ベートーヴェン交響曲全集 シェルヘン指揮ウィーン国立歌劇場管、ロイヤル・フィル (1950s/2020)

 

ベートーヴェン:交響曲全集/序曲集

ベートーヴェン:交響曲全集/序曲集

 

 

3月頃発売だったはずがいつの間にか延期になってたブツが最近やっと入手できたので、とりあえずファーストインプレッション的なものを……と思ってたんだけど、Amazonの「海外のトップレビュー」に表示されてるJohn Fowlerってかたのレビューに必要なことも気になったことも全部書かれててもうなにも書き足すことがない状態なので、このかたの文章を踏まえつつざっと流します。

 

 

概要

Q:これはなに?
A1:CD
A2:ベートーヴェン交響曲全集。
A3:ヘルマン・シェルヘンが1950年代にWestminsterレーベルに残したベートーヴェン交響曲全曲のモノラル録音に序曲や大フーガ、さらに50年代末にステレオで再録音された交響曲2つを加えたCD8枚組のボックスです。
各種音源は2000年代にTahra(シェルヘンの娘も運営に関わる復刻レーベル)から良好な音質のCDがリリースされていましたが、ここではDeutsche Grammophonレーベルの保有するオリジナル・テープから新たに制作されたマスターが使用されています。

ちなみにボックスのデザインは50年代当時の米Westminster盤レコードのものに準拠してる。

 

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ベルリン生まれのヘルマン・シェルヘン Hermann Scherchen(1891 - 1966)はバロックから現代音楽まで幅広く扱う指揮者であり、同時に雑誌書籍や論文、講演を通して古典の分析、現代音楽の普及や若手作曲家および指揮者の指導にも務めた人物。
レオ・ボルヒャルト、カレル・アンチェル、エルネスト・ブール、ルイジ・ノーノやレオン・シドロフスキーなどの指導者として、そしてなによりヤニス・クセナキスを支援し成功へと導いたことで知られる。

 

Westminsterは1949年ニューヨークで設立され、大戦後の政治および経済状況を時代背景にウィーンを中心としたヨーロッパ現地の演奏家たちとレコード制作を行ったレーベル。
シェルヘンはこのレーベルにまとまった(リイシューはさっぱりまとまってないが)録音を残しており、なかでもベートーヴェン交響曲はColumbiaによるブルーノ・ワルターニューヨーク・フィルハーモニックのもの、RCAによるアルトゥーロ・トスカニーニNBC交響楽団のものに次ぐ3つ目のLPレコードによる全集だった。

 

収録内容

この交響曲全集は1951年から1954年にかけて、Westminsterレーベルの音楽監督だったクルト・リストのプロデュースのもとロンドンでロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーンでウィーン国立歌劇場管弦楽団という2つのロケーションと2つのオーケストラを振り分けて制作された、んだけども。

 

まずロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団だが、オリジナルのWestminster盤にロイヤル・フィルの表記は無く、すべて「The Philharmonic Symphony Orchestra of London」やそれに類する表記になっている。契約上の都合とかでロイヤル・フィルの名前を出すわけにいかなかったらしいです。
基本的にWestminsterのレコードは指揮者がエーリッヒ・ラインスドルフでもエイドリアン・ボールトでもロイヤル・フィル関係は全部この嘘表記になってる。

 

次にウィーン国立歌劇場管弦楽団なんだけど、そもそもWestminsterレーベルにおける「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」と実際の国立歌劇場専属オーケストラが必ずしも同一のものではないらしいという問題がある。
つまりWestminsterレーベルにおけるこの表記は、タイミングやギャラ次第でその時々に集まったウィーン周辺の演奏家たちによって構成される臨時オーケストラをひとまとめに呼称したものっぽい。

基本的にはフォルクスオーパーの楽団員が中心だったそうだが、ときにウィリー・ボスコフスキーワルター・バリリといったウィーン・フィル楽団員を含む豊かな演奏のこともあれば、フォルクスオーパーとかそういうどころの話ではない悲惨な演奏のこともある。

バッハのマタイ受難曲ロ短調ミサの名演とラヴェルボレロの工夫してみたけどどうにもならなかった感漂うアレが同じ「ヘルマン・シェルヘン指揮ウィーン国立歌劇場管弦楽団」表記で並んでるのはもう笑うしかない。
レコードによってそもそもオーケストラの表記がなかったり、ウィーン交響楽団って表記されてるけどどう考えても違うだろみたいな盤もあったり(これは本当にウィーン交響楽団との録音もある上での表記ミスかもしれない)、それらが全部再発時に「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」とひとまとめにされてたり。
怒られなかったのかむしろ名前を使わせてもらってたのか、あるいは英語の「Orchestra of the Vienna State Opera」みたいな盤によってまちまちな表記に終始することで、きちんとした団体のほうの「ウィーン国立歌劇場管弦楽団 Wiener Staatsoper Orchester」とは違いますよと言外に主張してたりするのか。ほらウィーンって首都であると同時に都市単独で1つの州でもあるから、ここでのStateは「国立」じゃなく「州」って意味で、この表記はウィーン州のオペラのオーケストラってぐらいの意味しかありませんよ〜みたいな。思いつきで書いてみたけどそもそもウィーンは連合軍に分割統治されてる時期だからやっぱわからんすね。

 

第9の合唱はウィーン・アカデミー合唱団 Vienna Academy Choir とクレジットされている。ちょっと詳しいことはわからないんだけど、普通にシュターツオーパーのコーラス・アカデミーの人達かあるいはウィーン国立歌劇場管弦楽団と同じパターンだと思われる。

ソリストは、

  • Magda László:ソプラノ
  • Hildegard Rössel-Majdan:アルト
  • Petre Munteanu:テナー
  • Richard Standen:バス

となっている。

 

各曲の録音年と場所は以下の通り。

  • 1951年:6番、7番(ウィーン)
  • 1953年:9番、3番(ウィーン)
  • 1954年:2番、4番、5番、8番(ロンドン) 1番(ウィーン)

