Aqualung / JETHRO TULL (1971/2011/2016)

 

Aqualung

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1971年3月19日リリース、JETHRO TULLの4thアルバム。

音楽的には前作を引き継ぎつつ、ひとつひとつの楽曲に投入する要素を絞ってより明快に仕上げた傑作。「Aqualung」「Locomotive Breath」といったハード・ロックの名曲、フォークタッチの魅力的な小曲たち、そして「My God」「Wind-Up」等のこれまでよりインパクトの強いテーマを扱いつつ音楽面の聴かせどころも用意された楽曲を含む。オリジナルのステレオ・ミックスはあんま音質よくないです。

 

  • イアン・アンダーソン Ian Anderson:Flute, Acoustic Guitar and Voice
  • クライヴ・バンカー Clive Bunker:A Thousand Drums and Percussion
  • マーティン・バー Martin Barre:Electric Guitar and Descant Recorder
  • ジョン・エヴァン John Evan:Piano, Organ and Mellotron
  • ジェフリー・ハモンド Jeffrey Hammond-Hammond:Bass Guitar, Alto Recorder and Odd Voices

 

JETHRO TULLは前作『Benefit』ののち1970年4月にMorgan Studiosで次なるアルバムのためのセッションを開始するが3曲ばかり作ったところでツアーに入り、ワイト島フェスティバルやカーネギーホール公演など、この時期のハイライトとなる充実したパフォーマンスを行った。

そしてイアン・アンダーソンはツアー終了とともにオリジナル・メンバーでベーシストのグレン・コーニックを解雇、JOHN EVAN BAND時代のバンド仲間で絵画の勉強をしていたジェフリー・ハモンドを加入させる。とうとうやりやがったなこいつ……

 

アルバムのレコーディングは1970年12月から翌1971年1月にかけて、設立されて1年に満たないIsland Studiosでおこなわれた。ちょうどLED ZEPPELINも4枚目のアルバムのレコーディングをしていて両者の間で交流があったとか。

そしてこのレコーディングがえらく難航した。エンジニアは馴染みのRobin Blackと予定が合わず、代わりにこれまでセカンド・エンジニアを務めツアーのローディーも担当したJohn Burnsを起用したものの彼はこの時点でまだ経験が浅く、慣れないスタジオでメンバーもエンジニアもはじめての16トラック録音、停電やコンソール・ルームごとの音響の違い、どうにかこうにか形にしてマスタリングのためにApple Studiosに持ち込んだらIslandで再生するのと全然違った音になってまた混乱と、苦難の連続だったらしい。

結局出来上がったアルバムは内容面の充実に対して音質はもやっとしていてどの楽器もナローレンジ、レイアウトもベースやギターが謎にちょっとずらして配置されてたりとこれぞブリティッシュ・ロックの醍醐味的なサウンドとなった。

 

ジャケットのイラストはイアン・アンダーソンの当時のパートナーであるジェニー・アンダーソンが撮影した浮浪者の写真をもとに、アメリカの画家Burton Silvermanが手掛けている。

基本的にテリー・エリスの采配のもとあつらえられたもので、イアン自身ジェニーの写真にインスピレーションを得てAqualungというキャラクターというかコンセプトを作り出したものの、ジャケットの浮浪者の容貌があきらかに彼に寄せられていることは知らなかったとか。

加えて完成したアルバムはLPのA面に“Aqualung”、B面に“My God”とそれぞれ副題がつけら、裏ジャケには両者を結びつける大仰な文章が記載されたが、このあたりについてイアンがどの程度関わっていたのだろうか。

 

 

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A1「Aqualung

ギターリフとそれに伴うアコギが猥雑さを強調する感じの、ジャケットに描かれる浮浪者Aqualung(呼吸するたびに潜水器みたいな音でも立ててるってことだろうか)の一人称歌詞ではじまり、アコースティックの引いた曲調に移って天の声的なやつが登場し、そこからテンポを上げてギターソロに突入する。このギターソロが絶品なのだけど、バックの音形が完全にBLUE ÖYSTER CULT「Astronomy」だったりすので案外これが元ネタかもしれない。

