築かれた城館の一部を宿泊可能な音楽スタジオとして整え1969年に開業した施設で、エルトン・ジョンが『Honky Château』から『Goodbye Yellow Brick Road』までの3作をここでレコーディングしたことで有名になった。『Honky Château』の“Château”はまさにこのエルヴィル城のこと。

エルトン・ジョン以外にもマーク・ボランデヴィッド・ボウイ、RAINBOWなどが訪れたエルヴィル城だが、JETHRO TULLとそのスタッフはここで壊れた機材、不潔な寝具とトコジラミそして食中毒を引き起こす食事に迎えられた。

バンドは日ごと削られていく気力と体力のなか全部で4面ある2枚組レコードのうち3面にあたる内容まで制作したものの結局ロンドンに撤退。一旦それまでに制作したすべてのマテリアルを放棄しMorgan Studiosでレコーディングを仕切り直すこととなったのでありましたとさ。

 

この際に放棄されたセッションはChâteau d'Isaster Tapesとして1988年の『20 Years of Jethro Tull』や1993年の『Nightcap: The Unreleased Masters 1973–1991』といったコンピでとりあげられ、2014年に後述する本作リイシューにてあらたにリミックスのうえ現存する全てのマテリアルが収録された。

 

A Passion Play

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本作『A Passion Play』は劇仕立てのコンセプト・アルバムで、テーマはおそらく「死と再生」。

表ジャケットにはステージに横たわる流血したバレリーナのモノクロ写真、裏ジャケにそれから数ヶ月後そこには元気にアラベスクを決める彼女の姿がなカラー写真があしらわれ、オリジナルのLPではゲートフォールドの見開きにリンウェル劇場の公演プログラム(を模したブックレット)がはさまれていた。

 

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写真はすべて手持ちの紙ジャケ国内盤CD

このリンウェル劇場なる架空の地方劇場における『A Passion Play』公演プログラムはようするに前作『Thick as a Brick』の新聞とおなじノリの創作物で、架空の役を演じる架空の役者とそのプロフィールが掲載され、各俳優の顔写真はメンバーが仮装したものになっている。一部の俳優は『Thick as a Brick』の新聞にも名前が出ていたり。

あと劇団スタッフとかのクレジットはそのままアルバム制作に関わった方々やChrysalisレーベルのスタッフのものになっていると思われる。

 

「The Passion Play」といえばジーザスなクライストの受難劇だが、このプログラムに目を通すことでどうやらこの劇がキリストの死と復活になぞらえてロニー・ピルグリムなる若者が死に3日後に復活を果たすまでの旅路を描いているということがわかる、ようなつもりでいたんだけど今回記事にするにあたってあらためて確認したらそこまではっきりわかるような書かれ方はしていませんでした。でもまあだいたいそういう感じのストーリーです。

 

「The Passion PlayじゃなくてA Passion Playなんでイエスじゃなくてそこらのあんちゃんの話です」ってノリは『Arthur (Or the Decline and Fall of the British Empire)』ってタイトルで「キング・アーサーじゃなくてアーサーって名前のどこにでもいるようなおっさんの話です」ってやったどこぞのバンドを思い出す*2

 

今作『A Passion Play』は劇仕立てというだけあって全4幕で、第2幕と第3幕のあいだに休憩もとい幕間劇がはさまる構成になっている。

しかし幕と幕は明確に区切られているわけじゃなく、自然に移行していってしまうので普通に聴いてるとあまり意識しないと思う。

ちなみにレコードでは幕間劇の途中でA面がおわりB面にひっくり返すようになっていたが、CDだと初期のものは全1トラック、リマスター盤で幕間劇冒頭で区切られた2トラック、リミックス盤はもっと細かくトラック分けされているのでレコードと同じ箇所でトラックが区切られているものは無いんじゃないだろうか。ちょっとELP「Karn Evil 9」を思い出す。

 