ブックレットによるとウィーンでの録音はすべてコンツェルトハウス Wiener Konzerthaus のモーツァルト・ザール Mozart-Saal 、ロンドンでの録音はウォルサムストウ・アッセンブリー・ホール Walthamstow Assembly Hall で行われている。
バランス・エンジニアは基本ウィーンがKarl WolleitnerでロンドンがHerbert Zeithammerなんだけど、なぜか3番だけウィーン録音なのにHerbertさんになっていて、これが正しいのか表記漏れなのかちょっとわからない。

 

 

今回のボックスはモノラルの交響曲全集のほかに同じくモノラル録音による序曲たぶん全曲と『大フーガ』、ステレオによるベートーヴェン最大のヒット曲として名高い『ウェリントンの勝利』とそのリハーサル音源、そしてボーナス扱いで交響曲3番と6番のステレオ再録音も併録されている。

ちなみにシェルヘンの『ウェリントンの勝利』はシュトゥットガルト放送交響楽団を指揮したリハーサルと本番の映像も残ってたり。

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『大フーガ』はフェリックス・ワインガルトナー編曲の弦楽合奏版で、オーケストラ名はイングリッシュ・バロック・オーケストラとなっているが、これもWestminsterレーベルがバロック期の音楽をレコーディングする際のお決まりの名前という以上のものではないと思われる。

 

これらの録音年と場所は

  • 1952年:レオノーレ1番、2番、3番、フィデリオ
  • 1954年:コリオラン、シュテファン王、プロメテウスの創造物、アテネの廃墟、献堂式、命名祝日、大フーガ
  • 1958年:交響曲3番、6番
  • 1960年:ウェリントンの勝利およびそのリハーサル

『大フーガ』のみウォルサムストウ・アッセンブリー・ホール録音で、他はすべてウィーン・コンツェルトハウスのモーツァルト・ザールで録音されている。
バランス・エンジニアは序曲がKarl Wolleitner、『大フーガ』とステレオ録音の3曲がHerbert Zeithammerによる。

 

『エグモント』は1953年に全曲を録音しているが、逆にそれ故か今回のボックスには収録されなかった。
シェルヘンのWestminsterへのベートーヴェン録音はほかにオラトリオ『オリーヴ山上のキリスト』と、パウル・バドゥラ=スコダをソリストとしたピアノ協奏曲全曲がある。
ピアノ協奏曲はパウル・バドゥラ=スコダのWestminster録音集に収録されてるとして、『エグモント』と『かんらん山上のキリスト』って正直こういう箱にでもまとめて放り込んでおかないとこのご時世単体ではあんまり商品になりそうにないんだけど、どうするんでしょうね……(どうする気もなさそう)。
ちなみにここまであえて触れるのを避けてましたが、『橄欖山のキリスト』は2016年にDGからリリースされた『The Art of Hermann Sherchen』というCD38枚組ボックスにも収録されています。
このボックス、そりゃ欲しいか欲しくないかで言ったら欲しいんだけど、絶妙に痒いところに手が届かない感じもあったり同じ時期に同じタイトルで同じような趣旨の27枚組ボックスがScribendumレーベルからもリリースされたりして、ふえ〜ってなってるうちに時が過ぎ去っていました。

 

演奏内容

ワルタートスカニーニ、加えてヴィルヘルム・フルトヴェングラーらのベートーヴェン交響曲の録音がともすると彼ら自身の強烈な音楽性により作品を歪めてしまっている感じがあるのに対し、シェルヘンの場合は感傷を排しスコアを突き詰めていった結果これはこれでシェルヘン自身の強烈な音楽性、徹底した構造の把握とそれを元にした時として極端ですらある描き分けによるゴツくて辛口でガシガシいく感じ、が現れているような印象。

シェルヘンはこの全集で2つのオーケストラを振り分けているが、そうした表現の方向性自体は一貫しているように思う。どの曲もしっかりとした足取りで進む演奏で、緩徐楽章などかなりじっくり取り組む場合もある。

その上で比較すると、ロイヤル・フィルの演奏の滑らかさに対してウィーン国立歌劇場管は演奏自体は基本的にちゃんとしてる(ところどころ危うい)ものの多少音色が荒めで、録音の古さも相まってゴツい印象に拍車をかけているような。

第9の4楽章はラストのアレを除いて全体的にやたら遅く、マーチでのシンバルとトライアングルがけっこうな危なっかしさでハラハラする。ソリストたちは音色的にかなり古さを感じさせるが歌唱自体はしっかりしていて、合唱も危惧したほどぐしゃぐしゃになったりはしていない。モーツァルト・ザールというちょっと小さめのロケーション(とそれに合わせた編成)が功を奏した面もあるんじゃないだろうか。

 

序曲全集や『大フーガ』は基本的に交響曲全集とおなじ方向性で演奏されている印象。なかなか珍しい楽曲まできっちり演ってくれてるのがうれしい。

 

交響曲3番と6番のステレオ再録音はどちらも旧録音と比べて演奏が全体的に速くなっている。
さらに重要なのは、ここでの3番1楽章がコーダでトランペットが「落ちる」演奏、しかもあきらかにリスナーがそれと聴き取りやすいよう意識したミキシング、になっていること。
トランペットが落ちるということは、つまり旧録音が当時の慣習通りワインガルトナー改訂版を使っていたのに比べてよりオリジナルのスコアに忠実であろうとしているということで、演奏速度が上がったのもその一環ではないだろうか。
これはトランペットの脱落が聴き取れるもっとも初期、あるいは一番最初の録音だと思われる。
シェルヘンのこの録音の後、1961年にルネ・レイボヴィッツベートーヴェンの指定した演奏速度に可能な限り忠実に従ったという録音をおこなっているが、トランペット等は往来の改訂版のままだった。
次にトランペットを落とす演奏を録音したのは1962年ピエール・モントゥー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウということになるか。

個人的にこの交響曲3番1楽章のトランペット脱落はアーノンクール盤で出会ってすごく音楽的な展開に納得して、それ以来再現部のティンパニと並んで好きなポイントだったりします。

6番は旧録音の前半2楽章がかなりじっくり行く演奏だったのと較べてだいぶ速めで、1楽章のたったか行く感じは続けて聴くとびっくりするくらい。2楽章も2分以上短くなっている。その一方で5楽章は再録音のが気持ちじっくりめでほんの少しだけ長い。

