Market Square Heroes EP / MARILLION (1982)

 

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1982年10月リリース。

イギリスのアイルズベリーで結成されたバンド、MARILLIONのデビュー作。バンド名は当初トールキンの『シルマリルの物語 The Silmarillion』からとってSILMARILLIONだったが後に短くMARILLIONとあらためたそう。

7インチと12インチでリリースされ内容的に7インチはシングル、12インチはEPとなっており、手持ちはEPのみ。

 

  • フィッシュ Fish:Vocals
  • ティーブ・ロザリー Steve Rothery:Guitars
  • マーク・ケリー Mark Kelly:Keyboards
  • ピート・トレワヴァス Pete Trewavas:Bass
  • ミック・ポインター Mick Pointer:Drums

SILMARILLIONはそもそもミック・ポインターが中心となって活動していたグループで、そこにアイルランド出身のマーク・ケリーやスコットランド出身のフィッシュといったメンバーが加わっていってこの形になったようだ。

 

プロデュースは70年代にBLACK CAT BONESやPINK FAIRIESを手掛けたことで名高いデヴィッド・ヒッチコック

アートワークはマーク・ウィルキンソンにより、これ以降もアルバムやシングルのジャケットを継続して手掛けることになる。

 

 

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いかにも「グループの象徴」「ライブの定番」みたいな役割を狙った感じで、実際フィッシュ期を通してライブのクライマックスを担った。

しかしこのバージョンは全体的に音と音の隙間が目立ってスカスカで、なまじ録音がよく演奏も安定感があるせいかかえって勢いの無いやたら淡々とした仕上がりに聴こえる。

結果的に独特な空虚さや白々しさが醸し出されてもいるので、これぞまさに道化芝居とも言えるかもしれない。

ちなみに歌詞中の「Anti-Christ」という表現が引っかかってラジオ局にオンエアを拒否されたためその部分を「Battle-Priest」に差し替えたバージョンも作られたりした。

 

1984年にはやはりバンド側も出来栄えに納得していなかったのかサウンドやミキシング・バランス等を改善した再録版が制作されシングルB面となった。

MARILLIONの場合いわゆる初期衝動的なあれとか初期ならではの荒さみたいなものとは無縁で演奏能力的にはこの時点ですでに高水準で安定していて、それ故にこそスタジオ・レコーディングにおけるミキシング・バランスとかアレンジの練れてなさが目立ってしまっていた感じがあるので、そのあたりが上手くなってる再録版のほうがふつうに聴く分にはオススメです。

また再録に際して楽曲の中間部の後に「I give the peace signs...」のくだりが追加されたが、オフィシャルブートとか聴いた感じこのパート自体は82年の年末ライブごろにはすでに楽曲に組み込まれていたようだ。

 

  • Three Boats Down from the Candy

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 7インチではB面、12インチではA面2曲目収録。

叙情的なメロディやフィッシュによる演劇的な歌詞と歌いまわし、そしてスティーブ・ロザリーの朗々としたギターなど、「Market Square Heroes」よりこちらのほうがむしろ1stアルバム以降の作風に近いといえる。

こちらも「Market Square Heroes」と同じように再録版が作られた。

 

  • Grendel

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12インチのB面を占める大作で、「GENESISフォロワー」として知られる初期MARILLIONの記念碑的作品。そもそもこの1982年というタイミングでデビュー盤に17分におよぶ楽曲を収録する、というのがけっこうなチャレンジだったのでは。

作風はあきらかにGENESISの「Supper's Ready」を意識した、というより組曲的な構成やその展開からしてむしろオマージュと呼べるものになっている。

おそらく「Supper's Ready」の豊かな楽想に折からの流行であるハードロック・ヘヴィメタル的な疾走感やノリやすい明快なリズムを持ち込むというコンセプトだったのではないかと思われ、ある面ではそれに成功したんじゃないかと。

しかしその疾走感や明快さは欠点ともなっていて、特にパートからパートへの推移の肩透かしを食うような呆気なさ、本来本家譲りの盛り上がりどころな変拍子をバックにキーボードがソロをとる場面でのリズムの明快さ故の緊張感の無さなど、長尺曲ならではのダイナミズムを損なっていると言わざるを得ない面も。

結局MARILLIONが「LP片面を占める大作」をリリースしたのは今作限りで、以降は今作や「Three Boats Down from the Candy」の流れをくみつつもよりまとまりの良い洗練された楽曲を作るようになり、必然的にGENESISフォロワーという枠から離れ独自の作風を確立していくことになった。

 

歌詞は奇しくもこのEPのリリースと同時期に交通事故で死去した小説家ジョン・ガードナーの『Grendel』(1971)にインスパイアされた、叙事詩『 ベーオウルフ』で英雄ベーオウルフに討伐される怪物の視点にたったものとなっている。

この小説『Grendel』はジョン・ガードナーの代表作ともいわれ英語圏では根強い人気のある作品なようなのだけど、残念ながら現在に至るまで日本語訳は刊行されていない。

 

 

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英EMI、12EMI 5351。12インチは両面とも33回転。

45回転じゃないけど余裕のあるカッティングなこともあって十分な音質。

 

 

このEPのトラックはどれもオリジナル・アルバム未収録で、1988年のアルバム未収録曲を集めたコンピ『B'Sides Themselves』には「Market Square Heroes」「Three Boats Down from the Candy」の2曲は再録版を収録、ボーナス・ディスクに多数のレア・トラックを収録した1stアルバムの1997年リマスター盤でも「Three Boats Down from the Candy」以外は別バージョンのみでこのオリジナル・リリース版は収録されなかった。

 

その後2000年にフィッシュ時代のすべてのシングルをCDサイズで再現した12枚組ボックスセット『The Singles '82-88'』でようやくすべての音源がCD化された(んじゃないかな?)。

2009年にはこのボックスセットの内容をそのままCD3枚に詰め直した盤がリイシューされたのでずいぶん入手しやすくなった。それに今ではサブスクで聴けます。

 

SINGLES '82-'88

SINGLES '82-'88

  • アーティスト:MARILLION
  • 発売日: 2009/10/15
  • メディア: CD
 

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また2020年にリリースされた1stアルバムのDeluxe EditionではアルバムとともにこのEP全曲もあらたにリミックスのうえ収録されているのだけど、こちらは未聴なのでどんな具合かわからない。てかオリジナル・ミックスはアルバムもEPも未収録なんかこれ

 

 

メンデルスゾーンの弦楽交響曲まとめ

フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ(1809年2月3日 - 1847年11月4日(38歳没))の弦楽交響曲は、彼が12歳から14歳にかけて手掛けた一連の管楽器を伴わない弦楽合奏のための交響曲で、断章的なものを含め13作ある。
習作的な性格が強くメンデルスゾーンの生前はもちろん長いあいだ出版されず、第二次世界大戦後の1950年になってようやく楽譜が再発見され知られはじめた作品群ではあるが、どれも非常に手の込んだ魅力的なものばかり。個人的には特に4番と7番と9番と11番と12番が特に好きです(多い。