イアン・アンダーソンの今作での歌唱は「役者としての演技」を意識しているからか、普段の「イアン・アンダーソンというキャラクター」らしいしゃがれっぽい声とは違った豊かな声量によるなめらかで品のあるバリトンボイスとなっていて、これはこれで魅力的。

今作ではフルート以上にソプラノとソプラニーノのサックスを多用しており、複雑なアンサンブルをバックにばりばりソロをとる場面はかなりジャズ・ロックに接近した音楽になっている。

 

ジョン・エヴァンのオルガンは今作のアンサンブルの重要な位置を占めていて、ダークでヘヴィという今作のイメージはこのオルガンによるところが大きいと思われる。

逆にマーティン・バーのエレクトリック・ギターは一部のギターリフが強調される場面以外では相対的に引っ込み気味。

またJETHRO TULLは今作とその前のセッションからレコーディングにシンセサイザーを導入していて、リード楽器のひとつとして違和感なく溶け込ませているのに加えて「Forest Dance」パートではメルヘンチックな空間の広がりを効果的に演出している。『デュープリズム』のフィールドBGMってちょっとこれっぽい気が。

タルは1972年のツアーからライブでEMS VCS3を導入していた(そして制御に苦労していた)が、「Forest Dance」で使用してるのは同社のSynthi AKSらしい。

 

Music & Lyrics

前作『Thick as a Brick』のオープニングがカラッと明るいフォーク調で楽曲が展開していってもある程度その乾いた感じが保たれたのに比べて、今作『A Passion Play』は短調のしっとりと薄暗い感じが全体を覆っている。ジャケットの色合いからくる印象とか、前作が高音域寄りでドライな音質だったのに比べて今作の中低音域が充実していることも影響してると思う。

 

劇仕立てなだけあって歌い出しはもっともらしく上品だが、楽曲が激しさを増していくにつれて歌詞の方も猥雑やナンセンス、道徳や宗教に対する皮肉や揶揄が矢継ぎ早に飛び出してくるように。それでもどこか品があるように思えるのはイアン・アンダーソンの歌唱によるところが大きいだろうか。

 

前作はいくつかの特徴的なメロディやフレーズが展開を明確に区切っていく構成になっていたので覚えやすくとっつきやすかったが、今作では象徴的なメロディやフレーズこそあるものの展開と展開、部分と部分の繋がりがより有機的かつ連続的で目まぐるしく変化していく

前作までは「テクニカルな演奏と捻った展開をそのまま繰り返す」みたいな部分が目に(耳に)ついたが、今作では展開を繰り返した際のアレンジの変化が楽曲をより複雑な印象にしている面があるんじゃないかと。

アルバムを通して何度か登場するメロディも前作のように「はいこのメロディを覚えておいてね〜」みたいな感じにわかりやすく提示されるものはわずかで、展開の中にごく自然に紛れ込んでいたり。

 

メンバーたちも認めるとっつきにくいアルバムではあるが、それは逆説的に制作者側が「やりすぎた」という程に中身の詰まった作品ということなわけで、むしろこれこそがJETHRO TULLのひとつの到達点であるとまで言ってしまっても過言ではないと思います。

とはいえ全米1位をとったのは内容が評価されたというより人気が高まってなに出しても売れるターンに入ってたからとしか思えないけど。

 

 

www.youtube.com

 

以下のトラック名やタイムスタンプはApple Musicで配信されてる同アルバムのAn Extended Performance版に準拠。

 

  • Act I Ronnie Pilgrim's Funeral: a winter's morning in the cemetery

「Lifebeats / Prelude」

奇しくも今作の数ヶ月前にリリースされたPINK FLOYD『The Dark Side of the Moon』とおなじ心音ではじまり、前奏の最後で主人公の死を表すかのようにそれが途切れる。

 

「The Silver Cord / Re-Assuring Tune」

いかにも演劇っぽい主人公の独白風な歌唱で開幕。

There was a rush along the Fulham Road. a)There was a hush in the Passion Play b)Into the Ever-Passion Play”という前奏で予告された象徴的なラインが登場し、第1幕はこのメロディの変奏が基本になる。