この3番と6番はステレオ初期の各パートがくっきり分離して並べられるミキシングなのだけど、前述したトランペットの脱落のように各パートが混じらないことを活かして楽曲の構造を詳らかにするような録音となっていて、演奏自体も旧録音より滑らかで充実したとても良いものになっていると思います。

ちなみに3番2楽章の前半クライマックスみたいに音量が上がる箇所でオケに気合を入れてるとおぼしきシェルヘンの掛け声がきこえる。

 

ウェリントンの勝利』は大砲や銃ではなく大太鼓とラチェットではあるが、いかにもステレオらしい左右への音の振り分けやスネアドラムの音量変化など当時としてはなかなかに趣向を凝らした録音になっている。演奏もしっかりしたもので、少なくとも例のボレロとは大違い(まだ言ってる)。

こういうGoogleのサジェストで真っ先に「ウェリントンの勝利 駄作」と出てくるような曲でも手を抜かず真っ向勝負で取り組む姿勢には好感が持てるし、そもそも自分みたいな素人が作品の出来やら好き嫌いやらにああだこうだ言えるのも、それがどんな楽曲であれまずこういうしっかりした録音を残してくれる演奏家やレーベルがいてこそなんですよね。

 

音質

今回のボックスに収録されている音源はすべてEmil Berliner StudiosでRainer Maillardによって新たにリマスタリングされている。
Tahraのものもずいぶん音質が良かったが、今回のものはそれと比較しても遜色ない優れた仕上がりだと思う。

あえて言うならTahraのがノイズ除去をちょい強めにかけてありクリアな空間にふわっと音が広がる感じなのに対し、今回のものはテープ由来のノイズを多少残してありその分キレがよく残響などの情報量的にも少々有利と言えるかもしれない。
『The Art of Hermann Sherchen』がリリースされたときなんできちんとベートーヴェン交響曲全曲をリマスタリングして収録しないのかと思ったけど、今回のボックスがすごく良い出来なので結果オーライです。

 

ピッチの問題+α

2000年代後半にTahra盤がリリースされた際、Westminsterベートーヴェン録音はピッチがおかしくTahra盤ではじめてそれが修正された、という話があった。

今回のボックスとTahra盤を較べても大半のトラックがTahra盤のが数秒ほど短く、ピッチも少し高くなっている。

おそらくマイルス・デイヴィス『Kind of Blue』の場合などと同じように録音時にテープの回転スピードが少し遅くなってしまっていて、それが今回のボックスに至るまで修正されていないということなのだろう。

ただこうした古い録音の再生速度の問題って正直自分みたいな絶対音感があるでもない素人はどこまで踏み込んだものか、またどの程度重視したものか微妙なとこではあり、この録音も単体で聴いてピッチに違和感を覚えるほどではない。

自分としてはオリジナル・リリースのピッチもそういうものとして聴きつつTahra盤のように修正されたものもそれはそれとしてありがたく拝聴させていただきたい、という両取りが基本的なスタンスではあります。

別にどっちかを残してもう一方を破棄する必要なんてないし、そもそも今となってはたいした容量のデータでもないわけですし。

 

それよりもってことはないんだけど、今回DG全集とTahra盤を聴き比べるまですごく重要なことをすっかり見落としてしまっていたことに気づいた。

すなわち、Tahra盤に収録されている交響曲3番は1951年1月録音のもので、DG全集収録の1953年10月録音のものとは異なる音源でした

つまりシェルヘンはWestminsterに3種類の交響曲3番を録音している…なんで今まで気づかなかったのか……。

Tahra盤の1951年録音ではスケルツォ楽章前半のリピートをしておらず、その結果1953年録音と比べて2分近く短くなっているので気が付きました。

 

それにしても、1951年時点ではスケルツォ楽章のリピートもしなかったシェルヘンが1958年にはテンポを速めトランペットの脱落まで行うようになっていたというのは、彼の最新の研究を演奏に反映させていく姿勢を象徴しているのではないだろうか(大げさに言ってみる)。

 

その他

John Fowlerさんが言及している通り、ブックレットに記載されている『ウェリントンの勝利』リハーサル音源の英語訳へのアドレスが間違っていて閲覧できない。正しいアドレスは以下の通り。

https://album.deutschegrammophon.com/fileadmin/redaktion/2013/westminster-legacy/pdf/Transcript-Scherchen-Rehearsal-Wellingtons-Victory.pdf

 

 

今回のボックス音源はそれぞれのディスク単品でさっそくSpotifyApple Musicで配信されているが、ボーナス扱いのステレオの3番と6番だけは除外されている。

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全部貼るのがクソめんどくさかったのでSpotifyApple Musicで全部入りプレイリスト作りました。

 

それはさておき、ステレオの3番と6番の音源自体は2001年にDeutsche Grammophonが単品リリースした際の音源が配信されているので今のところ普通に聴けます。リマスタリングはUlrich Vetteによる。

open.spotify.com

 

 

またApple Musicでは今回比較対象にしたTahraレーベルの音源も配信されているのでぜひ聴き比べてみてください。

music.apple.com

というわけでプレイリスト。

 

最後に

ざっと流すとはなんだったのかって記事になってしまった……。

 

 

2020年6月13日追記:いろいろ書き足したりしました。

 

 

GRYPHON (1973/2007)

 

 

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GRYPHONは木管、ギター、鍵盤等を駆使するいわゆるマルチ奏者のリチャード・ハーヴェイ木管奏者でヴォーカリストのブライアン・ガランドが王立音楽大学を卒業後にはじめた古楽アンサンブルに、ギタリストのグレアム・テイラーと打楽器奏者のデイヴ・オベールが加わって結成されたグループ。


1973年6月リリースのこの1stアルバムは、電気楽器を用いない本格的な古楽演奏とポップスを意識した編曲や制作手法を組み合わせ結果的にいわゆるフォーク・ロックに接近したとも言えるような内容で、楽曲面ではリコーダーとクルムホルンによる歯切れのよい木管アンサンブルや鮮やかなタッチのギターによる器楽曲と歌曲、そしておふざけ曲が並ぶ。
ここでの「ポップスを意識した」編曲や制作手法は単に楽曲構成や演奏上のものにとどまらず、ホールトーンの再現よりも最終的にミキシングで仕上げることを前提とした各楽器の録音、オーバー・ダブやフェーダーの操作を活用した表現にまで及んでおり、そうした点でたとえば同じ王立音楽大学人脈の古楽バンドであるTHE CITY WAITESなどとはあきらかな違いがある。いわゆるハイファイ型とスタジオアート型の違いってやつだろうか。
つまるところこのアルバムは、ポップス的な手法でもって古楽バンドのレコードを制作するという試みだったんじゃないだろうか。