 

弦楽交響曲の第1番から6番あたりまでの流れは、メンデルスゾーンカール・フィリップエマヌエル・バッハの強い影響下からはじまり、ヨハン・セバスティアン・バッハに傾倒していく様子がよくあらわれている。
全体的にCPEバッハゆずりの、曲のテーマとなるメロディやここぞというフレーズにおける弦のユニゾンの効果的な活用、細かいパッセージによる複雑な内声部の響きに加え対位法やフーガへの並々ならぬこだわりも感じさせる、っていうかあきらかに対位法的に「こねくり回す」のにドハマりしてらっしゃる様子がうかがえる。

7番以降そうした下地を踏まえつつ、ベートーヴェンも視野に入れたハイドンモーツァルトの流れをくむスタイルが完成の域に達する。
ちなみにベートーヴェン交響曲第9番は1824年作曲、つまりこれら弦楽交響曲より後の作品で、交響曲第1番と同年である。

作品内容的にも、時期的な面からしても、この時点でのメンデルスゾーンは「ロマン派」ではなくむしろ「古典派最後期」の作曲家と言えると思う。

 

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作品

1821年(12歳)。モーツァルトがイタリア風のシンフォニアからスタートしていたのに対し、メンデルスゾーンはドイツ風であることがよくわかる、CPEバッハの弦楽交響曲と並べでも遜色のない十分立派な作品。
なお1番から6番まではすべて3楽章構成になっている。

 

1821年。第1楽章展開部や第2楽章の憂いを帯びたような短調が印象的。

 

1821年。ハイドンの疾風怒濤期の短調作品のような激しさとバロック音楽を連想する対位法的で複雑な声部の絡み合いがある。
第2楽章と第3楽章は繋げて演奏される。

 

1821年。第1楽章がGraveの序奏付きで、主題が提示されたそばから対位法的に展開される。

メンデルスゾーンの、細かいパッセージによる複雑な声部の絡み合いが続く、素直に言うと「なんかずっとぐちゃぐちゃやってる」という後年に至るまでの特徴のひとつがこの3番と4番ですでに完成されている感じがある。むしろこの時点では無邪気に声部の絡み合いを楽しんでいて、後年のように「聴衆に合わせてバランスをとる」みたいなことをしていないとも考えられるかもしれない。
これも第2楽章と第3楽章は繋げて演奏される。

 

1821年。JSバッハやヘンデルあたりの管弦楽組曲とか合奏協奏曲を思わせる。第2楽章最後の音が引き伸ばされ、そこから第3楽章が鮮やかにはじまる。

 

1821年。これもバロック風で、他の楽曲とくらべて根明な感じ。

 

1822年。初の4楽章構成で、メヌエットが入った。

第1楽章はピチカートやコーダが印象的。第3楽章のトリオはリズムの感じがなんだかベートーヴェンっぽい気がする。ちゃんとした形式がよくわかんないけど、トリオに入ると変奏が続いて結局メヌエットに戻らずに終わる。第4楽章は冒頭こそ短調だけどすぐ長調になるのがハイドンとかを連想する。そして6番までのように執拗に対位法的にこねくり回さない楽想からの怒涛のフーガ4連発、と思ってたんだけどこれ自分が3回目と認識してた部分はあくまで展開部を対位法的に進めてるだけかもしれない(素人すぎていまいち区別がついてない)。
第4楽章は未完成の別稿があるが、そちらはある種の晴れがましさのある完成稿と較べて真っ当に古典派の短調交響曲の第4楽章やってる感じがある。このあたりの判断にメンデルスゾーンの「短調の曲で明るく終わり、長調の曲で暗くなる」という傾向がすでに表れていたりするのかもしれない。

 

1822年。同年のうちに管弦楽版が作られた。

第1楽章は短調の序奏付きで、管弦楽版だと提示部途中にオーボエかなにかのちょっとギョッとする音使いがある。全体的にティンパニが元気。第4楽章はさあ皆さんお待ちかねのフーガです。

管弦楽版はもう普通に「ベートーヴェンと同時代に作られた古典派交響曲」として納得感あるやつ。

 

1823年。

第1楽章はGraveの序奏付きで、なんとなくモーツァルトっぽい魅力的な提示部からの対位法的こねくり回し。第2楽章の室内楽的な弦楽アンサンブルが美しい。第3楽章はメヌエットではなくスケルツォで、トリオにはスイス民謡の旋律が用いられている。第4楽章は提示部の調性の切り替わりやリズミカルな感じがすごくおもしろくて、そこからハイドンもやってた気がする効果的な音の引き伸ばしが入ったりしつつ、しかるのちフーガへ。コーダで急に元気になる。

ここまでの楽曲のどれもがよく作り込まれていて、なおかつリスナーを置いてきぼりにしない親しみやすさを持った優れた作品ばっかりだったけど、これはそのなかでも特筆すべき傑作だと思う。「若書き」の「ハ長調」作品というなんならそれだけで舐められそうな要素からよくぞここまで、みたいな。

 

1823年。ここまでの作品が3楽章とか4楽章構成だったのにいきなり出てくる単一楽章作品。

序奏付きのソナタ形式で、コーダがものすごい速度(「Piu presto」、つまり「できるだけ速く」ぐらいの意味か)。

本当に単一楽章の作品なのか、他の楽章がどっかいっちゃったのかよくわからないとも。

 

1823年。今度は5楽章構成だが、日本語版Wikipediaによると「第2楽章のスケルツォ『スイスの歌』には斜線が引かれており、削除したのかどうかは不明(オイレンブルク版の楽譜では全4楽章の付録として収録)」らしい。

第1楽章は序奏とコーダが印象的。問題の第2楽章にはティンパニ、シンバルとトライアングルが入る、つまり「そういう」楽章で、ハイドンの100番から29年後、そしてベートーヴェンの9番の前年にこういう試みを行っていたこと自体興味深いが、音楽的にも民謡風なメロディが魅力的で、かつ管を伴わない弦楽+打楽器類という響きがおもしろい。第5楽章提示部のフーガも効果的だけど、主題をいったん対位法的に展開してからあらためてフーガがはじまるので、ほんとお好きですねぇってなる。さらに展開部の入り口でぐっと速度を落として引き伸ばされた旋律を奏でた後、また新しい主題でフーガがはじまり次第に提示部の主題も混じってくるという。当然再現部にもフーガ。

 

1823年。ひさしぶりの3楽章構成。

第1楽章はユニゾンも強烈なGraveの序奏からあとはひたすらフーガ、それも2連発。第2楽章は長調短調をうつろう美しいAndante。第3楽章は力強いユニゾンの主題、からの〜? フーガです。フーガの終わりに挿入されるヴァイオリンとヴィオラの絡みが美しい。展開部前半のシンプルなフレーズの受け渡しが効果的。

フーガ趣味が行くとこまで行ったような作品ではあるけど、フーガに焦点を絞ったからか対位法的展開は控えめになっていて、逆にこれ以前の楽曲よりすっきりした構造になっているようにも思える。