上に貼ったクリップはわりと最近になってタルの公式アカウントがアップロードしたMV。50周年だからでしょうか。

 

A2「Cross-Eyed Mary」

メロトロン! それはそうと後にIRON MAIDENがシングルB面でカバーした曲。

 

A3「Cheap Day Return」

アコギの小曲その1で、歌詞とあいまってなんとも侘しい感じ。

他の曲で言及される地名がロンドンのハムステッドなのに対しここではプレストンまで足を伸ばしていることが伺える。ちなみにイアン・アンダーソンはブラックプール出身。

 

A4「Mother Goose

リコーダーなアコースティック曲。前作『Benefit』ではどの曲もアコースティック一辺倒やハード・ロック一辺倒にならないようあれこれ手を加えてる印象だったけど、今作ではアルバムの要所になるいくつかの曲を除くとわりとひとつの曲ではひとつの調子を維持する傾向がある。

 

A5「Wond'ring Aloud」

ピアノがいい味出してる小曲。歌詞は朝チュン

 

A6「Up to Me」

フォークタッチな小曲たちのなかでも、これはちょっと塩辛い感じ。

 

 

B1「My God」

イアン・アンダーソンのフルートを大々的にフューチャーしたトラックで、フルートソロで最初激しくブロウしてると思ったらおもむろに響きを整えて合唱が入ってくるのが好き。

タイトルはよく欧米の宗教家のかたの著書名として紹介されるやつ。

 

B2「Hymn 43」

キャッチーな曲調とキャッチーな歌詞のもの。

 

B3「Slipstream」

後にビデオのタイトルになったアコースティックな小曲で、デヴィッド・パーマーによるストリングス・アレンジが秀逸。

 

B4「Locomotive Breath」

ピアノのイントロからギターが入ってきてベースがブンブンいうところはやたらかっけーのだが、そこから先これといってなにも起こらないのでかなり戸惑ったトラック。歌詞の方ではいろいろ起こってそうな様子。

 

B5「Wind-Up

ピアノとアコギでなにやら信仰の告白のようにはじまり、次第に熱量が増加していってエレキギターがフューチャーされたハードなパートに突入。

前作『Benefit』収録「For Michael Collins, Jeffrey and Me」とも共通するんだけど、「My God」にしろこの曲にしろ単純な宗教批判というよりは「既存の共同体からの疎外感」みたいなものがテーマの中心にあるように思える。その疎外感は宗教とも密接に結びついていて、そうした点がより多くの人々に訴えかけたんじゃないだろうか。

 

 

コンセプト・アルバム

イアン・アンダーソンや他のメンバーたちは一貫して否定しているが、「『Aqualung』は宗教を題材としたコンセプト・アルバムである」というような受け取られ方や評価のされ方をすることは非常に多い、あるいは多かった、らしい。

 

たしかに歌詞の内容はA面でAqualungという象徴的な「疎外された」人物が登場し天の声っぽいものまで聞こえてくるタイトル・トラックを手始めにそれぞれ内に疎外感を抱えた人々を描写していき、B面に入るとより内面とそこで当然行き当たる宗教との関係に踏み込み、最後「Wind-Up」でいよいよ核心の一端に触れる、と容易に解釈できる。

ビジュアル面でいうと寓話的なイメージを増幅させる水彩画によるイアン・アンダーソン「扮する」浮浪者のジャケット、見開きにはおなじくメンバーたちが扮する乱痴気騒ぎに興じる人々、そして裏ジャケの「Aqualung」と「My God」を結びつける聖書になぞらえた文章。

ひとつのパッケージとしてみた場合、こんだけやっといてコンセプト・アルバムじゃないと言う方がむしろ無理があるとすら思える。

なんならアルバムをそのアートワークやそこに記載された文章までアーティストから提供されたものとして信頼して目を通した好意的なリスナーほど、今作をコンセプト・アルバムとして受け取ったんじゃないだろうか?