 

プロデュースはアダム・スキーピングとローレンス・アストンのふたりによる。
アダム・スキーピングはエンジニアであると同時に自身もミュージシャンで、デイヴィッド・マンロウやクリストファー・ホグウッドのTHE EARLY MUSIC CONSORT OF LONDONにも参加していた人物。

ちなみに彼の兄弟ロデリック・スキーピングも著名なミュージシャンであり、作曲家やTHE CITY WAITESの中心メンバーとしての活動のほか弦楽器奏者としてアルフレッド・デラーのDELLER CONSORTやキース・ティペットのCENTIPEDE、ARKといったプロジェクトにも関わっている。

そもそも彼らの父親であるケネス・スキーピングがバロック音楽の専門家で王立芸術院教授、ネヴィル・マリナーのTHE ACADEMY OF ST. MARTIN-IN-THE-FIELDS団員という人物であったそうな。
スタジオでの音作りと古楽やトラディショナル・フォーク両方に精通したアダム・スキーピングという人物がこの古楽の現代的再構成とも言える作品に携わっているのは偶然ではないだろう。
一方のローレンス・アストンは基本的にマネージメントや出版関連の人物で、この時期Transatlantic Recordsのアーティストを多く担当してたっぽい。

 

録音はロンドンのRiverside RecordingsとLivingston Studiosでおこなわれ、エンジニアはアダム・スキーピング自身とニック・グレニー=スミスが担当。ニック・グレニー=スミスって映画音楽で有名な作曲家のひとだけど、こういう仕事もしてたのね。

 

 

16世紀後半に活躍した有名な作曲家アノニマスによる舞曲(みたいなことがアルバムの解説にしれっと書いてあるんです)。ケンプはシェイクスピアと同時代の喜劇俳優ウィリアム・ケンプのことらしい。

デイヴィッド・マンロウやレネー・クレメンチッチ、ヨーゼフ・ウルザーマーなど名だたる面子が録音している定番ともいえる楽曲。あとヤン・アッカーマンも演奏してたり。

ここではハキハキしたリコーダーとクルムホルンが印象的なリズムを強調した演奏で、そのリズムと間奏が追加された曲構成によって素材は全部古楽なままインスト・ポップスに通じるような仕上がりになっている。

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まったく関係ないんだけどアノニマスというと、ノートルダム楽派関連でAnonymous IVという呼び名を知った際ひとりで「これは古楽戦隊アノニマス・フォーきたな!」とか盛り上がってたんだけど、とっくの昔にANONYMOUS 4というアカペラ・グループがいらっしゃったのですね。そもそも戦隊モノで4人って微妙すぎるのでは。あとノートルダムのマスコットキャラとして「ペロたん」ってどうよとか言った記憶もある。どうもこうもあるか

本来Anonymous IVは13世紀フランスのカトリック教会において汚れ仕事を担当する裏組織、その幹部である顔も名前も不明な謎の4人組とかそういうのではなく「名無しさんその4」程度の意味です。

 

  • Sir Gavin Grimbold

19世紀アメリカの民俗学者フランシス・ジェームズ・チャイルドが採集したいわゆるチャイルド・バラッドの210番、「Bonnie George (or James) Campbell」の改作。

ヴォーカルはブライアン・ガランドで、バスーンが主導しつつソプラノ・クルムホルンが絡む木管、リズムを担当しつつ要所要所で滑らかなオブリガートのパートが入るギターの隙間にステレオの両チャンネルを飛び交うパーカッションが挿入される。

 

  • Touch and Go

グレアム・テイラーとリチャード・ハーヴェイの作曲による、ギターと深めの残響をかけられたテナー・リコーダーによる小品。

 

  • Three Jolly Butchers

イギリスの民俗学者ティーヴ・ラウドが1970年頃にはじめた個人的なインデックスに端を発する、25,000曲におよぶ英語による民謡のデータベース Roud Folk Song Index の17番「The Three Butchers」。

ここでは訛りを極端に強調した肉屋役とナレーター役によるはっちゃけた感じのトラックになっていて、なんとなく油断しがちだけど曲調の変化がわりと凝っている。

ちなみにRoud Folk Song Indexはヴォーン・ウィリアムズ記念図書館の公式サイトで検索および閲覧できます。

Vaughan Williams Memorial Library - Welcome to the Vaughan Williams Memorial Library

 

  • Pastime with Good Company

ヘンリー8世の作曲として有名だが、このアルバムの解説でも触れているように実際にはフランスの歌曲に英語の歌詞をのせたものという説もある。

前述したRoud Folk Song Indexの印刷物版であるRoud Broadside Indexにも収録(V9345)。

ここでは歌を省いてリコーダーとクルムホルンのアンサンブルを中心としたアレンジに仕上げているので、あるいはヘンリー8世成分がなくなってるかもしれない。

太鼓とハープシコード、バス・クルムホルンをバックに、1番はリコーダー独奏、2番はリコーダーが伴奏にまわりクルムホルンがリード、3番はリコーダーの多重録音による合奏という、リチャード・ハーヴェイの高い演奏能力と共にスタジオ録音だからこそ可能なアンサンブルのバリエーションの幅広さを示すトラックとなっている。

 

  • The Unquiet Grave

チャイルド・バラッド78番(ラウド51番)だが、主題となる旋律はヴォーン・ウィリアムズによる5つのヴァリアントで有名なチャイルド・バラッド56番(ラウド477番)「Dives and Lazarus」のもの。