 

1823年。単一楽章の作品だが自筆譜に番号の記載が無く、1楽章のみで未完成に終わったという説もある。そのため『交響的断章 Symphoniesatz』とも呼ばれる。

Graveの序奏からのフーガ2連発というところは前作12番の第1楽章と共通だけど、こちらはそこからさらに展開をこねくり回す。

正直これが未完だとしたら10番だって断片で、10番があれで完結してるならこれはこれで完成してるんじゃないの?とか思わんでもない。

 

おすすめの録音

この記事自体がトーマス・ファイとハイデルベルク交響楽団の弦楽交響曲を含めた『交響曲全集』を聴き進めてく際にできたメモ書きみたいなもので、楽曲に対する印象はこの録音がベースになってます。

ただこの演奏は交響曲も弦楽交響曲も分け隔てなく徹底して気合の入った表現を行い結果的にキレッキレの強烈なものに仕上がっているので、個人的にはとても気に入ってるけど合わない人には合わないとは思う。弦楽交響曲の第8番は管弦楽編曲版を収録。

 

Felix: Mendelssohn Bartholdy: Complete Symphonies

Felix: Mendelssohn Bartholdy: Complete Symphonies

  • アーティスト:Thomas Fey
  • 発売日: 2017/11/17
  • メディア: CD
 

Mendelssohn: Complete Symphonies by Heidelberger Sinfoniker & Thomas Fey on Apple Music

なんかApple Music関連の仕様が変わって今まで張ってたリンクだかボタンだかが使えなくなってる?

 

他にはミヒ・ガイックとオルフェオバロックオーケストラの録音も適度に擦弦楽器の「弦を擦る」音を活かしつつ響きに透明感があり、アンサンブルも端正で良いです。こちらはピアノの通奏低音入りで、第7番の別稿やおまけの歌曲も収録している。

 

L'Orfeo Barockorchester & Michi Gaiggの「Mendelssohn: String Symphonies, Vol. 1」をApple Musicで

L'Orfeo Barockorchester & Michi Gaiggの「Mendelssohn: String Symphonies, Vol. 2」をApple Musicで

Mendelssohn: String Symphonies, Vol. 3 (Arr. for Strings & Piano) by Margot Oitzinger, L'Orfeo Barockorchester & Michi Gaigg on Apple Music

 

 

John Cage (nova musicha n.1) (1974/2012)

 

John Cage

John Cage

  • アーティスト:Cage, John
  • 発売日: 2013/04/18
  • メディア: CD
 

 

イタリアの Cramps Records が1974年に立ち上げた前衛音楽シリーズ、nova musicha の第一弾リリース。

このシリーズはフルクサスにも参加した芸術家ジャンニ・エミリオ・シモネッティ Gianni-Emilio Simonetti が監修を手掛けており、その第一弾がフルクサスを含む当時の前衛芸術全般に多大な影響を与えたジョン・ケージの作品集というのは非常に納得感がある。

 

参加ミュージシャンはシモネッティ自身のほか、

の3人。

 

ヒダルゴとマルケッティフルクサスとも関わりの深い前衛音楽とパフォーミングアーツを中心とした芸術家グループ Zaj の創設者。

デメトリオはおそらく Cramps Records に所属する最もInternationalでPOPularなGroupであるところの AreA のヴォーカリスト。これ以前からヒダルゴやマルケッティと共同で前衛的なパフォーマンスに取り組んでいたという話もあるんだけどよくわからない。

ちなみにそのヒダルゴとマルケッティは AREA のアルバム『Crac!』収録の「Area 5」作曲者でもあります。

 

録音場所はミラノの Fono Roma で、エンジニアは Ambrogio Ferrario と Piero Bravin。アートワークは Cramps のアルバムの多くにクレジットされている al.sa sas 名義になってるんだけど、これがなにを示してるのかよくわかりません。なにかしらの芸術家集団なのかなんなのか

 

 

  • Music for Marcel Duchamp (1947)

プリペアード・ピアノ曲マルセル・デュシャンのための音楽」。

ハンス・リヒターによる映画『金で買える夢』内のデュシャンが担当するシーンのために作られた。

ヒダルゴによる演奏で、異物が挟まった弦を叩いた際の極端に残響が無くエッジの丸まった、どこかの民族楽器のようにも聴こえるモノトーンな音色とそれを強調するような音階、ダンパーから開放された他の弦が共鳴するゴウゴウとした残響が耳に残る。

 

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『金で買える夢』からのクリップ。『階段を降りる裸体 No.2』と同じ女性が階段を降りるモチーフやみんな大好き Vertigo レーベルの例のあのぐるぐる。

 

  • Music for Amplified Toy Pianos (1960)

トイ・ピアノ曲「増幅されたトイ・ピアノのための音楽」。

複数のトイ・ピアノとたぶんその時次第で集められた道具を図形楽譜に基づいて演奏してるっぽいもの。タイトルからしてその演奏をマイクで拾ってアンプを通すところまで含めて「楽曲」ということなのだろうか。

ここではシモネッティ、ヒダルゴ、マルケッティの3人による演奏で、左chからはじまって曲の進行に合わせ右chに移動していくヤギの鳴き声(が出るおもちゃ?)が印象的。

 

音と音の隙間が広く取られているせいか、聴いてると鳴らされる一つ一つの音に注意を払うことになり、特にトイ・ピアノの響きの複雑さに意識が集中したりする。

以前子供のいたずらみたいと言っている人がいたんだけど、思い返してみれば自分も子供の頃、子供なりにいろんなモノから出る音と真剣に向き合おうとした結果近いアプローチのことをやったりしていたように思う。だからどうって訳じゃないけど。

 

  • Radio Music (1956)

ラジオ・ミュージック」。

シモネッティ、ヒダルゴ、マルケッティの3人がラジオ受信機を演奏。

弦楽器3つによる合奏曲が弦楽三重奏だとするならここでの演奏はラジオ受信機三重奏とでも言うべきもので、当時のミラノで受信できたいろいろなラジオ局の音が聴ける。

考えてみるとこの楽曲をコンサートで採り上げたり録音して販売したりするのって著作権的にどういうことになるんだろう。なにかしらの曲がそれと聴き取れる形で入っちゃうとサンプリングと同じ扱いになったりでもするのだろうか。

 

  • 4'33" (In Tre Parti: 0'30"/ 2'23"/ 1'40") (1952)

4分33秒」。

おそらくジョン・ケージの作品の中でも特に演奏機会の多いもので、自分も学生時代に友人に第1楽章のみ披露したことがある。

楽器や編成の選択肢がわりと多い楽曲だが、ここではシモネッティのピアノによる演奏。

デイヴィッド・チューダーの初演に倣ってピアノの蓋の開け締めで各楽章の開始と終了を示しており、その操作音もステレオ録音を活かして楽章ごとに位相を変化させている。

このアルバムではタイトルに各楽章の演奏時間が併記されており、初演版とは微妙に異なるものの合計で4分33秒となる。

しかしここで示される演奏時間はピアノの蓋を開け始めてから締め終わるまでのものである。となるとピアノの蓋の開け締めが演奏に含まれることになり、「TACET」とは違ってしまうのではないかという気がしないでもないような、どうでもいいからさっさとこの記事書き上げてビール飲みたいような。