一方でそれぞれの楽曲に音楽的な繋がりはほぼ無いと言ってよく、たんに歌詞のテーマが似たりよったりな曲を並べてみたらこうなった、というのも状況的にはそのとおり。

 

まあぶっちゃけアルバムというフォーマットが複数の楽曲を並べてそれを連続で聴いていく形になってる以上、聴く人間は編集者の意図がどうであれその楽曲間になんらかの繋がりを見いださずにはおれないわけで、そこに偶然にせよ狙ったにせよこれだけお膳立てが整ったものがお出しされたらそりゃコンセプト・アルバム認定待ったなしやろなぁ、というのが正直なところです。たぶんコンセプト・アルバムということにした方が売れると考えた誰かがいたのでしょう。

別な言い方をするなら、たとえば『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』がコンセプト・アルバムな程度にはこれだってコンセプト・アルバムだし、違う程度には違うんじゃないでしょうか。

せっかくだしコンセプト・アルバムにしといたほうが都合良さそうなとこではコンセプト・アルバムでございってことにしといて、うかつにそういう事言うと面倒くさそうな場面ではコンセプト・アルバムだなんて滅相もございませんとか言っときゃ良いんじゃないかと思わんでもないし、実際本人たちが意図したかはともかくそれに近いどっちつかずな立ち位置にうまいこと収まったような気もする。

もちろんそれは「そんなに言うなら本当の「コンセプト・アルバム」ってやつをみせてやらぁ!」みたいなノリで作られた次作『Thick as a Brick』があったうえでのものなわけだけど。

 

 

2011 40th Anniversary Collector's Edition

Aqualung: 40th Anniversary

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2011年のアルバム40周年を記念してリリースされた、1LP+2CD+DVD+BDの豪華ボックス*1

持ってないけど次のエディションとの内容の差異がすごくめんどくさいことになってるので、整理するためにこちらの内容についても触れておきます。

 

これは2008年『This Was』、2010年『Stand Up』に続く3つ目のCollector's Edition(しれっととばされる『Benefit』)で、はじめてSteven Wilsonがリミックスを担当し、ステレオだけでなくJETHRO TULLのアルバムでおそらく初となるサラウンド・リミックスまで制作された。

このリミックス作業とその仕上がりでイアン・アンダーソンの信頼を得たSteven Wilsonはこれ以降JETHRO TULLのバック・カタログのリミックスを全面的に任されることになるが、それだけでなく翌2012年にはイアンの新作ソロ・アルバム『Thick as a Brick 2』のミキシングまで担当することに。このように、このリイシューはこれ以降の一連の流れのきっかけとなった重要なプロダクトだったと言えるんじゃないだろうか。

ただしこのリイシューの段階ではSteven Wilsonにすべての裁量が委ねられていたわけではなく、Steven Wilsonが手掛けたステレオとサラウンドのリミックスを最終的にベテランエンジニアのPeter Mewがあらためてマスタリングして仕上げられている。サブスクでステレオ・リミックスを聴いた感じSteven Wilsonだったらやらない程度には音圧が上げられ、ブライトだけど多少窮屈さを感じる音質になっている。

 

収録内容

  • LP:SWステレオ・リミックスのアルバム本編
  • CD1:SWステレオ・リミックスのアルバム本編
  • CD2:Additional 1970 & 1971 Recordings
  • DVD:SWステレオ及びサラウンド・リミックス、Quadミックス
  • BD:DVDの内容に加えアルバム本編フラット・トランスファー

CD1とCD2の2枚組パッケージもリリースされ、そちらはサブスクでも配信されている。

 

 

Associated 1970 & 1971 Recordings

CD2とDVDのAssociated 1970 & 1971 Recordingsは、読んで字の如く『Aqualung』前後の1970年から1971年にかけて制作された別テイクやボツ曲、そしてEPのトラックを収録。

基本的にSteven Wilsonによってあらためてリミックスされており、一部を除いてステレオだけでなくサラウンドも制作されているが、EP『Life Is A Long Song』のB面に相当する3曲だけはオリジナル・ミックスのPeter Mewリマスターが収録された。

 