ヴォーカルはデイヴ・オベールにより、歌詞に合わせてヴォーカルの位相に変化を加えている。

クルムホルン合奏によるイントロからスチール弦ギターとパーカッションに導かれつつ歌に入り、2番でバスーン、3番でクラシック・ギターが伴奏に加わる。パーカッションの響きと共に一旦静まりしばらくバスーンが呻き、次第に調性がもどってきてオルガンが湧き上がり4番へ。4番はそのままオルガンとハープシコードとなり5番でもそれが維持されるものの、歌は途中で終わりバスーンが旋律を引き継いでこれが実質的な後奏となり終了。歌パートが5回の繰り返しによって成り立っている楽曲なので、これがGRYPHON版5つのヴァリアントみたいな意図もあるのかも知れない。

巧みな演奏やアンサンブル、そしてバスーンの間奏や後奏に加えられた残響によって幽玄な雰囲気を醸し出しておりこのアルバムのなかでもシリアスな曲調といえなくもないが、むしろ他のトラックにおけるクルムホルンの音色が、どうも自分の耳に本来楽曲が意図している以上にユーモラスに聴こえてしまうという面があるようにも思える。

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  • Estampie

エスタンピー。英語では「Estampee」と発音し、これ自体は13、14世紀ヨーロッパにおけるダンスと楽式の両方を指す言葉らしい。

この曲自体に特定のタイトルはなく、表記は「Estampie」「English Dance」「English Estampie」などまちまち。たとえばリコーダー奏者のグレアム・デリックが主宰するESTAMPIEというそのまんまなネーミングのアンサンブルなどの録音がある。

このアルバムではB面1曲目のいわゆる盛り上げ担当。そもそもエスタンピー自体そういうノリだろうし。

5分40秒程度とアルバム中もっとも演奏時間が長く、バス・クルムホルンにはじまりパーカッションやバスーンのソロ・パートを含むハイライトのひとつとなっている。バスーンはなんかどこぞの虹がどうとかいう曲のメロディを混ぜてるような。

特に終盤の、トラッド演奏でのお約束的な加速していくリコーダーの演奏がすさまじい。こういうどんどん演奏が速くなってくやつってなにか呼び方があるんじゃないかと思うんだけどずっとわからないままになってるんですよね。

そういえばマイク・オールドフィールドが『Tubular Bells』ラストで「Sailor's Hornpipe」をどんどん速くしていくやつを演ってたけど、それを受けてなのかなんなのかGRYPHONもライブで同曲をとりあげていて、しかもマイク・オールドフィールドなんて目じゃねーぜとでも言うかのようにがんがんに加速していってるブートかなにかの録音を聴いた覚えがある。

 

  • Crossing the Stiles

グレアム・テイラーによるギター独奏曲。

Styleは様式だけどStileだと踏み越し段(牧場とかの柵を人間だけ越えられるようにするための踏み段)。

 

  • The Astrologer

ラウド1598番。

ハープシコードはブライアン・ガランドで、リチャード・ハーヴェイがデスカント、トレブル、テナーのリコーダー3本によるひとり合奏を行っている。正直ソプラノとデスカントとトレブルが具体的にどう違うのかよくわかってません。

 

  • Tea Wrecks

13世紀頃のエスタンピーをもとにした、3本のリコーダー(ソプラノ、デスカント、テナー)とグロッケンシュピールの伴奏による小品。

前曲と同じリコーダーをソプラノとかトレブルとか表記変えてるだけな気がしないでもない。なおそうでなくとも楽器クレジットは完全に遊んでる。

 

  • Juniper Suite

本アルバムにおいて唯一作曲クレジットがGRYPHONとなっている、グループ全員による作品。楽曲解説もメンバー4人がそれぞれコメントを寄せる形になっている。タイトルはアメリカのJuniper Valley Park、ではなくロンドン近郊のサリー州にあるJuniper Valleyという土地に由来するらしい。

目まぐるしく移り変わる展開とそれにあわせて切り替えられる楽器の数々が特徴的で、5分に満たないがけっこうな聴き応えがある。

このアルバム全体に言えることだが、こうした楽器の使い分けとそれを簡単に聴き分けられる各楽器の響きが混ざらない整然とした音の配置もスタジオ制作の利点を活かしたもの。逆に言えば、ライブではリコーダーやクルムホルンは2本まででダブルトラックにもできず楽器の持ち替えもここまで素早くはいかないので、どうしてもスタジオ録音と比べてサウンドが薄くて演奏も慎重ということになってしまうのは致し方ないのだろう。

ブライアン・ガランドはバスとテナーのクルムホルンにバスーン、デイヴ・オベールが太鼓とパーカッション類、グレアム・テイラーはハープシコードとオルガンとスチール弦ギターを担当。そしてリチャード・ハーヴェイはデスカント・リコーダー、アルト・クルムホルン、クラシック・ギターマンドリンそしてオルガンを使い分けている。

あとデイヴ・オベールの奥さんがトライアングルで参加してるらしい。

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  • The Devil and the Farmer's Wife

チャイルド278番「The Farmer's Curst Wife」。

「Three Jolly Butchers」以上にはっちゃけ気味な悪魔が来りてなんか言ってるやつで、最後は急に合唱になってラグタイムからの缶からでも叩いたようなどこかで聞き覚えのある音で締め。楽器クレジットにある「Tea Pot」ってこれのことだろうか。ホーロー製のポットをスティックでぶっ叩くとこんな音になったり?

なおその楽器クレジットはブライアン・ガランドに侵食されてる(これだけ読んでももはや伝わらないだろ)。

 

 

 

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Transatlantic、TRA 262。マトリクスはA面が手書きで末尾「3E」、B面が機械打ちで末尾「2E」となっている。なんかそれぞれ2ndプレスと1stプレスみたいな但し書きがついて2枚売ってたお店でちょいお高めな1stの方をえいやっと買った記憶があるんだけど、Discogsを見たらふつうに両面「1F」の盤があるっぽいですね。あるっぽいですね。

正直はじめて再生したときは音割れとサーフェイスノイズがひどくてガッカリだったんだけど、根気よく、というより未練がましく洗ったり再生したりを繰り返してるうちに気がつくと別段不満もなく聴けるようになっていた。

 

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エンボス加工の施されたゲートフォールド・ジャケットで、見開きにはユーモアを交えた楽曲解説とそれぞの担当楽器が掲載されている。ただ羽根ペンの手書き文字は判読しづらくてむっちゃ疲れる。