 

  • Sixty-Two Mesostics Re Merce Cunningham (Frammento) (1971)

マース・カニンガムにまつわる62のメソスティックス」からの断片。

メソスティックスはいわゆる「縦読み」のことで、この楽曲の譜面は縦に並んだ様々な単語から演奏者が即興で歌唱するものになっている。たぶん曲名で画像検索したほうがイメージつかみやすいと思います。

また演奏時間はひとつにつき発声部と無音部あわせて1分30秒、つまり速く歌えば歌うほど次までの無音が長くなる=そこで帳尻を合わせるという取り決めになっている、らしい。

 

このアルバムではデメトリオ・ストラトスが6つのパフォーマンスを披露している。

演奏時間はひとつにつき1分30秒を守っているものの、最後のひとつは発声部が終わったところでトラックが終了してしまうので、収録時間は結果的に8分30秒程度。最後の無音部はリスナーが各自塩梅してくれということだろうか。

デメトリオはなにせ持ち声がよくてパワフルなので聴き応えがあるが、まだこの録音の時点では後の『Metrodora』以降ほどには幅広い発声法を身に着けておらず鳴りそのものも後年(といってもほんの数年なわけだが……)ほど豊かでないことが伺えて、多少一本調子な傾向があるようにも思える。

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このアルバムはイタリアの前衛音楽の記念碑的作品で、ジャケットのキャッチーさやケージの代表的な使用楽器であるプリペアド・ピアノ、トイ・ピアノやラジオ受信機をひと通り押さえた収録曲、デメトリオ・ストラトスのネームバリューもあってか80年代末からちょくちょくCDでリイシューされている。

現状最新は2012年のイタリア盤で、同じ音源が配信もされている。詳しいクレジットがないもののおそらくリマスタリングされていて、聴いた感じ音質的には問題なし。もともとの録音品質が当時のイタリアのそれなので、特にプリペアド・ピアノ曲とトイ・ピアノ曲はより新しいものと較べてダイナミック・レンジやヒスノイズといった点で物足りない面はあると思う。

2007年にはなにをとち狂ったか(褒め言葉)日本の Strange Days Records から Cramps Label Collection の一環として紙ジャケ盤もリリースされたりした。まあ同じシリーズでコーネリアス・カーデューのアルバムとかも紙ジャケ化されたことを思えばこれはまだ普通かもしれんけど……

 

 

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ベートーヴェン交響曲全集 シェルヘン指揮ウィーン国立歌劇場管、ロイヤル・フィル (1950s/2020)

 

ベートーヴェン:交響曲全集/序曲集

ベートーヴェン:交響曲全集/序曲集

 

 

3月頃発売だったはずがいつの間にか延期になってたブツが最近やっと入手できたので、とりあえずファーストインプレッション的なものを……と思ってたんだけど、Amazonの「海外のトップレビュー」に表示されてるJohn Fowlerってかたのレビューに必要なことも気になったことも全部書かれててもうなにも書き足すことがない状態なので、このかたの文章を踏まえつつざっと流します。

 

 

概要

Q:これはなに?
A1:CD
A2:ベートーヴェン交響曲全集。
A3:ヘルマン・シェルヘンが1950年代にWestminsterレーベルに残したベートーヴェン交響曲全曲のモノラル録音に序曲や大フーガ、さらに50年代末にステレオで再録音された交響曲2つを加えたCD8枚組のボックスです。
各種音源は2000年代にTahra(シェルヘンの娘も運営に関わる復刻レーベル)から良好な音質のCDがリリースされていましたが、ここではDeutsche Grammophonレーベルの保有するオリジナル・テープから新たに制作されたマスターが使用されています。

ちなみにボックスのデザインは50年代当時の米Westminster盤レコードのものに準拠してる。

 

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ベルリン生まれのヘルマン・シェルヘン Hermann Scherchen(1891 - 1966)はバロックから現代音楽まで幅広く扱う指揮者であり、同時に雑誌書籍や論文、講演を通して古典の分析、現代音楽の普及や若手作曲家および指揮者の指導にも務めた人物。
レオ・ボルヒャルト、カレル・アンチェル、エルネスト・ブール、ルイジ・ノーノやレオン・シドロフスキーなどの指導者として、そしてなによりヤニス・クセナキスを支援し成功へと導いたことで知られる。

 

Westminsterは1949年ニューヨークで設立され、大戦後の政治および経済状況を時代背景にウィーンを中心としたヨーロッパ現地の演奏家たちとレコード制作を行ったレーベル。
シェルヘンはこのレーベルにまとまった(リイシューはさっぱりまとまってないが)録音を残しており、なかでもベートーヴェン交響曲はColumbiaによるブルーノ・ワルターニューヨーク・フィルハーモニックのもの、RCAによるアルトゥーロ・トスカニーニNBC交響楽団のものに次ぐ3つ目のLPレコードによる全集だった。

 

収録内容

この交響曲全集は1951年から1954年にかけて、Westminsterレーベルの音楽監督だったクルト・リストのプロデュースのもとロンドンでロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーンでウィーン国立歌劇場管弦楽団という2つのロケーションと2つのオーケストラを振り分けて制作された、んだけども。

 

まずロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団だが、オリジナルのWestminster盤にロイヤル・フィルの表記は無く、すべて「The Philharmonic Symphony Orchestra of London」やそれに類する表記になっている。契約上の都合とかでロイヤル・フィルの名前を出すわけにいかなかったらしいです。
基本的にWestminsterのレコードは指揮者がエーリッヒ・ラインスドルフでもエイドリアン・ボールトでもロイヤル・フィル関係は全部この嘘表記になってる。

 

次にウィーン国立歌劇場管弦楽団なんだけど、そもそもWestminsterレーベルにおける「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」と実際の国立歌劇場専属オーケストラが必ずしも同一のものではないらしいという問題がある。
つまりWestminsterレーベルにおけるこの表記は、タイミングやギャラ次第でその時々に集まったウィーン周辺の演奏家たちによって構成される臨時オーケストラをひとまとめに呼称したものっぽい。

基本的にはフォルクスオーパーの楽団員が中心だったそうだが、ときにウィリー・ボスコフスキーワルター・バリリといったウィーン・フィル楽団員を含む豊かな演奏のこともあれば、フォルクスオーパーとかそういうどころの話ではない悲惨な演奏のこともある。