The Silver Cordとは臨死体験をしたひとの話によく出てくる「自分と自分の体を繋ぐ糸」のことだと思われる。

 

  • Act II The Memory Bank: a small but comfortable theatre with a cinema screen - the next morning

「Memory Bank / Best Friends」

第1幕からの流れでするっとはじまるのでここで次の幕に移ったとは気づきにくい。

第2幕はおそらく主人公が生前の行いを元に裁かれるまでの一連の場面なんだけど、イアン・アンダーソンが宗教ネタ扱うときの常としてやたら俗っぽいことに。

曲調が目まぐるしく変わっていく個人的聴きどころのひとつで、最後チャチャンって感じにひと区切りっぽく終わる。

 

「Critique Oblique」

前曲のチャチャンから食い気味にはじまるA面のクライマックスとなるヘヴィなトラックで、『A Passion Play』ツアー以降のライブでも演奏された。

いよいよ主人公の裁きがはじまるのはいいとして、なんか彼は関与してないであろう妹の初体験の話とかされたりする。

歌詞は主人公を裁く側の一人称で、いわゆる「裁きの場」がその対称となる人物の生前の行いをスクリーン上映して暴き立て観客の方々に楽しんでいただくという趣向の凝らされた場として描かれている。プライバシーポリシーが現代社会とは違うからね、仕方ないね。

劇中の人物の人生を劇になぞらえることによってジェフリー・ハモンドが演じるMax Quadが演じるRonnie Pilgrim(ただし声はイアン・アンダーソン)が演じる……といい具合に入り組んできた感じ。

最後に“There was a rush along the Fulham Road. a)There was a hush in the Passion Play”のくだりが再現してA面の流れに区切りがつく。

 

ちなみに“How does it feel to be in the play? / How does it feel to play the play? / How does it feel to be the play?”のくだりはジャケットに掲載されてる歌詞には載ってません。

 

「Forest Dance #1」

第2幕の最後だけど、むしろ幕間劇への導入となるインストパート。

 

  • The Story of the Hare Who Lost His Spectacles

ビアトリクス・ポターの『ピーター・ラビット』やケネス・グレアムの『たのしい川べ』を思い起こす、フクロウさんやイモリさんといった擬人化された畜生どもがわちゃわちゃするナンセンスもの幕間劇。

冒頭のタイトルコールはジョン・エヴァン、朗読はジェフリー・ハモンドにより、デヴィッド・パーマーがアレンジを手掛けている。ライブでの上映用に映像も制作された。

ジェフリーの朗読はランカシャー訛りで、いろいろな言葉遊びが散りばめられいてる。彼の朗読に合わせた劇伴がまた見事なんだけど、王立音楽アカデミーでリチャード・ロドニー・ベネット*3に作曲を学んだデヴィッド・パーマーにはこういう仕事はお手の物なのだろう。

 

  • Act III The business office of G. Oddie and Son - two days later

「Forest Dance #2」

第3幕の導入というより幕間劇の後奏。

2つの「Forest Dance」はベースのリズムが冒頭の心音と共通というけっこう重要そうなポイントがあるんだけど、どんな意味があるのかはさっぱりわからん。

 

「The Foot of Our Stairs」

G. Oddieってもしかして神様・・・ってコト!?

第3幕は神のビジネス・オフィスという天国に通じる階段(つまり煉獄か)で2日間を過ごした主人公がその有り様に満足せず、むしろ階段の下=地獄に落ちることを希望する場面。

音楽的にはここから「Flight from Lucifer」までひと繋がりで展開していき、どんどん移り変わっていく曲調がたのしい。

 

「Overseer Overture」

なんか急に主人公がノリノリで喋りだしたと思ったら地獄にやってきた主人公にルシファーが一席ぶってる場面なのかも。

ここから「Flight from Lucifer」は特に音楽的なハイライトだと思う。

 