ちなみにその羽根ペン字はちゃんと"Quill Pen: Lawrence Marks"とクレジットが載っている。

使用楽器等のクレジットには製作者等の情報もしっかりと掲載されているが、そちらもジョーク混じり。

 

 

Gryphon

Gryphon

  • アーティスト:Gryphon
  • 発売日: 2007/09/18
  • メディア: CD
 

2007年のTalking ElephantレーベルからのCDリイシュー。

Sanctuary Recordsライセンスで公式サイト等を確認した限りリマスターと明記されてはいるのだが、ブックレットにはそれ系のクレジットはまったくないので詳細はよくわからない。ついでに楽曲解説も省略されてる。

 

高音はちょっとキツめな印象もあるけど全体的にクリアなサウンドで、カッティングや盤のコンディションに大きく影響されるレコードよりこっちのほうが弱音部分から音量のピーク部分まで安定していて好ましくすらある。正直よっぽどレコード再生に投資してる人や一部の好き者以外は最初からCDやそれ以降のデジタル音源を聴いたほうがずっといいんじゃないでしょうか。

 

2016年にほぼ同じ仕様でリイシューされているのでそっちのリンクを貼りたいのだが、Amazonではなぜかアダルト指定されていて貼り付けられないのでリンクだけ置いときます。Amazonくんさぁ……

https://www.amazon.co.jp/gp/product/B01A8SV7K0

 

 

配信にあるのはTalking Elephantと同じ音源と思われる。

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ハイドン:交響曲94番「驚愕」、100番「軍隊」 サヴァリッシュ指揮ウィーン響 (1961)

 

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ウォルフガング・サヴァリッシュ指揮ウィーン交響楽団によるフランツ・ヨーゼフ・ハイドン交響曲、94番ト長調「驚愕」Hob.I:94と100番ト長調「軍隊」Hob.I:100。

両曲とも1961年のおそらく4月頃に、一連のセッションで録音されたものと思われる。

 

サヴァリッシュハイドンはほかに翌62年録音の交響曲101番「時計」があるくらい。

交響曲以外だとおよそ30年後の90年代にN響と『天地創造』、バイエルン放送響と『四季』それぞれをライブ録音で残している。

 

 

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フレージングの滑らかさや各パートのエッジの柔らかさに加えてPhilips特有のふわっとした残響の感じがあるものの、テンポが快速で曲中の演出をことさら強調したりもしないので、全体としてはさっぱりとした印象になる演奏。

94番も100番も基本的な表現の方向性は一貫しているが、100番のがそれなりに派手っぽくしてる。

ただしこれはステレオの印象で、手持ちのレコードはモノラル盤です。

 

 

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日本ビクター配給時代のPhilips国内盤モノラル。マトを確認した感じ輸入原盤を使っているっぽい。

クラシックあるあるで、具体的なリリース時期がよくわからん。

 

モノラル盤はステレオでの各パートの分離の良さとか高音域低音域の広がりとかが無く響きがまろやかで、音のエッジの柔らかさや残響感がより前面に出てくる。その結果ステレオとはだいぶ印象が変わり、全体的に快速ではあるがまったりした演奏といった感じに。

なんというか、同時期のポップスやジャズが「モノラルが基本だけどステレオでも作っておく」状態だったとするとこの時期のクラシックはすでに「ステレオが基本だけどモノラルでも作っておく」状態だったと思われ、それ故か同じクラシックでも最初からモノラル前提の時期に作られたミックスよりまったりもっさりした音になっているような気がしなくもない。

ポップスやジャズの分野で当時のモノラル・ミックスが見直される一方でクラシックのステレオ盤と同時にリリースされたモノラル盤の音がほとんど顧みられないのにはそれなりの理由があるのかも。

とはいえ様々な録音やディスクのなかのひとつとしては、これはこれで楽しめるものではあります。

 

 

これらの録音は前述した翌62年の「時計」とセットで1990年頃にCD化され、Philipsが消えDeccaになってしまった現在でもそのままの状態で配信されている。なんならジャケットもそのまんまなのでそのうち消されたりしないかちょっと心配。

 

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あとこれはサヴァリッシュとはまったく関係ないんだけど、世界中が固唾を呑んでその進行を見守る今もっともアツいハイドン交響曲全集プロジェクトであるところのHAYDN2032の第8巻が今年の2月あたりにリリースされてたので貼っときます。

ハイドン交響曲63番、43番と28番の間にバルトークの『ルーマニア民族舞曲集』と作者不詳17世紀頃の『ジュクンダのソナタ』を挟むおもしろそうな構成になってるらしい。

 

 

Caravanserai / SANTANA (1972)

 

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1972年10月リリースの4作目。

レコードのA面とB面がそれぞれひと繋がりの組曲のような作りになっているアルバムで、各楽曲は単体での完成度以上にアルバム内での役割を重視した作曲および編曲がなされている。

ぱっと聴きこれ以前の3枚と今作でサウンドが大きく変わったような印象も受けるが、実際にはむしろ作曲やアレンジ面の変化、つまり前作までのソロの応酬を最大の聴かせどころとしてそれをパッケージングする手法から綿密なアレンジによる楽曲展開で聴かせる手法への変化によって、そのような印象を受けている気もする。音以上に音の配置や使われ方が変わったというか。

そういった意味では、今作はこれまでのSANTANAの音楽の諸要素を作曲的な観点から構築し直したものと見なすことができるかもしれない。このあたり今は勢いで書いてるけどちょっと経ってから読み返すと「いやぜんぜん違うだろなに聴いてたんだ俺は」みたいになる可能性が大いにあります。いつものことですが

SANTANAはデビュー作の頃から曲と曲の繋がりやアルバム全体の流れに意識的で様々な工夫をこらしていたが、本作はレコードのそれぞれの面を通して大きなクライマックスに至る楽曲構成やその内容の充実といった点でひとつのピークに達したと言えるんじゃないだろうか。

 

今作のアルバムトータルでの曲作りは同時にシングル・カットを意識しない曲作りということでもあり、実際アメリカ本国では前作の「No One to Depend On」から76年の「Europa」まで7インチのリリースが途絶えることになる。