バッハのマタイ受難曲ロ短調ミサの名演とラヴェルボレロの工夫してみたけどどうにもならなかった感漂うアレが同じ「ヘルマン・シェルヘン指揮ウィーン国立歌劇場管弦楽団」表記で並んでるのはもう笑うしかない。
レコードによってそもそもオーケストラの表記がなかったり、ウィーン交響楽団って表記されてるけどどう考えても違うだろみたいな盤もあったり(これは本当にウィーン交響楽団との録音もある上での表記ミスかもしれない)、それらが全部再発時に「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」とひとまとめにされてたり。
怒られなかったのかむしろ名前を使わせてもらってたのか、あるいは英語の「Orchestra of the Vienna State Opera」みたいな盤によってまちまちな表記に終始することで、きちんとした団体のほうの「ウィーン国立歌劇場管弦楽団 Wiener Staatsoper Orchester」とは違いますよと言外に主張してたりするのか。ほらウィーンって首都であると同時に都市単独で1つの州でもあるから、ここでのStateは「国立」じゃなく「州」って意味で、この表記はウィーン州のオペラのオーケストラってぐらいの意味しかありませんよ〜みたいな。思いつきで書いてみたけどそもそもウィーンは連合軍に分割統治されてる時期だからやっぱわからんすね。

 

第9の合唱はウィーン・アカデミー合唱団 Vienna Academy Choir とクレジットされている。ちょっと詳しいことはわからないんだけど、普通にシュターツオーパーのコーラス・アカデミーの人達かあるいはウィーン国立歌劇場管弦楽団と同じパターンだと思われる。

ソリストは、

  • Magda László:ソプラノ
  • Hildegard Rössel-Majdan:アルト
  • Petre Munteanu:テナー
  • Richard Standen:バス

となっている。

 

各曲の録音年と場所は以下の通り。

  • 1951年:6番、7番(ウィーン)
  • 1953年:9番、3番(ウィーン)
  • 1954年:2番、4番、5番、8番(ロンドン) 1番(ウィーン)

ブックレットによるとウィーンでの録音はすべてコンツェルトハウス Wiener Konzerthaus のモーツァルト・ザール Mozart-Saal 、ロンドンでの録音はウォルサムストウ・アッセンブリー・ホール Walthamstow Assembly Hall で行われている。
バランス・エンジニアは基本ウィーンがKarl WolleitnerでロンドンがHerbert Zeithammerなんだけど、なぜか3番だけウィーン録音なのにHerbertさんになっていて、これが正しいのか表記漏れなのかちょっとわからない。

 

 

今回のボックスはモノラルの交響曲全集のほかに同じくモノラル録音による序曲たぶん全曲と『大フーガ』、ステレオによるベートーヴェン最大のヒット曲として名高い『ウェリントンの勝利』とそのリハーサル音源、そしてボーナス扱いで交響曲3番と6番のステレオ再録音も併録されている。

ちなみにシェルヘンの『ウェリントンの勝利』はシュトゥットガルト放送交響楽団を指揮したリハーサルと本番の映像も残ってたり。

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『大フーガ』はフェリックス・ワインガルトナー編曲の弦楽合奏版で、オーケストラ名はイングリッシュ・バロック・オーケストラとなっているが、これもWestminsterレーベルがバロック期の音楽をレコーディングする際のお決まりの名前という以上のものではないと思われる。

 

これらの録音年と場所は

  • 1952年:レオノーレ1番、2番、3番、フィデリオ
  • 1954年:コリオラン、シュテファン王、プロメテウスの創造物、アテネの廃墟、献堂式、命名祝日、大フーガ
  • 1958年:交響曲3番、6番
  • 1960年:ウェリントンの勝利およびそのリハーサル

『大フーガ』のみウォルサムストウ・アッセンブリー・ホール録音で、他はすべてウィーン・コンツェルトハウスのモーツァルト・ザールで録音されている。
バランス・エンジニアは序曲がKarl Wolleitner、『大フーガ』とステレオ録音の3曲がHerbert Zeithammerによる。

 

『エグモント』は1953年に全曲を録音しているが、逆にそれ故か今回のボックスには収録されなかった。
シェルヘンのWestminsterへのベートーヴェン録音はほかにオラトリオ『オリーヴ山上のキリスト』と、パウル・バドゥラ=スコダをソリストとしたピアノ協奏曲全曲がある。
ピアノ協奏曲はパウル・バドゥラ=スコダのWestminster録音集に収録されてるとして、『エグモント』と『かんらん山上のキリスト』って正直こういう箱にでもまとめて放り込んでおかないとこのご時世単体ではあんまり商品になりそうにないんだけど、どうするんでしょうね……(どうする気もなさそう)。
ちなみにここまであえて触れるのを避けてましたが、『橄欖山のキリスト』は2016年にDGからリリースされた『The Art of Hermann Sherchen』というCD38枚組ボックスにも収録されています。
このボックス、そりゃ欲しいか欲しくないかで言ったら欲しいんだけど、絶妙に痒いところに手が届かない感じもあったり同じ時期に同じタイトルで同じような趣旨の27枚組ボックスがScribendumレーベルからもリリースされたりして、ふえ〜ってなってるうちに時が過ぎ去っていました。

 

演奏内容

ワルタートスカニーニ、加えてヴィルヘルム・フルトヴェングラーらのベートーヴェン交響曲の録音がともすると彼ら自身の強烈な音楽性により作品を歪めてしまっている感じがあるのに対し、シェルヘンの場合は感傷を排しスコアを突き詰めていった結果これはこれでシェルヘン自身の強烈な音楽性、徹底した構造の把握とそれを元にした時として極端ですらある描き分けによるゴツくて辛口でガシガシいく感じ、が現れているような印象。

シェルヘンはこの全集で2つのオーケストラを振り分けているが、そうした表現の方向性自体は一貫しているように思う。どの曲もしっかりとした足取りで進む演奏で、緩徐楽章などかなりじっくり取り組む場合もある。

その上で比較すると、ロイヤル・フィルの演奏の滑らかさに対してウィーン国立歌劇場管は演奏自体は基本的にちゃんとしてる(ところどころ危うい)ものの多少音色が荒めで、録音の古さも相まってゴツい印象に拍車をかけているような。

第9の4楽章はラストのアレを除いて全体的にやたら遅く、マーチでのシンバルとトライアングルがけっこうな危なっかしさでハラハラする。ソリストたちは音色的にかなり古さを感じさせるが歌唱自体はしっかりしていて、合唱も危惧したほどぐしゃぐしゃになったりはしていない。モーツァルト・ザールというちょっと小さめのロケーション(とそれに合わせた編成)が功を奏した面もあるんじゃないだろうか。

 

序曲全集や『大フーガ』は基本的に交響曲全集とおなじ方向性で演奏されている印象。なかなか珍しい楽曲まできっちり演ってくれてるのがうれしい。

 

交響曲3番と6番のステレオ再録音はどちらも旧録音と比べて演奏が全体的に速くなっている。
さらに重要なのは、ここでの3番1楽章がコーダでトランペットが「落ちる」演奏、しかもあきらかにリスナーがそれと聴き取りやすいよう意識したミキシング、になっていること。
トランペットが落ちるということは、つまり旧録音が当時の慣習通りワインガルトナー改訂版を使っていたのに比べてよりオリジナルのスコアに忠実であろうとしているということで、演奏速度が上がったのもその一環ではないだろうか。
これはトランペットの脱落が聴き取れるもっとも初期、あるいは一番最初の録音だと思われる。
シェルヘンのこの録音の後、1961年にルネ・レイボヴィッツベートーヴェンの指定した演奏速度に可能な限り忠実に従ったという録音をおこなっているが、トランペット等は往来の改訂版のままだった。
次にトランペットを落とす演奏を録音したのは1962年ピエール・モントゥー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウということになるか。