  • Act IV Magus Perdé's drawing room at midnight

「Flight from Lucifer」

前曲を受けて「あっダメだわこいつ」となった主人公。

最初「地獄に落ちた主人公がそこに満足せずふたたび現実の世界で生きることを選ぶ」みたいな感じかと思ってたけど、べつに地獄堕ちはしてなくて「階段の下まで行ってルシファーさんのお話を伺ってみたけど思ってたのと違うから引き返しました」くらいの話かもしれない。

 

Time for awaking / the tea lady's / making a brew-up and / baking new bread”のくだり、主人公が行動に移ることを示すとともに、イギリスの「have a bun in the oven」という女性の妊娠をあらわすスラングを念頭に置くとなんとなく意味合いが浮かび上がってくる感じ。

Breadといえば聖体パンでキリストの復活になぞらえてあるっぽいのだけど、主人公が現実世界で死んで埋葬されたとしたらむしろ生まれ変わりとか輪廻転生的なほうが近いのでは?

 

「10:08 to Paddington / Magus Perdé / Epilogue」

前曲からクロスフェードで移行する「10:08 to Paddington」はアコギのインストで、急に「Magus Perdé」のギターリフが入ってきて何回聴いてもビクってなる。

10時8分発パディントン行きに飛び乗って一息ついた主人公を叩き起こすような感じで、Drawing Roomは応接間というより列車の特別客室を指すのかも。

 

「Magus Perdé」は物語のクライマックスであり、天国と地獄の両方をめぐった主人公がいよいよそのどちらでもなく人生を、つまりふたたび受難劇の役者となることを決断する場面なわけだけど、正直ストーリー的にはどうなってんのかよくわからない。そもそもMagus Perdéって誰……?

歌詞のなかで実際に天国や地獄といったものを扱うことで、これまでよりも率直に宗教的な価値観からの脱却とある種の人間讃歌を歌っているようにも思える。「Life Is a Long Song」にちらっと言及されるのもその一環だろうか。

 

音楽的には独特なギターリフが特徴なフルートやタンバリンが祝祭的雰囲気を盛り上げる楽曲。

一旦アコギに転じて切迫感を強める展開を挟んで3:40あたりでギターリフが再登場、しかし他の楽器に遮られるのを3回繰り返し、ぐっとテンポを落として再スタートするとこが好き。

 

最後はなんやかんやで主人公が復活を宣言、あるいは自らの人生を肯定して演奏は収束。

「Epilogue」で“There was a rush along the Fulham Road.  b)Into the Ever-Passion Play”のくだりが再現し劇の終わりを告げる。

そこから第2幕の最後とおなじ「Forest Dance」へ移行する展開に入りかけるも音楽は急転直下、フェードアウトで幕となる。

 

最後の最後、フェードアウトの最中に聞こえるジェフリー・ハモンドの叫び声は「Steve! Caroline!」と言っているらしいが、具体的になにを指しているのかは不明。

SteveはChâteau d'Hérouville Sessionsでレコーディングされ次作『WarChild』に収録された「Only Solitaire」の最後の一節“But you’re wrong, Steve. You see, it’s only solitaire”のSteveと同一人物だと思われ、どうも評論家やラジオ局への揶揄っぽい。

 

ところでこのアルバムの主人公であるロニー・ピルグリム、そもそも物語冒頭で本当に死んだのだろうか?

やむっちゃCemeteryって書かれてるんだけど、どうも「主人公が臨死体験のなかで天国と地獄の両方を見て回り、最終的に現実世界で生きることを選択して息を吹き返した」みたいに解釈したほうが話がすんなり通る気がするのですが。

その場合アルバムの最後で、主人公の心臓の鼓動をあらわすであろう低音のリズムが再現したとたん音楽が急転直下となるのも「Steve! Caroline!」の声も、どちらも主人公を看取ろうと集まった人々の驚きやひとを呼びにやる声としてするっと飲み込めるし(人名のチョイスはともかくとして)。

 

 

さてさて、今作のストーリー構築で手応えを掴んだイアン・アンダーソンは次なる試みとして映画製作に乗り出すのであったが……?