これまでアルバムとシングル両方で順調な売上を記録してきたSANTANAの方向転換にColumbia Recordsのクライヴ・デイヴィスは難色を示したものの、結果的に今作はBillboard 200チャートで8位、R&Bチャートで6位というクロスオーバーの先駆けのような大ヒットを記録。

これを追い風に以降SANTANAというかカルロス・サンタナジョン・マクラフリンとの『Love Devotion Surrender』そして『Welcome』へと、ようするに内容的にはともかく売上の面ではクライヴ・デイヴィスの危惧したとおりの方向へと邁進することになるのでありましたとさ。

 

今作はカルロス・サンタナとマイケル・シュリーブのプロデュースのもと、1972年の2月から5月にかけてサンフランシスコのColumbia Studiosで制作された。

青のグラデーションが美しいジャケットは前作までと同じジョアン・チェイスの手によるもので、音楽性の変化に合わせてアートワークのほうもこれまでより静かな感じになっている。そういえば池田あきこ旅行記かなにかで「サンタナの青くてきれいなジャケット」みたいな記述を読んだおぼろげな記憶があるんだけど、あれはたぶん『Borboletta』の青ピカジャケじゃなくてこっちの商隊ジャケのことなんだろう。

ゲートフォールド・ジャケットの見開きにはパラマハンサ・ヨガナンダの『Metaphysical Meditations』からの引用が掲載されている。たしかジョン・アンダーソンにも来日公演中に読んだこのお方の自叙伝から『Tales from Topographic Oceans』の着想を得たというようなエピソードがあったはず。ヨガナンダってヨガなんだ、というのは思いついたけど書かずにおきます。

前作から今作にかけてのメンバーチェンジによってバンドが妙に大所帯になったり外部のミュージシャンも参加したり、さらにレコーディング中とうとうサンタナグレッグ・ローリーの対立が決定的になったりした結果各トラックの参加メンバーはまちまちで、結局見開きにトラックごとの参加ミュージシャンがクレジットされている。

ところでメンバーチェンジのいざこざで前作後のツアー中にバンドから一時カルロス・サンタナ本人が離脱する事件(狂言脱退とでも言ったものか)があったらしく、残されたニール・ショーンがひとりでがんばってる「サンタナのいないSANTANA」のライブ録音がブートで出回ってたりもするそうな。

 

  • Song of the Wind

虫の鳴き声から静かにはじまったA面が次第に熱を帯びてきた頃合いに一旦引きつつ登場するギター・ソロ曲。滑らかに歪んだギターの音色と旋律が心地良い。

カルロス・サンタナニール・ショーンのふたりがギターとしてクレジットされていて、この一連のソロのどこをどっちが弾いているのか、あるいはどっちかが大半を弾いているのかさっぱり見当がつかない。

マイケル・シュリーブのインタビューによるとふたりはパンチインなどテープ編集を繰り返してこのギター・ソロを作り上げたらしく、そういった意味では重要なのはこれがスタジオで練り上げられた完璧なギター・ソロであるということであって、だれがどこを弾いているかなんてことは取るに足らない些事であるとも言えるかもしれない。

関係ないけど自分はSANTANAをちゃんと聴きはじめるのが遅かったので、ミック・テイラーのストーンズ時代の名ギター・ソロ「Time Waits for No One」を「サンタナ風」と言われてもいまいちピンとこなかったりした。

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A面クライマックス担当らしく、名前負けしない壮大さと奇妙さを兼ね備えた楽曲。

妙にもやもやした湿度高そうな音、へなへなヴォーカル、イントロのシュワシュワいってる音、1度目のサビっぽい部分の後イントロが再現して2度目のサビが来るかと思いきや違う歌メロが出てきて急上昇しそのあと結局1度目のサビっぽいのは出てこない構成、スラップ・ベース、オルガン・ソロ、ギター・ソロにくっついてくるピロピロしたギター、愛、宇宙、なんかいろいろ……

 

  • Stone Flower

アントニオ・カルロス・ジョビンの楽曲にヴォーカルをのせ、オリジナルの曲調そのものは保ちつつストレートに仕上げたもの。

原曲があらためて聴くとわりと重さのあるサウンドで編曲にもクセがあって、SANTANA版のがむしろスッキリしてるような気もする。


Antônio Carlos Jobim - Stone Flower

原曲。直接貼り付けられないのでリンクだけ

 

 

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手持ちは1974年の国内再発クアッド盤で、たぶんマト自体は初版から変わっていない。なお初版は被せ帯だった模様。

 

今作は(少なくともアメリカでは)まずステレオ盤がリリースされ、その後73年にはいってからSQ方式のQuadraphonic盤がリリースされたものと思われる。

ステレオ・ミックスのエンジニアはGlen KolotkinとMike Larnerで、クアッド・ミックスはLarry Keyes監修のもとGlen Kolotkinがミキシングを手掛けた。

 

日本でのリリースがよくわからないんだけど、あるいは最初からQuadraphonicでも出されていたのかも。

米Columbia Recordsの4ch盤がオリジナルのアートワークを金枠で縁取ったジャケットなのに対して、日CBS/Sony盤のアートワークは銀ジャケとか呼ばれるらしいなんというかマットな表面の銀紙に印刷したみたいな鈍く輝くジャケットになっている。

あとクアドラフォニックの解説シートとか入ってたり、ファミリーツリーみたいなのがついてたり。

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自分はかつての4chステレオを再生できる環境があるでもなくジャンク箱で見つけたこの盤をとりあえず回収して持ってるだけだったのだが、最近ふとしたはずみで聴く機会を得たりした。

マトリクス方式なのもあって定位はもやもやと曖昧だが、基本的にパーカッション・ドラム・ベースが各チャンネルに割り振られ各種ソロがフロント側、特にヴォーカルとサンタナのギター・ソロはセンターにくるスタンダードなレイアウトになってると思う。もともと軽めなサウンドのアルバムだとは思うけど、余計低音域がスカスカになってる気もする。

A面冒頭の尺八っぽいサックスはふらふらとあっちに行ったりこっちに行ったり。

ギター・ソロはけっこう生々しい音。たぶんクアッドでよくある、ステレオのように全体にエコーをかけて音を馴染ませるような作業がされていない結果の生々しさだと思う。

「Song of the Wind」終盤はステレオ・ミックスだと一旦リード・ギターが消えて後奏のギターがフェードインしてくるが、クアッド・ミックスではリード・ギターがそのまま弾き続けて後奏ギターと絡む感じになってとてもよい。