個人的にこの交響曲3番1楽章のトランペット脱落はアーノンクール盤で出会ってすごく音楽的な展開に納得して、それ以来再現部のティンパニと並んで好きなポイントだったりします。

6番は旧録音の前半2楽章がかなりじっくり行く演奏だったのと較べてだいぶ速めで、1楽章のたったか行く感じは続けて聴くとびっくりするくらい。2楽章も2分以上短くなっている。その一方で5楽章は再録音のが気持ちじっくりめでほんの少しだけ長い。

この3番と6番はステレオ初期の各パートがくっきり分離して並べられるミキシングなのだけど、前述したトランペットの脱落のように各パートが混じらないことを活かして楽曲の構造を詳らかにするような録音となっていて、演奏自体も旧録音より滑らかで充実したとても良いものになっていると思います。

ちなみに3番2楽章の前半クライマックスみたいに音量が上がる箇所でオケに気合を入れてるとおぼしきシェルヘンの掛け声がきこえる。

 

ウェリントンの勝利』は大砲や銃ではなく大太鼓とラチェットではあるが、いかにもステレオらしい左右への音の振り分けやスネアドラムの音量変化など当時としてはなかなかに趣向を凝らした録音になっている。演奏もしっかりしたもので、少なくとも例のボレロとは大違い(まだ言ってる)。

こういうGoogleのサジェストで真っ先に「ウェリントンの勝利 駄作」と出てくるような曲でも手を抜かず真っ向勝負で取り組む姿勢には好感が持てるし、そもそも自分みたいな素人が作品の出来やら好き嫌いやらにああだこうだ言えるのも、それがどんな楽曲であれまずこういうしっかりした録音を残してくれる演奏家やレーベルがいてこそなんですよね。

 

音質

今回のボックスに収録されている音源はすべてEmil Berliner StudiosでRainer Maillardによって新たにリマスタリングされている。
Tahraのものもずいぶん音質が良かったが、今回のものはそれと比較しても遜色ない優れた仕上がりだと思う。

あえて言うならTahraのがノイズ除去をちょい強めにかけてありクリアな空間にふわっと音が広がる感じなのに対し、今回のものはテープ由来のノイズを多少残してありその分キレがよく残響などの情報量的にも少々有利と言えるかもしれない。
『The Art of Hermann Sherchen』がリリースされたときなんできちんとベートーヴェン交響曲全曲をリマスタリングして収録しないのかと思ったけど、今回のボックスがすごく良い出来なので結果オーライです。

 

ピッチの問題+α

2000年代後半にTahra盤がリリースされた際、Westminsterベートーヴェン録音はピッチがおかしくTahra盤ではじめてそれが修正された、という話があった。

今回のボックスとTahra盤を較べても大半のトラックがTahra盤のが数秒ほど短く、ピッチも少し高くなっている。

おそらくマイルス・デイヴィス『Kind of Blue』の場合などと同じように録音時にテープの回転スピードが少し遅くなってしまっていて、それが今回のボックスに至るまで修正されていないということなのだろう。

ただこうした古い録音の再生速度の問題って正直自分みたいな絶対音感があるでもない素人はどこまで踏み込んだものか、またどの程度重視したものか微妙なとこではあり、この録音も単体で聴いてピッチに違和感を覚えるほどではない。

自分としてはオリジナル・リリースのピッチもそういうものとして聴きつつTahra盤のように修正されたものもそれはそれとしてありがたく拝聴させていただきたい、という両取りが基本的なスタンスではあります。

別にどっちかを残してもう一方を破棄する必要なんてないし、そもそも今となってはたいした容量のデータでもないわけですし。

 

それよりもってことはないんだけど、今回DG全集とTahra盤を聴き比べるまですごく重要なことをすっかり見落としてしまっていたことに気づいた。

すなわち、Tahra盤に収録されている交響曲3番は1951年1月録音のもので、DG全集収録の1953年10月録音のものとは異なる音源でした

つまりシェルヘンはWestminsterに3種類の交響曲3番を録音している…なんで今まで気づかなかったのか……。

Tahra盤の1951年録音ではスケルツォ楽章前半のリピートをしておらず、その結果1953年録音と比べて2分近く短くなっているので気が付きました。

 

それにしても、1951年時点ではスケルツォ楽章のリピートもしなかったシェルヘンが1958年にはテンポを速めトランペットの脱落まで行うようになっていたというのは、彼の最新の研究を演奏に反映させていく姿勢を象徴しているのではないだろうか(大げさに言ってみる)。

 

その他

John Fowlerさんが言及している通り、ブックレットに記載されている『ウェリントンの勝利』リハーサル音源の英語訳へのアドレスが間違っていて閲覧できない。正しいアドレスは以下の通り。

https://album.deutschegrammophon.com/fileadmin/redaktion/2013/westminster-legacy/pdf/Transcript-Scherchen-Rehearsal-Wellingtons-Victory.pdf

 

 

今回のボックス音源はそれぞれのディスク単品でさっそくSpotifyApple Musicで配信されているが、ボーナス扱いのステレオの3番と6番だけは除外されている。

open.spotify.com

music.apple.com

全部貼るのがクソめんどくさかったのでSpotifyApple Musicで全部入りプレイリスト作りました。

 

それはさておき、ステレオの3番と6番の音源自体は2001年にDeutsche Grammophonが単品リリースした際の音源が配信されているので今のところ普通に聴けます。リマスタリングはUlrich Vetteによる。

open.spotify.com

 

 

またApple Musicでは今回比較対象にしたTahraレーベルの音源も配信されているのでぜひ聴き比べてみてください。

music.apple.com

というわけでプレイリスト。

 

最後に

ざっと流すとはなんだったのかって記事になってしまった……。

 

 

2020年6月13日追記:いろいろ書き足したりしました。

 

 

GRYPHON (1973/2007)

 

 

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GRYPHONは木管、ギター、鍵盤等を駆使するいわゆるマルチ奏者のリチャード・ハーヴェイ木管奏者でヴォーカリストのブライアン・ガランドが王立音楽大学を卒業後にはじめた古楽アンサンブルに、ギタリストのグレアム・テイラーと打楽器奏者のデイヴ・オベールが加わって結成されたグループ。