CD2-1「Lick Your Fingers Clean」

シングル曲になる予定でChrysalisのカタログナンバーまで割り振られたものの、なんか計画が流れたトラック。のちに改造手術が施され「Two Fingers」の名で『WarChild』に登場した。

 

CD2-2「Just Trying to Be」

このあとコンピ『Living in the Past』に収録されたボツ曲。1970年4月の録音だけどベース不在のアコースティック曲なのでグレン・コーニックは不参加。

 

CD2-3〜7はアルバム制作中のアーリー・テイクが中心。

これらのうちCD2-3「My God (Early Version)」は1970年4月のテイクで、グレン・コーニックによるマスター・テイクより積極的なベースが聴けるほか、中間部のアレンジも興味深い。

またCD2-5「Wind-Up (Early Version)」は1974年に制作されたQuadミックス版でなぜかマスター・テイクと間違えて使用され、後に1996年のリマスター盤CDに「Quad Version」として収録された経緯がある。

このCollector's Editionでは「My God (Early Version)」のみステレオ・リミックスだけでなくサラウンド・リミックスが制作されたが、後にAdapted Editionで「Wind-Up (Early Version)」のサラウンド・リミックスも追加された。

 

CD2-8「Wond'ring Aloud, Again (Full Morgan Version)」

1970年4月に制作されたトラックで、アルバムに収録された「Wond'ring Aloud」の初期バージョンにあたるもの。

アルバムでは2分に満たない小曲だがこちらは7分という「My God」に並ぶ長さで、もともと『Benefit』の延長線上にある手の込んだ楽曲だったその前半部だけがアルバムに採用されたことがわかる。

不採用となったこのテイクの後半部分は「Wond'ring Again」のタイトルで1972年のコンピ『Living in the Past』に収録され、このAssociated 1970 & 1971 Recordingsではじめてその全容が明かされた。

このトラックもCollector's Editionではステレオ・リミックスのみだったが、Adapted Editionであらたにサラウンド・リミックスが追加された。

 

CD2-9〜13は『Aqualung』より後、1971年9月にリリースされたEP『Life Is a Long Song』のトラック。

これらは1stアルバム以来となるSound Techniquesでレコーディングされ、ドラマーがクライヴ・バンカーからバリモア・バーロウに交代して初の作品となった。Island Studiosで痛い目にあったから懐かしのスタジオに戻ってみたとかそういうのもあるだろうか。

ここではA面の2曲がSWリミックス、B面の3曲がオリジナル・ミックスのPeter Mewリマスターで収録されているが、この後Adapted EditionではA面2曲のSWリミックスと5曲すべてのフラット・トランスファー音源という形に置き換えられた。

 

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CD2-14は恒例のUS Radio Spot。

 

 

2016 40th Anniversary Adapted Edition

Aqualung

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2016年にリリースされた40th Anniversary Adapted Editionは、先に扱った40th Anniversary Collector's Editionの内容を引き継ぎつつ、パッケージを2CD+2DVDのデジブックに変更して再発したもの。

BDがオミットされてDVDが2枚になり、収録内容の追加や音源の差し替えなどが行われている、言ってしまえば「修正版」とか「アップデート版」みたいなもの。

 

Adapted Editionでの変更点を挙げると、

 

  • Steven Wilsonによるリミックス音源のマスタリング

Collector's EditionではSteven WilsonのリミックスすべてにPeter Mewがマスタリングを行い音圧高めに仕上げていたが、このAdapted Editionではそれらのマスタリングが取り除かれSteven Wilsonがミキシングしたそのままの音源に差し替えられた。全体的に音圧低めダイナミックレンジ広めで、個人的にはCollector's Editionより好ましい音質。

 

同EPからの5曲はCollector's Editionでは2曲がSWリミックス、残り3曲がPeter Mewリマスターで収録されていたが、Adapted Editionではあらたに全曲のフラット・トランスファー音源が用意された。それに合わせてAssociated 1970 & 1971 RecordingsはSWリミックスの2曲とフラット・トランスファーの5曲両方を収録する形に変更となっている。

 