「All the Love of the Universe」はヴォーカルの音処理の関係かステレオでも他のトラックよりもやもやした感じがあるけど、マトリクス方式のクアッドではそのもやもやが強くなったような。しかもステレオでは中央に定位し強い印象を与えるエレキベースはフロント右の端の方に追いやられ、なんかもやもやに紛れて聴こえるような聴こえないようなバランスになってる。これはちょっとどうだろう。

 

関係あるけどAVアンプにこういうかつてのマトリクス方式クアッドのデコーダーをデジタルで再現したやつがおまけで搭載されたりしないもんですかね。あとAtmosに対応した新しいDolby Surroundはそれはそれでいいから、かつてのPro LogicやPro Logic IIもそれを想定したソフトがあることを鑑みて残しておいてほしい。たぶんライセンス料とかいろいろあるんだろうけど。

 

 

キャラバンサライ

キャラバンサライ

  • アーティスト:サンタナ
  • 発売日: 1999/12/18
  • メディア: CD
 

最高傑作の呼び声も高い今作はSACD元年の1999年にさっそくそのフォーマットでリリースされたがあくまでステレオ・ミックスのみ収録で、これ以降も今のところクアッド・ミックスが復刻されたりあらたにサラウンド・リミックスされたりはしていない。てっきり『Lotus』復刻盤が盛り上がったときにその流れでなんかあるかと思ったら特になかったし。

 

Caravanserai

Caravanserai

  • アーティスト:Santana
  • 発売日: 2010/06/29
  • メディア: CD
 

2003年にはおなじみLegacyからVic Anesiniのリマスター再発がされたけど、自分は持ってないのでなんとも言えない。Dynamic Range DBでDR値確認した感じ多少音圧が上げられてるものの酷いことにはなっておらず、特に問題なく聴けるんじゃないかと思います。

 

このアルバムというかSANTANAの80年代までのアルバム全般はサブスクで配信されてる音源がどういう素性のものなのかよくわからないんだけど、リマスター版だったら権利関係のクレジットがあると思うのであるいはどれもそれ以前のCDと同じ音源かもしれない。アーティスト側の強い意向とかでこういうことになってるんじゃない限り、今後しれっと追加や削除、ついでにタイトルを邦題やカタカナに変えられてこっちのApple Musicライブラリがぐちゃぐちゃになる可能性もある。

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Forever 7" / Roy Wood (1973)

 

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1973年11月16日リリース(とレーベルに表記されてる)。

ロイ・ウッドのソロとしては3枚目のシングルで、イギリスのシングル・チャートで最高8位を記録、13週にわたってチャートインし続けた。

あんまり売れ続けたもんだからWIZZARDのほうでリリースしたクリスマス向けシングル「I Wish It Could Be Christmas Everyday」と時期が被って、74年1月には一時「Forever」のが上位になったりもしたらしい。

ロイ・ウッドはTHE MOVEとWIZZARDで合計3枚のNo.1ヒットを経験しているが、ソロとしてはたぶんこれが最大のヒットなんじゃないだろうか。

 

これ以前にロイ・ウッド名義でリリースされたシングル2枚はどちらも彼の1stソロ・アルバム『Boulders』関連のものだったが、このシングルはそれらとは異なり単品リリースのみで、オリジナル・アルバムには未収録。

自分はロイ・ウッドのバイオグラフィーには疎いので、なんでこのタイミングでぽろっとソロ・シングルがリリースされたのかいまいちわからない。

たぶんずっと前に完成していながら塩漬けにされてた『Boulders』とそこからのシングル「Dear Elaine」が案外売れたからおかわりってことだったんだろうとは思うけど。

 

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「Forever」はレーベル面にわざわざ "With special thanks to Brian Wilson and Neil Sedaka for their influence" と記載しているだけあってブライアン・ウィルソンニール・セダカへのリスペクトを感じさせる楽曲。

イントロからTHE BEACH BOYSオマージュでそのまま1番はいかにもそれっぽいコーラスが続き、2番になるとコーラスもリード・ヴォーカルの音処理も変わって今度はニール・セダカ風。弦のピチカートが見事にツボを心得てる。

その後も2つの作風が互い違いに現れるようになっているが、それでいて全体的なメロディ・センスや細かい音使いは紛れもなくロイ・ウッド自身のもの。

個人的には1:05あたりからの、ギコギコな低弦が入ってきてしばらく同じ調子が続き、一旦転調を挟んで3番に入る流れが好きです。

あと0:36あたりのパートってなにか元ネタがある気がするんだけど思いつかない。

 

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B面は素敵なタイトルのインストで、レーベル面の表記によればすべての楽器をロイ・ウッド自身が手掛けている。

地中海風というのが具体的にどういうことかわからないんだけどとりあえず地中海風って印象のマンドリン3本くらいとベースとドラムのアンサンブルが中心で、中間に初期ELOを思い出す管や弦を中心にした大仰な展開が挟まる感じ。クラシックのパロディ的なメロディもちょこちょこ出てくる。

このトラック、以前は誰かがYouTubeにアップロードしてもなぜかすぐ削除されてしまってた記憶があるんだけど、さすがに正式なライセンスのもと自動生成されたクリップは消されないっぽいですね。

 

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英Harvestのプロモ盤で、両面ともマト末尾は1。

発売日と"RADIO TEESSIDE"らしきスタンプが押されてるので、なんの因果かティーズサイドのラジオ局から日本の片田舎まで流れてくるはめになったのだと思われる。

 

ロイ・ウッドのソロとしては代表的なシングルだからか、どちらのトラックもオリジナル・アルバムにこそ未収録だけどわりといろんな編集盤に入っていてなにかしら聴く機会があると思う。

とりあえずApple Musicにあったやつで言うと、

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あるいは

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の2つが有力候補になるかと。

ただし前者はEditバージョンで、フェードアウトがちょっと早い。

Discogs見た感じ当時のUS盤は3分きっかりに編集されていたっぽいので、どうせならそっちを収録すれば資料的価値があったんじゃないかと思わなくもない(けど台無しな編集の可能性もある)。