 

 

2014 An Extended Performance

A Passion Play

A Passion Play

Amazon

 

2014年にリリースされた2CD+2DVDのデジブックで、Steven Wilsonによるアルバム本編とChâteau d'Hérouville Sessions全編のリミックスを収録。

 

  • CD1:アルバム本編のSWステレオ・リミックス
  • CD2:Château d'Hérouville SessionsのSWステレオ・リミックス
  • DVD1:アルバム本編のSWステレオおよびサラウンド・リミックス+アルバム本編のフラット・トランスファー+当時のライブで使用された映像集
  • DVD2:Château d'Hérouville SessionsのSWステレオおよびサラウンド・リミックス

もうフラット・トランスファー以外ぜんぶSteven Wilson。

 

JETHRO TULLのバックカタログは2008年の『This Was』以降Collector's Editionシリーズとして順番にリイシューされてきたが、『Aqualung』でSteven Wilsonを起用してアルバム本編のステレオおよびサラウンド・リミックスを制作して以降『Thick as a Brick』『Benefit』とそれが定番化する。

そしてこの『A Passion Play:An Extended Performance』でいよいよ「Steven Wilsonによるステレオおよびサラウンド・リミックス」「Martin Webbによるメンバーを中心に当時の関係者の証言を大量に含む詳細なブックレット」「デジブックのパッケージ」というフォーマットが固まった。

それに伴い「Collector's Edition」という単語がはずされて、今作の「An Extended Performance」や『Stand Up』の「The Elevated Edition」など、それぞれのアルバムに合わせた表現が使われるようになった。

つまり厳密にはこのリリースがファンの間でリミックス・シリーズとか呼ばれる一連のリリースの最初の1つということになるのです。

 

Stereo & Surround Remix

先に触れておくべきこととして、Steven Wilsonの手掛けた今作のリミックスは一連のリミックス・シリーズのなかでも比較的オリジナル・ミックスからの変更点が目立つ仕上がりになっている。まあ目立つと言ってもなんか変わるほどの違いじゃないんだけど。

Steven Wilson本人がブックレット内の記事で経緯に触れているのでここではさらっと流すが、ようするに今作にネガティブな印象を持っていたイアン・アンダーソンが大胆に手を加えてしまう提案をしてきたので、それをなんとか説得して最終的にほとんど弄らずに納得してもらえたよ的な話っぽい。

個人的には削除されたといういくつかのサックスのフレーズより「The Story of the Hare Who Lost His Spectacles」内のオリジナルだとA面が終わる部分で鳴るシンセの音と、「Flight from Lucifer」の歌詞で言うと“baking new bread”直後にメンバーの誰かがあげる声の2箇所が消されているのが「あれ?」ってなる。

さらに「The Foot of Our Stairs」には今回のリミックスで追加されたパートがあり50秒程度長くなった。オリジナルでは何かしらの理由でカットされていた部分がテープの変換作業の際に発見され、検討の結果本来あった場所に戻すことにしたらしい。

このカットされていた部分はがっつり歌パートなので、オリジナルでは繰り返しが多くなりすぎるみたいな判断があったのかも知れない。ブックレットに掲載されている歌詞はしっかりこの部分も文字に起こしてくれています。

 

といったところであらためてSteven Wilsonの手掛けたステレオ・リミックスは、マスター・テープより前段階のマルチトラック・テープに記録された音の鮮明さをそのまま活かしつつ、オリジナルのレイアウトやリバーブ等の処理を執拗なまでに分析し忠実に再現してある。

ただ『Thick as a Brick』やそれ以前のアルバムのリミックスはオリジナルで減衰していた高音域やカットされていた低音域が蘇ったりあるいはミックス段階で生じた歪みが取り除かれたりといった大きな変化があったが、今作に関してはむしろオリジナルのバランスの良さとサウンドの豊かさを再認識するという面があるかもしれない。