  • BDがオミットされDVD2枚に

Adapted EditionではBDがなくなったので、各種サラウンド音源のDTS-HD Master AudioがなくなりDTS 96/24とDolby Digitalのみ(つまり非可逆圧縮の音源のみ)になった。
その代わりAdapted EditionのDVDには2曲のサラウンド・リミックスとEP『Life Is A Long Song』5曲のフラット・トランスファー音源、そして「Life Is A Long Song」PV映像が追加収録された。PVは上に張ったBeat-Clubのものから映像に被せてある女性や文字を取り除いて音源をSWステレオ・リミックスに変更したもの。

 

という感じで、収録音源もちょっと増えたけどそれ以上に問題なのはそのマスタリングの違いとなっている。ついでに言うと「Steven Wilsonがミキシングしたそのままの音源」がリリースされたのは2015年のデジタルリリースが最初だけど、同時期に出た単品CD(記事の頭に貼ったやつ)のほうはPeter Mewマスターのままだったりした。

自分は最初のうちそもそも40th Anniversary Collector's Editionと40th Anniversary Adapted Editionが別のタイミングでリリースされたものだってことすらわかってなくてすごく混乱しました。ていうかこの記事を最初「いうてそこまで違いはないっすよ」くらいのノリで書いてたら変更点がぼろぼろ出てきて何回も書き直した。

 

 

以下はAdapted Editionで聴いた各種音源の所感。

 

Quad Mix

1974年にイアン・アンダーソン監修のもとRobin Blackによって制作された音源で、CD-4方式のLPのほか8トラック・カートリッジとリール・テープでリリースされた。

Aqualung」は昔のQuad盤でよくある「ほ〜ら4chですよ〜」みたいにやるために1曲目だけやたら変なミックスになってるやつでヴォーカルに変なエコーがかかってる。

Wind-Up」は上記したように別テイクで、マスター・テイクと比べて練れてない腰の軽い感じがある。オーバーダブも最低限でサウンド自体ちょっとショボい。

レイアウトは全体的にごちゃっとしていて、楽器をあっちゃこっちゃ配置した結果リズムの要になっている楽器と他の楽器のあいだのつながりが途切れてしまい、ステレオとおなじトラックからミキシングしてるはずなのにそうは思えないような箇所が散見されたり。

でも音質自体は2chステレオよりあきらかに良くて、各楽器の音の質感や量感に加えてQuadミックスでしっちゃかめっちゃかになってる結果オリジナルのステレオ・ミックスのレイアウトの微妙さから解放されてもいるのですよね。

海外の掲示板でSteven Wilsonによるリミックスがリリースされるより前の「Aqualungのベスト・バージョンはQuadリール!」みたいな書き込みを見かけた記憶があるけど、こうして聴いてみるとたしかにその意見にも一理あると思える。当時はだれにも相手にされてなかったけど(たぶんリール・テープなんて限られたひとしか聴いてなかったんだろう)。

 

Stereo Remix

一言でいうと劇的改善。オリジナルのステレオ・ミックスと比べてあきらかに音質が良く、すべての楽器のスカスカだった中低音や減衰していた高音が蘇っている。おそらくミックスダウン作業の拙さの結果ヒストリカルな響きになってたピアノがちゃんとピアノの音になっているし、パタパタポコポコとヘッドの音がするばかりだったドラムの胴鳴りが聴き取れる。

レイアウトは見事なまでにオリジナルのステレオ・ミックスを再現していて、中途半端な位置にずらされたベースまでそのまま。そりゃ弄っちゃったら全部の音の関係性にまで影響してしまうといえばそのとおりなんだけどさぁ……。

なんならこれからこのアルバム聴くひとはこっちだけ聴いときゃ十分なんじゃないでしょうか。

Associated 1970 & 1971 Recordingsのほうのステレオ・リミックスも良好です。

 

この記事を書き上げた当初続けて

ただちょっと気になるのが、後述するアルバム本編のフラット・トランスファーとあらためて聴き比べると、このステレオ・リミックスは特に高音域に妙な窮屈さというか、音が詰まった感じがあるようにも思えるんですよね。おなじSteven Wilsonが手掛けた他のアルバムのステレオ・リミックスではこういう感じは受けないんだけども。