1973年6月リリースのこの1stアルバムは、電気楽器を用いない本格的な古楽演奏とポップスを意識した編曲や制作手法を組み合わせ結果的にいわゆるフォーク・ロックに接近したとも言えるような内容で、楽曲面ではリコーダーとクルムホルンによる歯切れのよい木管アンサンブルや鮮やかなタッチのギターによる器楽曲と歌曲、そしておふざけ曲が並ぶ。
ここでの「ポップスを意識した」編曲や制作手法は単に楽曲構成や演奏上のものにとどまらず、ホールトーンの再現よりも最終的にミキシングで仕上げることを前提とした各楽器の録音、オーバー・ダブやフェーダーの操作を活用した表現にまで及んでおり、そうした点でたとえば同じ王立音楽大学人脈の古楽バンドであるTHE CITY WAITESなどとはあきらかな違いがある。いわゆるハイファイ型とスタジオアート型の違いってやつだろうか。
つまるところこのアルバムは、ポップス的な手法でもって古楽バンドのレコードを制作するという試みだったんじゃないだろうか。

 

プロデュースはアダム・スキーピングとローレンス・アストンのふたりによる。
アダム・スキーピングはエンジニアであると同時に自身もミュージシャンで、デイヴィッド・マンロウやクリストファー・ホグウッドのTHE EARLY MUSIC CONSORT OF LONDONにも参加していた人物。

ちなみに彼の兄弟ロデリック・スキーピングも著名なミュージシャンであり、作曲家やTHE CITY WAITESの中心メンバーとしての活動のほか弦楽器奏者としてアルフレッド・デラーのDELLER CONSORTやキース・ティペットのCENTIPEDE、ARKといったプロジェクトにも関わっている。

そもそも彼らの父親であるケネス・スキーピングがバロック音楽の専門家で王立芸術院教授、ネヴィル・マリナーのTHE ACADEMY OF ST. MARTIN-IN-THE-FIELDS団員という人物であったそうな。
スタジオでの音作りと古楽やトラディショナル・フォーク両方に精通したアダム・スキーピングという人物がこの古楽の現代的再構成とも言える作品に携わっているのは偶然ではないだろう。
一方のローレンス・アストンは基本的にマネージメントや出版関連の人物で、この時期Transatlantic Recordsのアーティストを多く担当してたっぽい。

 

録音はロンドンのRiverside RecordingsとLivingston Studiosでおこなわれ、エンジニアはアダム・スキーピング自身とニック・グレニー=スミスが担当。ニック・グレニー=スミスって映画音楽で有名な作曲家のひとだけど、こういう仕事もしてたのね。

 

 

16世紀後半に活躍した有名な作曲家アノニマスによる舞曲(みたいなことがアルバムの解説にしれっと書いてあるんです)。ケンプはシェイクスピアと同時代の喜劇俳優ウィリアム・ケンプのことらしい。

デイヴィッド・マンロウやレネー・クレメンチッチ、ヨーゼフ・ウルザーマーなど名だたる面子が録音している定番ともいえる楽曲。あとヤン・アッカーマンも演奏してたり。

ここではハキハキしたリコーダーとクルムホルンが印象的なリズムを強調した演奏で、そのリズムと間奏が追加された曲構成によって素材は全部古楽なままインスト・ポップスに通じるような仕上がりになっている。

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まったく関係ないんだけどアノニマスというと、ノートルダム楽派関連でAnonymous IVという呼び名を知った際ひとりで「これは古楽戦隊アノニマス・フォーきたな!」とか盛り上がってたんだけど、とっくの昔にANONYMOUS 4というアカペラ・グループがいらっしゃったのですね。そもそも戦隊モノで4人って微妙すぎるのでは。あとノートルダムのマスコットキャラとして「ペロたん」ってどうよとか言った記憶もある。どうもこうもあるか

本来Anonymous IVは13世紀フランスのカトリック教会において汚れ仕事を担当する裏組織、その幹部である顔も名前も不明な謎の4人組とかそういうのではなく「名無しさんその4」程度の意味です。

 

  • Sir Gavin Grimbold

19世紀アメリカの民俗学者フランシス・ジェームズ・チャイルドが採集したいわゆるチャイルド・バラッドの210番、「Bonnie George (or James) Campbell」の改作。

ヴォーカルはブライアン・ガランドで、バスーンが主導しつつソプラノ・クルムホルンが絡む木管、リズムを担当しつつ要所要所で滑らかなオブリガートのパートが入るギターの隙間にステレオの両チャンネルを飛び交うパーカッションが挿入される。

 

  • Touch and Go

グレアム・テイラーとリチャード・ハーヴェイの作曲による、ギターと深めの残響をかけられたテナー・リコーダーによる小品。

 

  • Three Jolly Butchers

イギリスの民俗学者ティーヴ・ラウドが1970年頃にはじめた個人的なインデックスに端を発する、25,000曲におよぶ英語による民謡のデータベース Roud Folk Song Index の17番「The Three Butchers」。

ここでは訛りを極端に強調した肉屋役とナレーター役によるはっちゃけた感じのトラックになっていて、なんとなく油断しがちだけど曲調の変化がわりと凝っている。

ちなみにRoud Folk Song Indexはヴォーン・ウィリアムズ記念図書館の公式サイトで検索および閲覧できます。

Vaughan Williams Memorial Library - Welcome to the Vaughan Williams Memorial Library

 

  • Pastime with Good Company

ヘンリー8世の作曲として有名だが、このアルバムの解説でも触れているように実際にはフランスの歌曲に英語の歌詞をのせたものという説もある。

前述したRoud Folk Song Indexの印刷物版であるRoud Broadside Indexにも収録(V9345)。

ここでは歌を省いてリコーダーとクルムホルンのアンサンブルを中心としたアレンジに仕上げているので、あるいはヘンリー8世成分がなくなってるかもしれない。

太鼓とハープシコード、バス・クルムホルンをバックに、1番はリコーダー独奏、2番はリコーダーが伴奏にまわりクルムホルンがリード、3番はリコーダーの多重録音による合奏という、リチャード・ハーヴェイの高い演奏能力と共にスタジオ録音だからこそ可能なアンサンブルのバリエーションの幅広さを示すトラックとなっている。

 

  • The Unquiet Grave

チャイルド・バラッド78番(ラウド51番)だが、主題となる旋律はヴォーン・ウィリアムズによる5つのヴァリアントで有名なチャイルド・バラッド56番(ラウド477番)「Dives and Lazarus」のもの。

ヴォーカルはデイヴ・オベールにより、歌詞に合わせてヴォーカルの位相に変化を加えている。

クルムホルン合奏によるイントロからスチール弦ギターとパーカッションに導かれつつ歌に入り、2番でバスーン、3番でクラシック・ギターが伴奏に加わる。パーカッションの響きと共に一旦静まりしばらくバスーンが呻き、次第に調性がもどってきてオルガンが湧き上がり4番へ。4番はそのままオルガンとハープシコードとなり5番でもそれが維持されるものの、歌は途中で終わりバスーンが旋律を引き継いでこれが実質的な後奏となり終了。歌パートが5回の繰り返しによって成り立っている楽曲なので、これがGRYPHON版5つのヴァリアントみたいな意図もあるのかも知れない。