今作はオリジナルにしろリミックスにしろ、JETHRO TULLのアルバムのなかでも2インチテープ16トラック・レコーダーの、24トラックと比べて1トラックのテープ幅に余裕がある分たっぷりした太い音が録れるという、1970年代前半にレコーディングされたアルバムならではのサウンドの魅力が特に表れていると思う。ほとんど同じ条件だったはずの『Thick as a Brick』がダメなわけじゃないんだけどなんかそういう感じじゃないのはなんなんだろう。

 

サラウンド・リミックスはとても良いです。

これ以前の作品と比べてあきらかにアンサンブルの密度が上がった今作にはリア側に積極的に音を振ったレイアウトが非常に効果的で、シンプルに楽しいしステレオでは得られない没入感がこのとっつきにくいアルバムを聴き込む上での大きな助けにもなる。

とはいえ基本的にはステレオ・リミックスの発展形としてアンサンブルのバランスが変わるような組み換えやオリジナルにない新たなギミックの追加は避けるという方針自体に変わりはない。

 

Flat Transfer

前述したようオリジナル・ミックスの太くなめらかなサウンドがおそらく下手なLPやCDより良好な状態で楽しめる素敵な音源。

サイドごとに再生をはじめるときと終わるときのノイズまでそのまま入るのが好感持てる。

 

Château d'Hérouville Sessions

Château d'Hérouville Sessionsは前述の通り1972年9月に『A Passion Play』本編のレコーディングに先駆けて取り組まれ、最終的に放棄された音源たち。

これまでに『20 Years of Jethro Tull』や『Nightcap: The Unreleased Masters 1973–1991』でここからの音源がとりあげられてきたが、その際にイアン・アンダーソンはあらたにフルートをオーバーダブするとともにミキシングもより「現代的」なものに仕上げていた。

イアン・アンダーソンとしては未完成な状態の他人に晒すことを意図していない音源がそのままの形で世に出てしまうことに抵抗があったそうだが、このリリースではSteven Wilsonの説得もあってオーバーダブは取り払われ、ミキシングも『A Passion Play』リミックスと同等の、当時マルチトラック・テープに記録された音をそのまま伝えるものに模様替えされた。

Steven Wilsonも最終的に首を縦に振ってくれたイアン・アンダーソンもありがとう。ライブ音源のヴォーカルを何十年も経ってから差し替えるどこぞのミックなジャガーとかピーターなガブリエルは見習っていただきたい。GENESIS関係は言いはじめたらそれだけじゃ済まないが。

 

今回のリリースではトラック名や曲順が現存する3つのリールテープ(それぞれがレコードの1つの面に相当すると考えられる)とその箱に書かれた情報に可能な限り沿っていて、これまで未発表だった2つのトラックを含め完全収録された。

 

www.youtube.com

 

このセッションで制作されたトラックに含まれる楽曲や音形のいくつかは『A Passion Play』の原型となったほか、「Skating Away On the Thin Ice of the New Day」「Only Solitaire」の2つはデヴィッド・パーマーによる編曲が施され次作『WarChild』に収録された。

「Law of the Bungle」も次作の「Bungle in the Jungle」の原型だけど、これはあくまでアイディア元くらいな感じでほとんど別物。

またSide 3の一部はテープを切り取られ『A Passion Play』内の「The Story of the Hare Who Lost His Spectacles」に流用されたため現存しないらしい。

 

ひとつの作品群として通して聴いた感じこれはこれで『A Passion Play』に通じる意欲的な展開や逆に『A Passion Play』とは違った耳を惹く瞬間があったり、『WarChild』に拾われた2曲がやっぱりむちゃくちゃ良かったりとかはするのだけど、全体としては間延びする部分が多いというのが正直なところ。