という文章を載せてあったんですけど、じつはこれ書いてた時点でDVD収録のハイレゾ音源ばっかり聴いてCDのほうは聴いてなかったんですよね。

上記した2011年盤の「Steven WilsonのリミックスをPeter Mewがあらためてマスタリングした」という話でふと思い至ってCDやサブスクにある2011年版と2016年版それぞれのステレオ・リミックス音源と比較したりしたところ、具体的な数値で出せないあくまで印象でしかないんだけど、「Adapted EditionのDVD収録のステレオ・リミックス音源は、Collector's EditionとおなじPeter Mewマスターではないか?」という疑念が拭えなくなってきました。

でも自分の感覚ほど当てにならないものもありはしない訳でして、ちゃんと検証するにはDVDからデータ取り込んだりしなきゃならないんだけど正直しんどい。勘違いであってくれ。

 

Surround Remix

ステレオのレイアウトをとても尊重していることが伺えるリミックスで、曲によって鍵盤がリアに定位したりエレキギターやドラムの一部がリアに単身赴任してくることもあるが、基本的にかなりフロント側重点。

Quadのように各トラックを4つのスピーカーにあらためて配置し直すのではなく、ステレオのレイアウトを元にリア側にも各トラックの音が混ぜ込まれ、音同士の繋がりを維持しつつ前後感を出して重層的に配置していってる感じ。

オリジナルのステレオ・ミックスにおける音と音の間の繋がりや関係性はそのまま2つのスピーカーという制約から解き放たれているイメージで、ステレオ・リミックスで感じた妙な窮屈さもこちらには無い。

「My God」でフロント側にフルート3つ、リア側に合唱が対峙する場面とか「そうそう、こういうのが聴きたかったんです!」ってなる。

ただしQuadが「まあどうせ当時のミックスだしな〜」と逆にいいとこ探しみたいな姿勢で聴きがちなのと比べると、「この音とこの音がおなじトラックに詰め込まれてなけりゃ……」とか「そもそもなんでオリジナルのミックスはこんなちょっとずらした音の配置してんだ」みたいな歯がゆさを感じる箇所があったりもする。

「Hymn 43」は音がフロントにまとまっててステレオ・リミックスとおなじようにあんまぱっとしないし、「Wind-Up」中間部のエレキ・ギターもオリジナルのレイアウトと同じくバッキングがフロント左、ツインギターがヴォーカルに寄り添うフロント・センター寄り右に定位しててスパッと左右対称にも前後対称にもなってくれない。

Associated 1970 & 1971 Recordingsのほうのサラウンド・リミックスも同じく良好で、もともとアルバム本編ほど作り込まれた状態じゃない分逆に引っかかるような箇所もないかもしれない。

特に中間部のアレンジの違いがおもしろい「My God (Early Version)」や奇しくもQuadミックスと聴き比べできるようになった「Wind-Up (Early Version)」あたりは素直にサラウンドをたのしめる。

 

Flat Transfer

これまでに扱ってきた『Stand Up』『Benefit』のフラット・トランスファー音源と比べてはっきりとマスターテープの劣化が音に現れている。

でも全体的に曇ってるなりに伸びやかでなめらかな音で、これはこれで捨てがたい魅力のある音源です。

 

 

ところでJETHRO TULLのバックカタログはサブスクに旧リマスター、SWリミックスが揃ってることがわりと多くて(例外は『WarChild』くらいだろうか)、『Aqualung』にいたってはSWリミックスのPeter Mewマスターと非マスターまで聴き比べることができるので、ちょっと試しに並べてみました。

 

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1996年版、25周年リマスター。

 

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2011年版、Steven WilsonリミックスのPeter Mewマスター。

 

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2016年版とおなじ純粋なSteven Wilsonリミックス。

 

さあみんなも聴き比べてみよう!

 

 

*1:なおBD1枚あれば収録音源ぜんぶ聴ける模様