巧みな演奏やアンサンブル、そしてバスーンの間奏や後奏に加えられた残響によって幽玄な雰囲気を醸し出しておりこのアルバムのなかでもシリアスな曲調といえなくもないが、むしろ他のトラックにおけるクルムホルンの音色が、どうも自分の耳に本来楽曲が意図している以上にユーモラスに聴こえてしまうという面があるようにも思える。

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  • Estampie

エスタンピー。英語では「Estampee」と発音し、これ自体は13、14世紀ヨーロッパにおけるダンスと楽式の両方を指す言葉らしい。

この曲自体に特定のタイトルはなく、表記は「Estampie」「English Dance」「English Estampie」などまちまち。たとえばリコーダー奏者のグレアム・デリックが主宰するESTAMPIEというそのまんまなネーミングのアンサンブルなどの録音がある。

このアルバムではB面1曲目のいわゆる盛り上げ担当。そもそもエスタンピー自体そういうノリだろうし。

5分40秒程度とアルバム中もっとも演奏時間が長く、バス・クルムホルンにはじまりパーカッションやバスーンのソロ・パートを含むハイライトのひとつとなっている。バスーンはなんかどこぞの虹がどうとかいう曲のメロディを混ぜてるような。

特に終盤の、トラッド演奏でのお約束的な加速していくリコーダーの演奏がすさまじい。こういうどんどん演奏が速くなってくやつってなにか呼び方があるんじゃないかと思うんだけどずっとわからないままになってるんですよね。

そういえばマイク・オールドフィールドが『Tubular Bells』ラストで「Sailor's Hornpipe」をどんどん速くしていくやつを演ってたけど、それを受けてなのかなんなのかGRYPHONもライブで同曲をとりあげていて、しかもマイク・オールドフィールドなんて目じゃねーぜとでも言うかのようにがんがんに加速していってるブートかなにかの録音を聴いた覚えがある。

 

  • Crossing the Stiles

グレアム・テイラーによるギター独奏曲。

Styleは様式だけどStileだと踏み越し段(牧場とかの柵を人間だけ越えられるようにするための踏み段)。

 

  • The Astrologer

ラウド1598番。

ハープシコードはブライアン・ガランドで、リチャード・ハーヴェイがデスカント、トレブル、テナーのリコーダー3本によるひとり合奏を行っている。正直ソプラノとデスカントとトレブルが具体的にどう違うのかよくわかってません。

 

  • Tea Wrecks

13世紀頃のエスタンピーをもとにした、3本のリコーダー(ソプラノ、デスカント、テナー)とグロッケンシュピールの伴奏による小品。

前曲と同じリコーダーをソプラノとかトレブルとか表記変えてるだけな気がしないでもない。なおそうでなくとも楽器クレジットは完全に遊んでる。

 

  • Juniper Suite

本アルバムにおいて唯一作曲クレジットがGRYPHONとなっている、グループ全員による作品。楽曲解説もメンバー4人がそれぞれコメントを寄せる形になっている。タイトルはアメリカのJuniper Valley Park、ではなくロンドン近郊のサリー州にあるJuniper Valleyという土地に由来するらしい。

目まぐるしく移り変わる展開とそれにあわせて切り替えられる楽器の数々が特徴的で、5分に満たないがけっこうな聴き応えがある。

このアルバム全体に言えることだが、こうした楽器の使い分けとそれを簡単に聴き分けられる各楽器の響きが混ざらない整然とした音の配置もスタジオ制作の利点を活かしたもの。逆に言えば、ライブではリコーダーやクルムホルンは2本まででダブルトラックにもできず楽器の持ち替えもここまで素早くはいかないので、どうしてもスタジオ録音と比べてサウンドが薄くて演奏も慎重ということになってしまうのは致し方ないのだろう。

ブライアン・ガランドはバスとテナーのクルムホルンにバスーン、デイヴ・オベールが太鼓とパーカッション類、グレアム・テイラーはハープシコードとオルガンとスチール弦ギターを担当。そしてリチャード・ハーヴェイはデスカント・リコーダー、アルト・クルムホルン、クラシック・ギターマンドリンそしてオルガンを使い分けている。

あとデイヴ・オベールの奥さんがトライアングルで参加してるらしい。

www.youtube.com

 

  • The Devil and the Farmer's Wife

チャイルド278番「The Farmer's Curst Wife」。

「Three Jolly Butchers」以上にはっちゃけ気味な悪魔が来りてなんか言ってるやつで、最後は急に合唱になってラグタイムからの缶からでも叩いたようなどこかで聞き覚えのある音で締め。楽器クレジットにある「Tea Pot」ってこれのことだろうか。ホーロー製のポットをスティックでぶっ叩くとこんな音になったり?

なおその楽器クレジットはブライアン・ガランドに侵食されてる(これだけ読んでももはや伝わらないだろ)。

 

 

 

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Transatlantic、TRA 262。マトリクスはA面が手書きで末尾「3E」、B面が機械打ちで末尾「2E」となっている。なんかそれぞれ2ndプレスと1stプレスみたいな但し書きがついて2枚売ってたお店でちょいお高めな1stの方をえいやっと買った記憶があるんだけど、Discogsを見たらふつうに両面「1F」の盤があるっぽいですね。あるっぽいですね。

正直はじめて再生したときは音割れとサーフェイスノイズがひどくてガッカリだったんだけど、根気よく、というより未練がましく洗ったり再生したりを繰り返してるうちに気がつくと別段不満もなく聴けるようになっていた。

 

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エンボス加工の施されたゲートフォールド・ジャケットで、見開きにはユーモアを交えた楽曲解説とそれぞの担当楽器が掲載されている。ただ羽根ペンの手書き文字は判読しづらくてむっちゃ疲れる。

ちなみにその羽根ペン字はちゃんと"Quill Pen: Lawrence Marks"とクレジットが載っている。

使用楽器等のクレジットには製作者等の情報もしっかりと掲載されているが、そちらもジョーク混じり。

 

 

Gryphon

Gryphon

  • アーティスト:Gryphon
  • 発売日: 2007/09/18
  • メディア: CD
 

2007年のTalking ElephantレーベルからのCDリイシュー。

Sanctuary Recordsライセンスで公式サイト等を確認した限りリマスターと明記されてはいるのだが、ブックレットにはそれ系のクレジットはまったくないので詳細はよくわからない。ついでに楽曲解説も省略されてる。

 

高音はちょっとキツめな印象もあるけど全体的にクリアなサウンドで、カッティングや盤のコンディションに大きく影響されるレコードよりこっちのほうが弱音部分から音量のピーク部分まで安定していて好ましくすらある。正直よっぽどレコード再生に投資してる人や一部の好き者以外は最初からCDやそれ以降のデジタル音源を聴いたほうがずっといいんじゃないでしょうか。

 

2016年にほぼ同じ仕様でリイシューされているのでそっちのリンクを貼りたいのだが、Amazonではなぜかアダルト指定されていて貼り付けられないのでリンクだけ置いときます。Amazonくんさぁ……

https://www.amazon.co.jp/gp/product/B01A8SV7K0

 

 

配信にあるのはTalking Elephantと同じ音源と思われる。

open.spotify.com