特に『A Passion Play』では煮詰められた結果目まぐるしい展開として魅力を発揮することになる数々の要素が、後からオーバーダブを加える予定だったにしてもここでは根本的にずるずるっと持続し過ぎてしまうような印象。

仮にアルバム全曲のベーストラックを収録するところまでこぎ着けていたとしても、かなり厳しいものになっていたかあるいはやはり内容を再検討することになっていたんじゃないだろうか。

とはいえこの音源に関しては、とにかくこの歴史的なセッションをこういった形で聴くことが出来るということ自体がありがたい、内容についてあれこれ言えるのもそもそも出してもらえたからという類のリリースであり、しかもSteven Wilsonがステレオだけでなくサラウンドでもリミックス(もともとミックスダウンまで行き着かなかった音源だから厳密にはリミックスとは違う気もする)してくれているわけで、最高の条件のリリースでもってファンの間であれこれ言われ続けるこの音源に大きなひと区切りをつけてくれた、と言えるんじゃないかと。

長年語り草になっていていよいよ公式に登場したらやはりそれだけのことがある内容の充実ぶりで、でもなんか手放しで称賛できるかというと「うーん・・・」ってなる感じもつき纏うとこまで含めてTHE BEACH BOYSの『The Smile Sessions』とイメージが被る。

 

Video Clips

DVD1には当時ライブで上映するために制作された映像も収録されている。

 

「The Story of the Hare Who Lost His Spectacles」

当時のライブで実際に幕間劇として上映されたフィルムで、前後の「Forest Dance」パートも含んでいる。1973年2月頃に撮影された。

アルバム通りジェフリー・ハモンドがナレーターを務め、アルバム・ジャケットでモデルを担当したダンサーのJane Colthorpeがバレリーナその1として参加したほか、着ぐるみを纏ったタルのメンバーやRobin Black、ティーレディ姿のJaneの母親といった関係者が総出でわちゃわちゃやってる味わい深いとしか言えない映像になっている。

なんというかノリがTHE BEATLESの『Magical Mystery Tour』やモンティ・パイソンからこれを経てジョージ・ハリスン「Crackerbox Palace」*4やTHE DUKES OF STRATOSPHEAR「The Mole from the Ministry」のPVに繋がっていくようなああいう感じ。

着ぐるみの蜂さんがワイヤーで吊り上げられて飛んでいくシーンなにげにちょっと怖いなーと思ったんだけど、なかに入ってるバリモア・バーロウが飛びたがってこうなったらしい。

これ以前に1994年『25th Anniversary Video』に収録されたほか、『A Passion Play』2003年リマスターCDもエンハンスド仕様でこの映像と公演プログラムの画像が収録されていた。

ちなみに今回のブックレットにはJane Colthorpeさんへのインタビューが掲載されていて、JETHRO TULLとの一連の仕事について詳しく回想してくれている。モンティ・パイソンの『人生狂騒曲』にも出演したそうです。

 

「Opening/Closing Ballet Sequence」

ライブでの『A Passion Play』上演の最初と最後に映されたフィルムで、ジャケットの「死と再生」のイメージを映像化した感じのもの。

DVD1のアルバム本編リミックス再生時の画面もこの映像からのループになっている。

 

じつは個人的にAn Extended Performance最大の問題点はこの「DVDのリミックス本編再生時の画面」で、再生している間ずっとアルバム・ジャケットとおなじポーズのバレリーナがこちらを見続けている、しかも静止画じゃないから微妙に動いていて余計に存在感がある、というどうにも落ち着かない状態で音楽を聴くことになってしまうのです。

 

 

*1:この前に初の日本公演があった

*2:そういえばこのアーサーさんはArthur Morganというよりによってモルガンかよ!ってなるフルネーム。RDR2の主人公ってここから名前をとったんだろうか

*3:20世紀イギリスを代表する音楽家のひとりで、映画『オリエント急行殺人事件』の音楽で特に知られる

*4:これはそもそもエリック・アイドルが監督してるけど